幕間~1~

『……ソラ殿、風呂、入ろうか』


「……は?」


『汚れを落とせという意味だ。変な勘違いをするな』



 一通りやることを終えたヴォルフの父親である族長がそんな事を言ってきたのでお風呂に案内される。……お風呂、あったんだな。


 砂漠地帯だしてっきり水浴びすら出来ないかと思ってたよ。と思ったらちゃんとしたオアシスがあったようです。そら集落作るならオアシス周辺ですよね。



『風呂……1週間ぶりだ』


「やっぱ貴重なんですね」


『あぁ、この後にヴォルフやルプス、ガノーも入るが……少し、君と話をしたくてね』



 話、か。確かにちゃんとした会話なんてした覚えがないな。向こうからしたら親子喧嘩に割って入って勝手にやること決めた奴のイメージしかないじゃん。


 あれ、俺ってばガノーさんの報告次第でもあるけど第一印象から誘拐を助長した最低な奴だったんじゃ? 気づいたらめっちゃ気まずいんだけど……。



「って違うっ!? なんで当たり前のように一緒に入ってるんですか!?」


『節約ぐらいさせたまえ』


「なるほど……って嘘つかないでください! 話をしたいからって言ってたくせに!」


『……軽いジョークだったんだが』



 なんてジョークだ。つか言い争いをした人と裸の付き合いって、本当に気まずすぎるだろ。



『なぁソラ殿、好きな女はいるかな?』


「……付き合ってる人なら」


『ならばついでと言ってはなんだがルプスを貰ってやってはくれんか?』


「それはダメです。彼女の気持ちを蔑ろにしちゃいけない」


『君ならそう言うだろうな。むろんだとも。ここで即答するようなら今すぐぶちのめしていた所だ』



 変なカマかけするのやめてもらって良いですかねぇっ!?



『……だが、ルプスが結婚すると自分から言ってくるのはソラ殿ぐらいしか想像つかん』


「結婚することが幸せだとは限りませんよ。ルプスちゃんは1人で選択できる力がある。意思がある。彼女の人生だ。親とはいえ、過干渉はおすすめしません」


『そうか。それほどまでにルプスが嫌いか』


「そんな事一言も言ってませんよねぇっ!? ……で、さっさと本題に入ってくださいよ」


『うむ……』



 全く、今までの馬鹿な会話を消したいよ。ルプスちゃん……これが終わったら、ちょっと話をしたいんだよな。気になることがあるし。



『ソラ殿、私は妻を愛するまで、人を好きになることが無くてな……。だが、恋をしてから世界が変わったのだ。彼女がいれば他には何もいらない……そんな気持ちにまでなった』


「……恋は、良くも悪くも人を変えますからね」


『彼女は弱かった。軽く小突くだけで息絶えてしまうような儚い人に見えたんだ。私は上手くやって行ける自信が無かった。その時に描いていた理想の女性とは強き女性……第一印象の彼女とは真逆だったのだから』


「でも……」


『あぁ。彼女は強かった。ガノー1人だけを連れてこの集落に来て心細かっただろうに物怖じすることもなかった。それどころか、私に意見さえした。最初は不快だったさ……でも、彼女は強かった。何度否定しようとも、その主張を間違えたとしても、訂正して最終的には正解に辿り着いた……。強さとは肉体だけではなく、その心に宿るのだと、その時に気付かされたよ……今回の件も、彼女が強かったから他の人達が助かったんだと思うことにしたい……だが』



 したい……だが、と歯切れ悪そうに族長はそう呟く。



『こんな姿……彼女の前では見せられん。もちろん子供たちの前でもガノー、親友の前でも、誰にも。……ただ、独りで泣くのは辛いからな。君がいて、本当に良かったよ……』



 黒狼族の誰にも、親族にも親友にも見せることなく彼は静かに涙を流した。それを知る唯一の相手が俺なんかで良かったのだろうか?


 それは分からない。ただ彼が俺を選んでくれたのだ。せめてその役割ぐらいは果たすのが男って奴だろ。



『ふぅ……風呂は良い。涙を流してもバレない』


『後で入る人達が知ったら良い気分はしませんけどね』


『所でソラ殿、女性をできるだけ思い浮かべて欲しい』



 話逸らしたな!? でもなんでそんなことを? と思ったが別に良いか。俺にとって一番最初に思い浮かぶ女性はこの人しかいない。一香さんだ。


 そんでエフィー、琴香さん、氷花さん、ヘレス、ララノアちゃん……幼なじみの穂乃果ほのかにルプスちゃん。


 あ、肉親を含めるなら水葉、母さんもだな。ん? 一香さんは親枠に入るのかも。おっと、他の女性ならS級探索者の紅一点、吉田芽衣よしだめいさんだろ。


 他にもEX級第1席マテオ・キングさんの娘のナタリーちゃんがいたりと……多いな。おおっと、柏崎かしざきさんを忘れてた。



『その中で1番最初に思い浮かべた女性が付き合っている人のはずだ』


「一香さんがですか? いえ、もう亡くなった育ての親ですよ。付き合ってる人じゃありません」


『おかしい。私が最初に思い浮かべる女性は妻だ。一番好きな女性を一番最初に思い浮かべるはず……あぁ、君は彼女のことが今でも好きなんだな』


「っ……」


『いや、すまない。今のは無神経だった……』



 族長が謝罪してくる。俺は静かにそれを受け入れた。と同時に思うのだ。今の言葉は案外的を射ているのでは無いのか? と。


 ……一香さんの事を嫌いかと言われたらすぐにノーと言えるが、好きかと言われたら口にできない。それは肉親のように接した記憶と、その……女性として意識した記憶がせめぎ合うからだ。



「……さっきの答えですけど、否定はしません。ただ、今を生きる俺にこの答えは色々と残酷だっただけです」



 その通りだと口に出せる訳が無い。それは付き合っている琴香さんに失礼すぎる。しかし、俺の心は揺らいでいるのだ。まだ……完全には吹っ切れていないらしい。



『そろそろのぼせそうだ。上がるとしよう』


「そうですね」



 濡れた毛が張り付きラインがくっきりと浮き上がった族長の身体は意外と細かった。ガッチリしてるからいわゆる細マッチョという言葉が相応しいな。


 犬のように全身を震わせて俺に温水を浴びせたヴォルフの父親と共に風呂から上がった俺は、ヴォルフに次に入るように伝えた後、ルプスちゃんの元へと向かった。

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