第265話~日本襲撃~
空と蟲王が出会うより少し前、そして日本とアメリカの連絡網が1時途絶する直前にそれは起こった。綾辻氷花は諸星組合のビルの窓からそれを見つける。
「 なに、あれ……」
禍々しい魔力を発したゲートを見て、私は思わずそう漏らした。その大きさなら推測するに、この前に発生したエルフの里に繋がっていた特級迷宮とは文字通り格が違う。
アメリカに出現したゲートほどではないが、それでもあのゲートが迷宮崩壊を起こせば日本は終わる、そう予感させられるほどの魔力だった。
「そ、空……はいない。えっと、じゃあ、兄貴に、お兄ちゃんに……!」
どうすれば良いのか……探索者である事と自分では敵わないだろう事は即判断できた。なので解決できそうな人を口に出して見る。そして私は兄である綾辻烈火の元に向かうが……。
「きゃっ!? な、何?」
突如発生した地面に揺れに悲鳴が出る。特に体勢が崩れたりする事はなかったが、心に巣食う不安はどんどん大きくなっていた。それが急激に増大したのはある事に気づいてからだ。
「うそ……嘘! なんで、なんでもうゲートが開いてるの!?」
先ほど出現したばかりのゲートが既に開いている。つまり迷宮崩壊を起こしていたのだ。スマホの通知でゲート出現の速報が出るが、既に情報は古い。
「どうする? どうすれば……空、なら」
空の事を考える。スっと思考がクリアになった。アメリカには琴香、平塚輝久本部長、それに支部長の大元さんの3人が行った。
日本に残っているS級探索者は3人。兄貴の烈火、
うん、まずはS級探索者の人達の元に行こう。諸星組合の人達もそうするだろう。後エルフの里の人達は……。
「最上のおっさん……!」
「あ? どうしたよ綾辻」
「おっさん、エルフ達のところに行って!」
「あ、おう! 任せろや」
良かった。最上のおっさんはエルフの子供達に好かれている。空と琴香がいない。つまりここ、日本にいる人達じゃ言葉は通じない。だからこそ、彼が適任。
「氷花!」
「兄貴、どうなってるの?」
大勢が集まっていた所を見つけた。兄貴の烈火が名前を呼ぶ。現状を尋ねると、既に警察や自衛隊も動いているらしい。もちろん、探索者も。ただ普通の人間が敵うわけない。
「1番近い俺の組合から人を飛ばしてる。ただ、付近の交通機関も止まってるし、いずれ全国的な影響も出るからな。ヘリを自衛隊から借りて来るそうだが……」
間に合うかどうか……。そう言いたいのだろう。東京には探索者組合本部がある。ただ公務員であるため給金は低く、従って他の探索者組合……例えば諸星組合のように強い発現者は少ない。
「本部長も、支部長も居ないってのに……」
絶対的な指揮を取れる人がこの場には居ない。と言うより居るんだけど、探索者じゃなくて事務的な立ち位置だからS級を動かせる能力がないって事だと思う。
「俺が動くさ! クーデレ系童顔妹のためならばたとえ死地だろうともね!」
私にそう言ってきたのはS級の帯刀傑さんだった。クーデレ? 童顔? 妹はともかく前半2つは私じゃないはず。だってデレてないし、童顔でも無いもん。
***
「《炎弾》!」
現れたのは蟲型モンスターだった。兄貴が魔法を使って的確にモンスターを落としていく。地上には帯刀傑さんと吉田芽衣さんが配置されている。
探索者組合本部の人達は避難してくる人達を受け入れていた。エルフ達は人目につかないように諸星組合が匿っている。そして私は……。
「《氷結光》」
兄貴の護衛。剣先から魔法を放ってゲート方向とは違う方から近づいてくるモンスターを凍らせて殺す。
「今頃……」
輝久さんに琴香や大元さんは、向こうで開いたS級上位迷宮の攻略の最終段階だろうか。確か、開くの期限は明日だったはずだから……助けは、来ない。
こっちの急に現れて急に崩壊した迷宮については、S級探索者3人と私たちで対処するしかない。続々と辿り着く近くの中小探索者組合のメンバーや公的機関の人達による迅速な避難指示のおかげで、一般人は居ない。
「っ!? 兄貴……!」
蟲型モンスター……特級迷宮は亜人が出現する迷宮のことを指す。だからあれは特級迷宮とはまだ言えない。でも、迷宮崩壊がすぐに起きた異常なゲートの等級はS級上位に近かった……。
つまり、アメリカに出現して琴香達が向かったゲートと同じようなもの。もちろん大きさはアメリカの方がでかいけど……厄介なことには変わりない。
そう思っていたら、兄貴に向かって突然何かが飛んでくる。魔法のようなものでは無い。飛び道具のような、武器みたいな奴だった。
「ちっ!」
辛うじて避けたようだった。ホッと息をつく。そして飛んできた方向に視線を向けた。
「あれ、は……」
人型……蟲人と、表現すれば良いのかな? とにかく、そんな形をしたモンスターが何体か現れ、話しているのが見えた。
つまり、この異常な迷宮は特級迷宮であり、S級上位クラスの迷宮でもある。特級迷宮のあぁいうモンスターは対人戦闘にも優れているから、同じ等級の他の迷宮よりもやっかい。
それが、S級上位クラスで出現した。本当に、最悪……。勝てるかな? なんて思考を一瞬頭の中で考えた次の瞬間、その蟲人が消えた。
ううん、違った。消えたように見えるほど、速い動きをしていただけだった。目は反応する。
「ぬっ!?」
後方支援担当だった私と兄貴の場所からは分かりやすかった。帯刀傑さんが吉田芽衣さんの前に出て盾を構えた。
「芽衣!」
「分かってるわ~」
帯刀さんの受け止めた盾が蟲人モンスターの正面の視界を遮り、吉田さんが跳躍して真上から拳を振り上げる。凄い連携。あれをとっさにできるなんて……。
普段はお互い喧嘩してるのに、実は意外と仲良いのかも。だってそうじゃないとお互いの連携を合わせるなんて、しかもさっきまでの攻防も合わせるなら何年かかるんだろ? ……ふふ。
「氷花、油断はしないようにな。《炎弾》」
「しないし。《氷弾》」
私が少し笑っただけでチクチクと言ってくる兄貴が面倒臭くて雑な返しをしてしまった。確かに言われてみれば命を賭ける戦場でこの緊張感はなさは不味いかな。
うん、兄弟の不仲さをここにまで持ち込むのはダメだよね。反省しなきゃ……。
「傑さん!?」
轟音が響き、兄貴の声が翌耳に届いた。私も声にならない悲鳴をあげる。もちろん兄貴も注視していたはずだ。それなのに……タンク系S級探索者の帯刀さんが、一瞬で吹き飛ばされた。
「こいつっ!」
芽衣さんが突然現れ、帯刀さんを吹き飛ばした一体の蟲人に向かって拳を振り上げる。とても重く、とても速い一撃のはずだ。
『ふむ、強いが、私には敵わないな。この程度なら問題ない』
「な、なにあれ」
吉田さんをはじき飛ばして余裕そうな表情を見せた。多分、異世界の言葉を話している。エルフのヘレスちゃんがいたら、内容も理解できるのかな? それよりも……。
『蟲王様の開いたもう1つの穴でこの程度なら、向こうも問題ないはず。さて、後強そうな者は……あそこか』
「っ!? 《氷弾》っ!!!」
蟲人がこちらを……兄貴を見た。本能的に恐怖した私は100を超える、幾重もの氷弾を一瞬で生成して放つ。ズガガガッ、なんて激しい音を鳴らして氷弾は全弾命中した。
『ん? あっちは弱いな』
「……嘘」
全くの無傷。私じゃ勝てるビジョンが、見えない。S級迷宮の時にも味わった絶望が、再び私を襲ってきた。
***
諸星組合の元で庇護されたエルフ達の集団の中、2人の少女が声を上げた。
『どうしたのララノア』
『……呼んでる』
一般的にダークエルフと呼称される容姿の幼女、ララノアの様子がおかしいと気づいたポニーテールのツンデレ少女、ヘレスがそう問いかける。
『ララノア?』
『ごめんお姉ちゃん。……呼んでる』
『ちょ、ララノア!? 呼んでるって一体何が──ララノアッ!?』
突如として駆け出した妹を追いかけて、姉もまた外へと飛び出したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます