幕間~2~

 あぁ、私はなんて不幸なんだろう。……最近すごくそう思うようになった。豚人族と結婚させられそうになったり、視力を失ったり、1番大好きな母様ともまともに会話できない。



『なんで、私ばっかり……』



 誰もいない事を視力の代わりに今も鍛え続けている犬耳で確認してから呟く。あぁ、こう言う誰もいない場所で愚痴を吐くとスッキリする。ふふ……死にたいなぁ。最近すごくそう思う。



「ルプスちゃん、いる?」


「そ、ソラお兄様? ……えっと、どうぞ入ってください」



 母様を連れて帰ってきて、豚人族の集落を襲ってきて疲れているはずのソラお兄様が部屋に入ってきた。



『どうしたの?』


「あはは、ちょっと話をしたくてね。大変なことばかりで、きちんと向き合えてなかったから」



 話? 向き合う? ……告白、って訳じゃなさそう。何となく顔は見れないけど、雰囲気とか声のトーンで分かるから。


 それにしても、正直この優しさも痛い。ソラお兄様は馬鹿だ。常識も知らないし。でもそれは何となく、察している。ソラお兄様は精霊族なのだ。


 だから獣人族に詳しくなくても当然。それにしても馬鹿なのは変わりない。……馬鹿が付くほどの、お人好しなのだから。



『お話って……?』


「そんな身構えなくても良いよ。……ただ、生きていて欲しいってお願いしたいだけだからさ」



 私の心臓が跳ね上がる。さっきの死にたいなぁって思いがもしかして口に出ていたかもしれないと思ったからだ。慌てて意味もなく口を塞ぐ仕草をしてしまった。


 否定せず、そんな行動をしたことでソラお兄様の目が険しくなる。もしかしてカマかけだった? でも、確証もなく生きていて欲しいってお願いをしようとする?



「……やっぱりそうだったんだね。ごめん、すぐに気づいてあげられなくて。すぐに助けられなくて」


『なんの、ことです? ……私は、死にたいとか一言も言ってませんよね?』


「あぁ、聞いてないな。でも俺は生きていて欲しいってお願いをしにきただけで、死なないでくれ、とか死ぬな、とか一言も口に出していない。なんでルプスちゃんはそう思ったのかな?」


『な、何が言いたいです?』


「最初に言った通りだよ。謝りたくてね……」


『謝る?』


「俺は知っていた。と言うかだいぶ前に気づいていたんだ。君が絶望していることに。それこそもしかしたら命を絶つんじゃないかってほど思い詰めていることにも」



 っ! やっぱり知られていた。しかも、大分前からって……。なら、何故今更になって声をかけたの? 母様も所在も分かって、憂いの無くなった今の私に……いや、だからか。



「俺自身も上手くこの世界に順応できなくて悩んだりして、ヴォルフも含めたそっちの事情にばっかり時間を割いてしまった。……苦しかったよね?」



 うるさい、同情なんていらないの。苦しいとか当たり前のこと言わないで。ようやく終わらせられるの。まだキチンとした勇気は無いけど、それもすぐ出来ると思うから……だから、最低でも他の人には知られないようにしないと。



『変な妄想はやめて下さい。ソラお兄様でも怒りますよ?』


「怒りも悲しみも俺にぶつけてくれて構わないよ。それで少しでも贖罪になるなら」


『怒れないじゃないですか、そんなこと言われたら。認めたことになります』



 早く会話を切り上げたい。その理由は、ソラお兄様の言う通りだからだ。図星を突かれたからだ。居心地の悪いこの場所から逃げ出したい。



「1人で抱え込ませてしまった。俺はその苦しみをよく知ってるはずなのに。それを謝りたいんだ」


『うる、さいです……ソラお兄様に、分かるはずないです』



 思わずそんな言葉を口に出してしまった。慌てて口元を押さえるがもう遅い。さっきと一緒だ。上手く感情を抑えきれない。



「分かるよ。事例は違ったけど、俺は1度死にたいと思って死にかけた。いや、常人なら死んでたと後で言われたほどだよ。俺が普通の人より強かったから……無駄に肉体だけは強かったから、餓死したりせず済んだだけなんだ」



 過去を思い返しているのだろう。懐かしさとその時の苦しさが滲み溢れているように感じた。



『……分かるわけないじゃないですかっ! だってソラお兄様は眼がある。未来を掴み取る力がある! 私なんかとは違うっ!』


「違わないよ」


『違うもんっ!』



 ソラお兄様には分からないよ。生まれた時から私はいずれどこかに出される予定だった。母様がそうだったもの。知らない土地で1人放り出されるなんて無理だよ。


 ガノーが確か幼なじみとして付いてきたことは知ってるけど、私にはそんな存在居ないし。そして嫁ぎ先は豚人族なんて言われて……。


 私は嫌だった。と同時に諦めてもいた。なのに兄様は勝手に自分の事のように怒って、流されるまま集落を出た。私のことなんだよ? 兄様が私より嫌がってどうするのよ。


 ただ嫁ぐとかよりも意味が分からないと思ったのは、母様の死だった。なんで母様が死ななければならないのか、意味が分からなかった。


 そんな事を考えていたら……視力を失った。好事家な人の奴隷として扱われるために、私は光を失ったのだ。集落を出てこなければ、こんな事にはならなかったのかな?


 そこからは何も思うことは無い。復讐をしたい、その気持ちは最初、あまりなかった。目が見えないことの痛みと絶望でいっぱいいっぱいだったからだ。


 その苦しみに気づいて復讐をしたいと思った頃には、とっくに兄様が代わりに片付けていた。私は復讐する相手もいなくなり、目が見えない事実だけが残った。


 生きるのもめんどう。でも、兄様は私を魔の手から連れ出した正義のように感じている。死にたい。でも死ぬのは怖い……。


 そんな気持ちでひたすら虚無な時間を過ごした。あまりその間のことは覚えていない。認識できたのは、適当な相槌を打って無為な時間が流れたって事だけ。



「ごめんな……」


『……違うっ。ソラお兄様は悪くなくて、悪いのは……えっと……違う、くて……』



 いつの間にか抱きしめられていた。私はソラお兄様の胸に顔を埋めていた。上手く反応できなかった。ソラお兄様、じんわりと温かい……懐かしい、昔の母様みたい。



「悔しかったよなぁ。結婚相手も勝手に決められて、逃げ出したら視力奪われて、お母さんはお父さんに殺されたって言われて……意を決して戻ってきたら、全ては嘘で、逃げた意味なんて、視力を失った意味も何も無かったかもなんて思わせられて、お母さんは豚人族から酷い扱いを受けていて……辛いよな。死にたくなるよな。だってこんな現実、受け止められないよな。まだ……13歳だもんな」



 全部、全部ソラお兄様に口に出される。ソラお兄様から告げられる言葉一つ一つが私の心の深い部分に触れてくる。無遠慮だけど、繊細なものを優しく丁寧に触ってきた。


 目の前はもう何も見えない。涙を流したからじゃない。ソラお兄様の胸に顔をうずめたからだ。だから頬から僅かに流れる透明な液体は、涙なんかじゃない。



「泣くのはみっともなくないよ。恥ずかしくもない。俺もいっぱい泣いたからね。……そうだ、俺もルプスちゃんのお兄ちゃんなんだろ? だからさ……たくさん甘えても、いいんだよ?」


『っ……んあぁ、うわぁぁぁぁん……うわぁぁぁぁぁん』



 溢れ出る涙……じゃなくて液体がソラお兄様の服に染み付いていく。気にする様子を一切見せないソラお兄様に甘えて私はしばらくの間、静かに泣き続けた。


 目が見えなくされたことの苦しさも、母様があんな状態で戻ってきた事への怒りも、豚人族への憎しみも、全て流すことなんて出来ない。でも、こうしてソラお兄様と一緒にいる時だけは……少し楽になれて気分が良い。



***



『ねぇソラお兄様、どうして私が死にたいって考えると分かったの?』



 泣き腫らした顔を隠しながら私はソラお兄様に問いかける。だってずっと一緒に居たのに兄様……あの勘違い鈍感男は気づきもしないのだから。



「雰囲気。例えば黒狼族の集落に戻る際にもヴォルフは覚悟を決めたりしてた。でもルプスちゃんはうん、とか分かった、みたいに適当な感じがしたからね。もう、自分が生きてる意味が分からなくて流されてただけのように見えたんだ」



 あぁ……思い返せば適当に返事してた気がするけど、そこからか。あはは、私、自分からサイン出てたんだ。普段とは違うんですって、助けて欲しいですって。



『……ソラお兄様、兄様よりお兄ちゃんしてて好き』


「ありがとう。俺にも妹がいるからね。実はそこの経験が活きたんだと思うよ」


『妹いたのっ!? エフィーちゃん、じゃないわよね? ぁ、ぇっと、その……』



 驚愕の新事実が判明っ! 通りで兄様よりお兄さんしてる訳よ。私はソラお兄様が嬉しそうに語る様子を耳で感じながら、あっという間に時間は過ぎていった。



「そろそろ戻るよ。あんまり遅くまでいちゃ変な勘違いされるし」


『もう何回も夜を過ごしたんだし平気よ』


「その時はヴォルフも居たからね」


『てへっ』


「ふふっ……ねぇ、ルプスちゃん」


『……なぁに?』



 あ、ソラお兄様の雰囲気が変わった……。分かる、今からソラお兄様は私に問うつもりなんだろう。これからの事を。



「……君は、これからどうするのかな? ……悪い、そんなすぐ答えられないよね。傷を抉ってごめん」


『……うん。今はちょっとね。で、でも……答えは出すつもり、いつか、必ず』



 予想通りだった。でも今言った通り、答えられない。目標が無いのだ。今まで生きてきて目標があったとは言えないけれど、もう無為に生きる生活を送ることなんて出来ないから。


 私は何を成すべきか、それを決めなければ……。そして、1晩が経ってソラお兄様が黒狼族の集落を去る。答えはまだ、出てこない。


 兄様と最後の別れの挨拶をしている。早く行かないと、ソラお兄様に伝えないと! 私が、私が嫌なんだ! 一方的に慰められっぱなしで、ソラお兄様に不安を抱かせたままの別れなんて嫌!


 このままじゃソラお兄様がここでの記憶を思い出した時に私はずっと死にたそうにしてて、自分が慰めるだけ慰めて、その後を放り投げた奴って印象にしかならない! 気がかりなんて掛けたくないっ!


 答えはまだ出てこない。でもただ全力で駆け出した。視力を失ってから耳や他の感覚がとても鋭くなっている。私は上手く走れるようにまでなった。


 目が見えた頃はもっとよく動けた。いずれはその時以上に動けるようになるはず。その姿をソラお兄様に見せることが出来ないのは残念だけど、今はそんな事より……!



『ソラお兄様っ!』



 出発直前のソラお兄様に無理やり話しかけて、お時間を貰う。なんかエフィーちゃんとイチャついてたが気にするものか!



『き、昨日の、返事……まだ、伝えられてないから来たの。ソラお兄様、私ね……』



 言え! 言うのだ! 私の答えが無くとも、その思いを! 今ここで! ソラお兄様にっ! ここで伝えなきゃ、いつ言えるのか? 最後のチャンスなのよっ! さぁっ!



『……まだ、分からない。生きたいのか死にたいのか……だから! 私はそれを見つけるために、生きていくことにするの! それが私の今の答え! 悪いかしら?』



 ソラお兄様の顔は見えない。でも分かるのだ。……うっすらとだけど笑って、私の答えを聞いて嬉しそうに笑みを浮かべたソラお兄様が。



『ありがとう~ソラお兄様ぁ! 大好きだよぉ!』



 今回の出来事は今までも、これからもある私の人生の中のほんの1ページ。だけどこの激動の出来事は一生忘れることは無い。


 ……さて、今日から私は生きる意味を見つけるために生きていくのだ。まずは……あのソラお兄様と大違いのクソ兄様に1発かまさねばっ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る