第264話~撤退~

『な、何故お前がここにいる!?』



 突然現れた龍王の幹部の1人……いや、1頭の光輝龍レンドヴルムに対して蟲王が驚いた様子を見せた。……蟲王に協力する気は無いように見える。


 だが、助かったとは言えない。同じ異世界の住民同士だ。何故レンドヴルムがここに来たかは分からないが、それでも味方だなんて口が裂けても言えない。



『龍王様から伝言だ。勝手だが一番槍を務めたことは褒める……しかし、複数での略奪、これは認められない』


『っ!?』


『別の場所にも小規模な別働隊を送った。そしてそこは別の王が担当する区分でもあった。……これは問題だ、だそうだ』


『…………』


『よって蟲王よ、即座に帰還して王達の裁定を受けよ』



 一番槍、つまりこちらの世界に攻め込んだのは蟲王が最初と言うこと。それは独断専行だった。そして次が1番重要な言葉だ。


 ……別の場所、だと? つまり蟲王らは攻めるべき区分をそれぞれで決めていて、それを破った蟲王を処断するために来たと……。


 そこはどうでも良い。だがここ、アメリカ以外にも別働隊を攻め込ませていたのか? ならどこに? ここは日本……では無いどこかだ。街並みが違いすぎる。


 アメリカに帰ったマテオさんがいて、輝久さんに琴香さんもいる。つまりここはアメリカである可能性が高い。問題はどこに送ったかだ。それを聞き出さねば……!


 俺がそう考えている一方で、レンドヴルムに帰還するように命じられた蟲王は口を閉じていた。



『ふざけるな。……聖戦でも、1番被害を受けたのは俺たちだった!』


『それは違う。結果としては獣王とその眷属だ』


『裏切り者には相応しい罰では無いか!』


『それはお前もだろう? 今のこの状況ではな。これ以上、我らが王の時間を奪うな……同じ王として見苦しいぞ』


『ぐっ……! 全軍、引き上げの準備をせよ! 【オーダー】!』



 レンドヴルムとの口論が終わったようで、蟲王がそう叫ぶ。すると一斉に蟲型モンスター達は引き上げていく様子を見せた。


 ハズクの力を使っているはずなのに……それを超える力。声では無い何かを使ったのだろう。



『む? 思ったよりも数が少ない……まぁ良い』


『うむ。では我も引き上げよう』



 その言葉で我に戻る。コイツらを帰してしまっては、次はより大人数を揃えてくるだろう。少しでも戦力を削るべきだ。だが、削ることすら出来ない……それに、話も聞けない。


 蟲王にレンドヴルムがその場を去り、いつの間にか再び出現していた特級迷宮を通っていく。……結果としては俺たちは助かった。しかし近い将来に潰える命が少しの間伸びただけに過ぎない事は明白だった。



***



『【再生】……次の人を!』



 蟲王とレンドヴルムが去った後、周りの蟲型モンスター達も同時に居なくなったことで1度アメリカの探索者組合に戻ることになった。


 そこではいつの間にか精霊の姿からいつもの様子に戻っていた琴香さんが怪我をした他の探索者さんを治療していく。



「凄い……見た事のある人ばっかです」


「そうだろう。世界のトップがここに多数集結しているからね」



 輝久さんがそう教えてくれた。ちなみにここはアメリカって事も、どうしてそうなっているのかも同時に教わった。



「それよりも輝久さん、他の地域で襲われている場所はないんですよね?」


「少なくともアメリカの都市部や近隣ではないよ。通信の届かない、または遅い農村部なら不味いことになってるし、他国でも同様だ」



 つまり、アメリカの都市部以外であのゲートが、蟲王の別働隊が現れてた場合、今の所は現地組で解決してもらうしか方法がないと言うことになる。


 しかしだ。王が居ないとはいえ、こちらでは聞けばS級の迷宮主も普通に跋扈していたほどというでは無いか。……場所次第では絶望だな。


 まぁ落ち込んでいても仕方ない。目の前の惨状を目にしたら嫌でもそう思うさ。どこか分からない国よりも……。



『お願い! この子を治して! 貴方達凄い探索者なんでしょ!? お願いよぉ!』



 子供の亡骸を抱えて号泣する、真実を受け入れられない母親……。彼女達のような普通の一般人も連れ込まれている。当然のように怪我した探索者達よりは後回しにされているが。



「スラムの人間だよ」


「アメリカにあるんですか?」


「当たり前じゃないか。例え先進国と呼ばれていようとも、日本ほど経済的弱者救済に恵まれている国はほぼ無い。彼らは住む場所もなく、食べ物も無い。病院にも死ぬと分かっていながら追い返されるし、怪我も腐らした状態で街を歩く人達もいる……」


「……俺も住む国が違えば、ほんの少しの歯車が違えばあぁなっていたかもしれませんね」



 輝久さんの言葉に俺はそう漏らした。



「エフィー」


「どうしたのじゃ主? 慰めてあげるのは人目がある故もう少し待つのじゃ」


「そんな冗談、今は聞きたくない……聞きたいのは、彼らを助けるこ──」


「無理じゃよ」



 そっと顔を出したエフィーは無表情に言い放つ。分かっているさ、助けられる命には限りがある。



「いや、助けようなんて考えてない。ただ質問したいだけ……琴香さんのように彼らを精霊にすることは可能かを。力を無駄に消費するからなのか、絶対に出来ないのか……聞きたいんだ。じゃなきゃ俺は、とっさに見つけた彼らを助けてしまうからね」


「その考えを聞いたら我は『絶対に出来ないから諦めろ』と決して答えないように誘導していると、自分で分かっておるのかの?」



 もしここでエフィーが可能だと言えば、俺は見捨てて後から助けようとする。でも助けられないと答えたら、俺は助けるだろう? なら嘘でも可能と我が答える事は考えてないのか? ……そう言いたいんだろう。



「良いよ、嘘でも、俺を守るためなんだろ? ……お前に依存して、心の傷を減らせるなら良いさ。負担は掛けちゃうけどな」


「負担程度いくらでも掛けて良いのじゃ。寧ろもっと掛けた方が主には良いじゃろうな。……茶化すのも止めるとするかの。主の判断を聞いた上で答えるが、答えは『絶対に生き返らない』じゃ」


「へぇ……俺が人の命を助けるように仕向けるんだ」


「いいや、ただの事実じゃ。我にただの人を助ける力なぞ……無い」



 エフィーはそう言い切った。そう、精霊王として、琴香さんを助けてくれたのと同じ人物が……。OK、人は助けられない。琴香さんを何故生き返らせたのか、生き返らせてくれたのか、それは分からない。


 ただ、人は死んだら生き返ることは無い。……それだけ覚えてれば十分だ。いや、当たり前だろ? って言いたいよな。俺も分かってるさ……。


 それでも、夢見ちまうんだよ。1度生き返った人を見たらな。でもその本人が言うことで改めて覚悟は決まった。アイツらがいつ攻めてくるかは知らん。


 勝てないだろう。王1人にすらあのザマだ。地球の全戦力を集めても、王が二人いたら敗れるんじゃないだろうか? そんな戦力差まで見えてきた。けど、俺は最後まで、足掻いてやる。



「空君! 大変だ!」



 そう決意した次の瞬間に輝久さんが走って来た。なんだろ?



「特級迷宮が、日本にも開いていたらしい!!!」



 よりにもよって、日本に……!? 俺の頭の中には探索者の仲間の人達、翔馬のような一般の知り合い……そして、妹の水葉の事が頭に浮かんだ。

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