第263話~VS蟲王《後編》~

「……え?」



 私の知る限り最強の3人。空君、輝久さん、マテオさん……その3人がいとも簡単に敗れた。



『これが、王の力か……!?』


『くかかか! この程度を王の力と呼ぶかドワーフ! 未だこちらの世界に慣れなくて本気も出せず、弱体化している我ら異世界の住民の発言とは思えんぞ!』



 ミルドさんの呟きに蟲王がそう答えます。嘘……あれで、空君達を瞬殺しておいて、弱体化した力だと、そう言うんですか……?



「エフィーちゃん! ハズクちゃん!」



 精霊王、そして上級精霊の2人の名前を呼びます。なりふり構って居られません。2人の力が必要なんです……! それでも、2人は現れませんでした。



『エフィー? ハズク? そいつらが中級精霊……お前の仲間の名前か? 残念だが、現れないようだな。まっ、俺様が居るんだから仕方ない! ギャギャギャギャ!』



 頭が真っ白になっていきます。周りの音がよく聞こえました。ガシャッと音を立てて潰れていく建物。その中には集まった探索者の悲鳴もあれば……逃げることが出来ず、その場に残ったスラム街の人々の悲鳴もあります。


 誰も、この状況から救ってくれる人は現れません。だって私のヒーローは……空君は倒れているんですから。



「ぁ……」



 デジャブ。S級迷宮を攻略した直後の記憶が蘇ってきます。空君を助けたかったのに、手は届かず、特級迷宮に放り込まれた空君。


 そしてエフィーちゃんが現れて……でも、今はそのエフィーちゃんもいません。蟲王に、ミルドさんと私では勝てる訳ありませんし……終わりなんです。



「……なんて、思う訳ないです!」


『あぁ? ……まぁお前も死ねや!』


「っ!」



 近づいてきて、拳を振り上げる蟲王。それがぶつかる直前、私の身体を光が包み込みました。



『な、なんだこれは? まさか……ありえない!』



 力が……湧いてきます。不思議な感覚です……フワフワと、現実味のないような、夢のような思考状況になりました。でも、やるべき事は覚えています。



「皆さん! 立ってください!」



 私がそう声を発します。その声そのものに魔力が乗り、倒れた3人に向かって放たれました。



「っ、痛くない?」


「これは……まさか、再発現の、再発現だと?」


『へぇ、助かったぜ』



 3人が何事も無かったかのように立ち上がりました。それを驚いた様子で私と彼らを見比べるように顔を動かす蟲王が喚き散らします。



『馬鹿な、ありえない……この魔力量は、大精霊クラスだぞ!? 大精霊は1人を除いて全員死んだはず! 唯一の生き残りである闇の大精霊も行方知らず……貴様は何者だぁぁぁ!!!』


「……私の名前は初芝琴香。ただの精霊です」



 ただ、エフィーちゃんに直接創って頂いたと言う裏事情はありますが。……サリオンさん、この事だったんですね……。



『コトカ様は精霊……。じゃが、今のコトカ様は精霊としては赤子。潜在能力の1割程度しか使えておらん。精霊王が直々に生み出したのじゃ。大精霊クラス辺りまでは伸びるのじゃろう。精霊としての力を、もう少し意識して欲しい』



 サリオンさんと死に別れる前日に頂いた最後のアドバイスが、今ここで力を発揮しました。私は……もう誰も手放したくない!



「私がいる限り、誰も死なせはしません!」


『舐めるなよ精霊ごときがぁぁぁ!』


「【剛力】ッ! ガァァァ!」



 私に向かって放たれる一撃を、空君が受け止めます。しかしその威力は殺しきれず、吹き飛ばされました。ですがその一撃は止まりません。



『止めるっ!』



 それをマテオさんが止めます。輝久さんの私の目の前に立ってくれました。その間に空君を《再生》……いえ【再生】します。



「ありがとう琴香さん」


「いえ……皆さん、どんな怪我をしても死ななければ私が治します! なので遠慮なく大怪我でもなんでもして下さい!」



 私の覚醒がきっかけとなって、EX級上位クラスの探索者3人によるゾンビアタックが開始されました。



***



『邪魔だァァァ!!!!』


「【縮地】【剛力】ッ!!!」



 大きな腕のなぎ払いをくるりと空中で避けて牙狼月剣の一撃を顔面に叩き込む。火花が散りつつも、その一撃でダメージは殆ど入らない。次の瞬間にはもう一方の腕で遠くに弾かれた。



「【縮地】ッ!」



 急いで地面を蹴って戻る。手のひらで直接魔法を当てず離れた所からも魔法の効果が出るようになったお陰で、即座に戦場に再び加入して攻撃を与える。同時にマテオさんの拳が蟲王に入るも依然としてダメージは通らない。



『力さえ……戻れば、貴様らなど一瞬で殺せると言うのに……!』



 蟲王の指摘は正しい。今でさえ3人で何とか足止め……チマチマ削れることを祈ってのゾンビアタックが精一杯なのだ。


 誰か一人でも崩れたら終わる。俺の精霊魔法を使うための魔力が尽きるか、琴香さんが力尽きるか……他の2人も同様だ。戦況は膠着していた。



『ちっ! ここまで追い詰められるとは……お前たち、来いっっっ!!!』




 変な音が周りに発される。セリフから考えるに周りに存在する蟲型モンスターを呼び寄せたのだろう。最悪だ……他にも探索者の人達が抑えていてくれたのだろうが、王の言葉だ。それらを無視して来るだろう。


 その一声で戦況は一変する……俺達がそう考え、事実としてそうなるはずだった。しかし……。



『……何故だ? なぜ来ない?』



 困惑した様子の蟲王。なぜ来ないのか……それは俺たちにも分からない。だが、こちらにとって優位に働いていることは間違いない。



「主、主……我が強化したハズクに周りの空気を支配してもらったのじゃ。これで蟲王の言葉は届かん。……契約上書きを行うのじゃ」



 なるほど、蟲王の声をハズクが消したのか。フェロモンなんかも気体だから操れると……。助かったよ、蟲王に生きていることを悟られないように隠れながらもアシストしてくれていたんだ。


 でもそれより……契約上書き? さっきは出来ないと言っていたはずじゃ……いや、琴香さんのサポートのお陰で、俺は何度も何度も死ぬかもしれない逆境の状態で戦闘経験を積んだ。


 つまり……契約上書きできる経験値? みたいなのが溜まったってことか! 1回の上書きで勝てるなんて思えない。対等に戦うのも無理だ。稼げる時間が多くなるだけだろう……それでも、やるしかない!



『ちっ! ならば向こうの連中を……いや、向こうは向こうでやらせておくか。ならば、身体の負担を考えて温存しておきたかったが仕方あるまい!!』


「2人とも……ちょっと、時間を稼いでください」


「空君……分かった!」


『長くは持たないからな! 奥の手見せろソラ!』



 向こうってのはよく分からないが、蟲王の方もより力を入れるらしい。……異世界とは違う環境だから、これでも力が劣っていると蟲王が呟いたことを琴香さんから聞いた。


 恐らく言動から考えて、こちらに来たばかりの身体には負担が掛かるのだろう。……今、できる限りダメージを与えなければ!



「出来たのじゃ!」


「ぐっ……! よ、し……」



 契約上書き、完了。



『む? 貴様その紋章は……!?』


「え? ……あ」



 蟲王の視線は俺の腕に向いていた。青白い線が指抜きグローブを遂に飛び出てしまったようだ。契約上書きをする度に大きくなっていたと思っていたが……。


 それよりも、この紋章を見られたのは不味いかもしれない。精霊王との契約を示す紋章だ。エフィーの存在がバレたかもしれない。



『貴様は精霊ではなく、精霊契約者だったのか! しかし、眷属のエルフでもドワーフでもない……興味深い。殺すのが惜しいな』


「なら、見逃してくれよ」


『それは無理だ。全員殺す!』



 一足で加速した蟲王が目の前に現れる。輝久さんとマテオさんの間を交わし、契約上書きをしたのにも関わらず、俺は反応できなかった。ぁ、死ぬかも……。



『時間だ。蟲王』


『っ!? ……お前は』



 突如現れた一頭の龍。それに蟲王を含む全員が息を飲んだ。



「レンド、ヴルム……!」



 エルフの森でサリオンさんを殺した光輝龍レンドヴルムがそこにはいた。

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