第268話~過去~

 結局、アメリカに集められた探索者達のほとんどは国に帰ることとなったらしい。もちろんアメリカとしても自国の戦力強化のために引き止めはしたが、この非常事態だ。ほとんどの人は聞かなかった。飛行機の準備がなされているらしい。


 それと特級迷宮が現れて以降、普通のゲートは一切現れなくなっていたが、その状態は今も継続中。世界につかの間の平和が訪れる。……だが、俺とエフィーらは知っている。彼らは再び攻めてくるのだと。


 今後どうするべきか、エフィーに異世界の知識を問いかけたりしつつも対抗策は思いつかない。いや、正確には何か秘策はあるのだろう。


 だが、その方法も何もかもを教えようとしてこない。何をする気かは知らんが……危険なことはやらせない。そんな事を考えていると部屋の扉をノックする音が聞こえた。


 この部屋は輝久さんが用意してくれた空き部屋で、今日はこのまま泊まるつもりだった。輝久さんとしても今後のことについてマテオさんと話したいらしかったからな。



「空君、居ますか?」


「琴香さん、お疲れ様です」


「疲れました~。癒して下さい」



 血などの異臭を落とすためシャワーを浴びたばかりの琴香さんがそう言って近づいてくる。あいにく彼女が休めるようなベッドはなかったが、ソファーならあるな。



「どうぞ」


「えへへっ、空君……」



 膝枕。普通逆では? と思いながら横になった彼女の頭を撫でる。エフィーが射殺しそうな目を向けてくるが気にするな(しかも何故か俺の方に)。



「主、片手が空いておるの? ならば何をするべきか、分かっておるじゃろう?」


「あぁ。もう片方で琴香さんのほっぺをムニムニするためだ」


「違うのじゃが!?」



 ムキーッと効果音の付きそうな動きで不満を示すエフィーを笑いながら撫でていると、ふと場の空気が一変した。



「やぁ」



 先程までフニャリとしていた表情が一瞬で人を殺す目付きにまで仕上がり、物凄い殺気が現れた人物に向かう。2人ほどじゃないが、俺も牙狼月剣は向けていた。



「使徒……!?」


「北垣とはもう呼んでくれないのかい? 寂しいねぇ」


「また来たんですか? 今度は一体なんの用です?」



 また? 目の前に現れたことに気を取られていたが、使徒は前にも琴香さんに会いに来たことが!? そう言えば近況報告とか全然できてない! しまったぁ!



「明日だ」


「はい?」


「明日、彼らは来る」



 おい、嫌な予感がする。外れてくれ。何でそんなに速いんだよ!? ふざけるなよ? ……明日だと?



「一応聞くが……王とその軍勢が、で合ってるかな?」


「あぁ、その通りだよ」



 エフィー、琴香さんの顔色もものの一瞬で一変する。



「速すぎるのじゃ! 蟲王の処遇は!? そもそもゲートを開くためには下準備が必要で……まさか、全て計算のうちだったのかの? 蟲王も含めて、龍王が全て計画したことじゃったのか?」



 下準備? まぁ普通にポンポンこられたら困るよな。でもそれを邪魔するとか……出来たら既に俺に教えているか。とにかく、ゲートを開くのには時間が掛かるはず。それなのに目の前の使徒は明日にゲートが開くと言った。異常な速度だということだよな。



「とにかく迎え撃つ準備はしておいた方が良い。覚悟もね」


「……場所は?」


「アメリカ、ロシア、インド、中国……あと日本」


「帰る! 今すぐ帰るぞ俺は!」



 日本? さっき輝久さんから聞いた時はどうにかなったそうだが今度こそ上手くいく保証なんて無い! 水葉がいるんだ。守るんだ、俺は……託されたから!



「どこに行こうと一緒さ。このままだと君たちは全員死ぬ。それは変えようがない。……なぁ、精霊王エフィタルシュタイン?」


「…………そう、じゃな」


「エフィー!?」

「エフィーちゃん!?」



 心底腹の立つ笑みを浮かべた使徒がエフィーに視線を向けて問いかけると、エフィーは俯きながらも肯定した。



「ならば諦めたまえ」


「諦められるか!」


「違う、君じゃない……精霊王に言っているんだ」


「エフィーに?」


「……」


「はっ、どうせ滅ぶんだから自分の過去でも話したらどうだい? 君の半生と、君の愚かな失敗をね!」



 使徒はなんと言うか、エフィーに敵意にも似た何かを向けながらそう進言する。琴香さんも状況をあまり良く読み込めないようで、俺の服の袖を掴みながら静観していた。、



「……分かった、のじゃ。主よ、これは……愚かにも立ち上がった精霊王が、封印されるまでの話じゃ」



 そう言って、エフィーは自分の過去を語り始めた。



***



 その少し前。



『おい……こりゃどういう状況だ? なんで俺様が拘束されている?』



 蟲王は自分を拘束し両脇を兵士で固められている状況を目の前に座る龍王に問いただした。



『それにお前らもだ!』



 次に不死王、魔王、海王、巨人王。この場に集まった全ての王にも問いかける。今この場に、空達と敵対する6人の王が集結したのだ。



『なんでってそりゃお前、お前を処罰するためだろ』


『独断専行とか……はぁ? 調子乗らないで1番弱い癖に』


『せっかくの資源を先に独り占めしようとした。お前が悪い』


『そうだそうだ。みんな仲良くが"王"の決めたルールだろ』


『ふざけるなぁァァァァ!!! 貴様ら全員は虫人族を見下しておるでは無いか! 何が仲良くだ! ぶち殺すぞ!!!』


『黙れ』


『っ……』



 他の王が嘲笑いながら蟲王を下げ、それに反発した蟲王を龍王が黙らせた。



『王を纏める者、龍王として蟲王に命ずる。……死ね』


『なっ!? ふざけるのも大概に──!?』



 龍王が命じた次の瞬間、隣にいた竜人族が刃を向ける。すぐに拘束を破り首の音を両手で掴み捻り潰した蟲王だったが、その言葉は途中で途絶えた。


 レンドヴルムの口から放たれた火炎放射が理由……では無い。レンドヴルムの火炎放射は軽く受け止めた。だがそのために生じた隙を見逃すほど周りの王達は甘くなかった。


 4人から放たれる無数の攻撃の嵐。その前には蟲王と言えど言葉も出なかった。そして最後に……。



『終わりだ』


『がふっ……』



 そう呟いた龍王が蟲王にとどめを刺した。



『これで取り分が増えたな』


『元々9分割だったのが5分割か。中々だ』



 他の王がそう言うのを、龍王だけは冷めた目で見ていた。

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