第267話~対抗策~

「そ、それで! 日本は、特級迷宮はどうなったんですか!?」



 日本にも、こちらと同じように特級迷宮が迷宮崩壊を起こしていた。その事実に血の気が引く思いで尋ねると、輝久さんは笑みを浮かべた。



「S級探索者3人を軸にした討伐隊で、なんとか撃退は出来たらしい。民間人、探索者の死者も軽微だそうだ。交通の影響は酷いらしいがね」


「そっ……そう、ですか。良かったぁ」


「だがこの状況を見た国が、特級迷宮が期限を待たずに開いた事実を重く見て、各国の探索者を自国に緊急招集しているんだ」


「え? つまり俺たちも他国の探索者さんも、アメリカから出国ってことですか?」


「そうなるね。アメリカには悪いが、自国の防衛という建前はアメリカからの圧力よりも強い」


「……」



 正直、そうなるのも当然だ。特級迷宮はどちらも閉じた。アメリカも日本のも両方が。アメリカの結果だけなら団結として良かったが、日本の実例がそれを否定する。


 S級3人でも撃退できる。この噂が1人歩きをして、各国による連携が取りにくくなる可能性があるからな。


 さて、異世界の連中も一枚岩じゃないようだったのは蟲王とレンドヴルムの会話から分かった。そして……次に攻めてくることも確定で、いつ来るかは不確定。



「……対策の取りようがない」



 そうなのだ。対策の取りようがない。来ることは分かっている。だから備えることは出来る。ただ、いつ来るのか、どこに現れるのかが一切不明になってしまった。


 特級迷宮が開けばそこに集合すれば良いはずが、日本に現れた特級迷宮のせいで連携することも封じられてしまった。蟲王の独断が、ここまで地球側にとって厄介だとは……いや、龍王は気づいていたのかもしれないが。



「……どうかな空君、改めて、君の知識を含めた上で今後の対抗策はあるかい?」


「……」



 力なく首を振る姿を見て輝久さんは僅かに悔しげな表情を見せた。……どうしろってんだよ。そもそも作戦……戦略は、お互いが戦える程度には拮抗していないと意味を成さない。


 実力はこちらが全戦力を向こうの6人の王、そのうちの1人にぶつけてどうかって所が精々だ。加えていつ、どこに攻めてくるかは向こう次第。


 時間が解決してくれるものでもない。それを踏まえてこちらが取れる策なんて、単純な実力上げ以外無い。……はは、無理だよ。探索者の実力は10年かけて等級が1つ上がった、みたいな途方もない努力と年月があって初めて上がる。


 ……たったの、1等級だけだぞ? エフィーと契約する前の俺なら垂涎ものだね。でも、今じゃ焼け石に水。だからこそ、エフィーは世界を変える力を持っていた。


 人を生き返らせる力はエフィーにはない。だから非人道的でも、俺たちや探索者、それもマテオさんのような強い人を何回も戦わせて、それこそ先ほど蟲王にやったゾンビアタックのような死に戻りアタックは出来ない。


 ……精霊と契約すれば力は上がる。精霊は恐らくだが味方になる。強い精霊をマテオさんと契約させたりすれば俺なんかよりよっぽど強くなるだろう。


 だが、精霊自体が少なすぎる。居ないのだ……精霊はほぼ居ない。いや、エフィーがいるな。……エフィーとの契約を解除して、マテオさん辺りと新しく契約させれば……。


 がぁぁぁぁあああぁぁぁぁあぁぁあ!!?!? ダメだダメだダメだ!!! なんだそれは!? ただ合理性? を求めた2人の意志を裏切る最低の行為じゃないか!? ……でも、他に考えつかない。どうすれば……?



「主、主……少し、2人っきりになってくれんかの?」


「っ!? ……すみません輝久さん、ちょっと、1人にさせてくれませんか? 頭冷やして、今後のこと考えたいので」



 そう告げると輝久さんは空き部屋を貸してくれた。ありがたい……。



「……主、これはただの性格診断クイズなのじゃが、うん、それを念頭に置いて聞いてたもう。……大切な人を犠牲にすれば、この世界を救えるかもしれん……主ならばどうするのじゃ?」


「……エフィーってアホなの? いや、馬鹿だったか、うん……」


「っ!?!?!?」



 そんな驚愕の新事実を耳にした、みたいな反応されても困る。お前がポンコツなのは百も承知の上。



「両方救う……そんな理想論を本気で夢見るのが俺だって、お前は知ってるよな?」


「夢を見れば世界を救えるならいくらでも見るが良いの。じゃが不可能なのが現実。その現実に向き合ってこそ大人なのじゃ」


「なら俺は子供で結構! ……なんてそれこそ子供のような発言はしないけどさぁ……大事な人を犠牲に世界を救うよ。だって、大事な人はまたいずれ現れるけど、世界が無くなったらそれこそおしまいなんだから」



 割り切るさ。仕方がないって。世界を天秤に賭けられたなら……。所で大事な人って、誰だ? エフィー? 琴香さん? 水葉? パッと思いついたのはこの辺りか。


 大切な友人なら翔馬、氷花さんにヘレス、ララノアちゃん辺りも入るな。まぁ、誰だって関係ない。……この中の誰が死ぬとわかったとしても、世界のためなら受け入れるさ……。


 ただの妄想であり、想像。常識的に考えてありえない想定。だと言うのに、そう心の中で考えるだけで拳に自然と力が入る。……この診断問題を考えたやつは嫌な奴だな。



「……ふふ、ふははははっ、主! 主っ! 主よ!」


「んだよエフィー」


「なんでもないのじゃ! 主のその発言を聞いて……安心しただけなのじゃ」



 パンパン! と派手な音が出るほど俺の背中を強く叩き笑うエフィーに対して訝しげな表情を向けるが、エフィーは張り付いたような仮初の笑顔を浮かべて誤魔化す。


 安心しただけ、エフィーはそう言っている。でも、そう言った時の顔は決して……その時の顔を、俺は知っている。


 母さんと交わした最後のハグの時、そしてエルフの森で見た悪夢で、無意識に一香さんに抱きついた時に見せた顔とそっくりだ。……無理した、もしくは泣くのを我慢したような笑み。


 どうしたんだよ一体。俺に隠し事なんてして……なにをするつもりなんだよ。……一応、釘を刺しておくか。



「はぁ? ……言っておくがなエフィー。同じ王だからって自滅覚悟で戦えば6人の王に勝てるなんて、そんなことはありえないって俺でもわかるからな? 自暴自棄にはなるなよ?」


「いや分かっておるわい!? そこまで戦力分析出来ないほど我は落ちぶれておらんのじゃ! ……我1人では、勝てないのじゃ」



 むっ、何だよその落ち込んだ表情は? まさか図星だったのかよ? 事実を指摘されて怒るなって。あー、えっとだな。



「だから、お前には俺がいる。そうだろ? エフィー」


「……ふっ、そうじゃな。主が……空がおりさえすれば、我は無敵なのじゃ」



 そう言った時の笑顔は本物のように見えた。俺がいる、そうエフィーの心に釘を刺しておいたが、それが早速聞いたのか? まぁ良い。これで一安心だと考えて問題ないだろう。


 ……いや6人の王達への対策一切進んでないじゃねぇか!?!? この後、頭をひねりながら2人で今後の事を考えるが、良い案は出なかった。

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