第262話~VS蟲王《前編》~

 黒狼族と豚人族の争いを最後まで見届けることなくゲートをくぐり抜けて異世界から去った俺が最初に通されたのは……空だった。



「え? はぁぁぁあ!?」



 咄嗟のことでもがくことも何も出来ず、重力に従うようにただ地面に向かって垂直に落ちていく。地上は見えた。高さを目算しようとするが上手くいかない。



「ハズクゥゥゥ!」


『何なの!? 何で空に放り出されるの!? ソラはやっぱり不幸の塊なの! 【風弾】』



 風の上級精霊であるハズクの力を使って減速させる。



「エフィー!」


「いや、我に出来ることは無いぞ主よ」


「知ってる! 呼んだだけ!」


「そ、その回答は照れるのじゃ」


『…………あれ、ワシは!?』



 エフィーは呼ばれたのに一緒に着いてきたドワーフのミルドさんだけは名前を呼ばれなかった事に今更ながら気づいたのかそんな反応を見せた。



「手を!」


『おうよ!』



 その手を掴み、エフィーは俺のポケットに入り込む。俺の髪の毛を掴んだハズクが魔法で威力は落としているが、依然としてピンチなことに変わりは無い。



「契約上書きは!?」


「まだ無理なのじゃぁ!」


「終わったぁぁぁぁ!!!」


『どうするんじゃぁぁぁ!?』


『もう全部ソラが悪いのぉぉぉぉ!!!』


「は!? お前覚えてろよぉぉぉぉ!」



 そうこうしている間にも地面への追突時間は確実に近づいていく。さてさて……。



「ハズク、お前が頼りだ!」


『結局ハズクに全任せなの!?』


「俺自身も精霊魔法で頑張る! 見えた! ……え?」



 思考が纏まり、ようやく着陸する地面が正確に見えた。周りの景色はボロボロで変な異形の存在が跋扈している。



「ええぇぇぇぇえええぇぇえ!!?!?!!?!???」



 まず、明らかに日本とは違う場所である事、そして周りに人が数人いたこと、異形の存在……その他もろもろに驚愕しながら俺は辛うじて精霊魔法を使い着陸に成功したのだった。


 痛くなかったと言えば嘘になる。だが契約上書きで身体能力やらも向上していたし、精霊魔法も使ったので無事ではあった。そして、そこで再会したのだ。琴香さんと……。



「えっと……どういう状況?」


『邪魔をしおって。まずはお前から殺してやる』


「っ!」



 いきなり目の前に現れた蟲人モンスターが手を伸ばしてきた。物凄い速さだ。でも、相手が本気じゃないとはいえ対処出来る。ミルドさんをすぐ後ろに投げ飛ばした。


 そして牙狼月剣を抜き、腕を斬りつける。……硬い!? 敵だし吹き飛ばすつもりでやったのに、薄皮1枚削った程度!? だが向こうは驚いたのか俺と距離をとる。



『……こいつも、強い』


「喋った!? まさか、迷宮崩壊が起きたのか!? なら、こいつは異世界の、蟲王の眷属か何かって所……?」


『……貴様も、言葉が通じるのか。それにそっちはドワーフ……精霊達が何か暗躍でもしているのか? いやどっちみち……倒すのは確定事項』



 貴様も……琴香さんの事だな。あとドワーフを認識している。それに精霊達の暗躍だと察しているな。どこから漏れた? でも精霊王の仕業だとは分かっていない様子。エフィーもハズクも姿を隠しているからな。


 ん? 輝久さんにマテオさんまでいる。なんで? ……不味いな。モンスターが何故この世界にいるのか、ここはどこなのか、そして目の前に居るのは何者なのか、状況を把握するための情報が少なすぎる。だがまずは……。



「あんたを倒すのが先決だよな」


『っ!』


「【縮地】ッ!」



 相手が接近してくる。その速度に驚きつつも精霊魔法を使って何とか回避することに成功した。……この蟲人モンスター、ミルドさんのいた遺跡で出会った多腕ゴーレムよりも速い!


 あの場で契約上書きを2度していなかったら、1度だけだったら今ので確実にやられていた! 精霊魔法無しで対応するのは危険すぎる!



「空君下がれ! 【光芒一閃】!」


『小賢しい!』



 輝久さんのS級迷宮主を一撃で倒した攻撃で足止めをして、俺と輝久さん、マテオさんに琴香さんとミルドさんが集結する。



『わお、こいつはドワーフか? くく、ソラめ、特級迷宮で一体何をしてきたんだが』


『あぁ、後で詳しく話しますよ』


「ミルドさんは琴香さんを守ってください。怪我しても死ななきゃ治ります」


『任せい!』



 マテオさんの言いたいことは反応で分かったので後回しにする。そしてミルドさんは回復役として最重要の琴香さんの護衛に付けた。



「3人いれば……行けるか?」


「空君、相手は蟲王です! 気をつけて下さい!」



 蟲王!? 9人の王のうちの1人……エフィーと同格の相手がやってきてるのかよ!? ん? エフィーと同格……あ、いける気がしてきた!



『1人増えたぐらいで調子に乗るな!』



 突っ込んで来る。やっぱ速い! エフィーと同格とか絶対嘘でしょ! 光輝龍レンドヴルムより格上……こっちの認識の方が良いね!



『がっ!?』


「はぁっ!」



 受け止めようとして弾き飛ばされたマテオさんと入れ替わって牙狼月剣を叩き込む俺だがダメージが入ったようには見えない。


 輝久さんが後ろから割り込むような体勢で一撃を放つ。……EX級上位の2人の動きが見て取れる。別れてから……俺も、強くなったんだ。なんて実感してる場合じゃない! 



『……龍王らよりも、優位な立場を得ねばならんのだ。力の温存? 馬鹿なことなど考えずさっさと倒せばよかったのだ。こんな所で、現地住民ごときに足止めさせるなどあってたまるか!』


『おいテルヒサ、やべぇから本気出すぞ!』


「最初から出してくれないかい!?」


『言うな。……【全成長】』


「全く……【燈輝纏】」



 蟲王が本来の力を出そうとしているように、2人もEX級に選ばれる実力……その力を解放するらしい。俺も精霊魔法を使うか。勝てるだろうか?


 ……弱気な発言だが撤回はできない。俺の予感がそう言っている。そして蟲王の準備が完了する。と同時に2人も準備を終えたようだ。


 マテオさんは全身が強くなったように感じるな。なんと言うか……強化系に近いイメージだ。そして輝久さんは光を纏っている。



「……やるぞ、2人とも」



 輝久さんの声で戦況が再び動きだした。マテオさんが飛び出し、蟲王に肩を捕まれそのまま地面に向かって押しつぶされる。


 輝久さんが放った光の斬撃は、いとも簡単に消し飛ばされ消滅した。そして俺自身も【縮地】【剛力】【堅牢】の3つを同時に使って……簡単にやられた。


 つまり輝久さんの言葉から数秒後、俺たち3人は蟲王1人にやられたのだ。

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