第247話~王からの支援~

*****



 ……あぁ、ここか。俺は慣れた感じでそう思った。ここは赤紫色のヘドロのような物がグチャグチャと気持ち悪い音を立て、ヌチャっとしている不快な感覚の空間。


 相変わらず身体の自由は効かないし……使徒の北垣さん、王、なら今度は誰なんだよ?



『あのさぁ、色々言いたいことがあるんだけど』



 その声……王の声が耳に入ると同時に身体が震え出す。明らかな拒否反応が動かせない身体を支配した。こちらも聞きたいことが沢山あるが、コイツは心を読めるので一方的に喋られる。



『なんで……なんでそこにたどり着くかなぁ? ボクの与えた試練の中じゃ、順番的に君は黒狼族の集落に行く予想だったのに、わざわざ1番最後の、1番死ぬ確率が高い所に行って、あっさり死にかけてるし……』



 予想だった? ……俺は予想外の行動を取ったってことか? そして死にかけてる……じゃあ俺はまだ生きてるのか。意識を失って王に呼び出されて、今はこうして愚痴を聞いてると。



『予想外なのはいいよ。ボクも楽しみだし。でも死んだんじゃ意味ないじゃないか。あ、今、精霊王が力を解放しようとして失敗したよ』



 エフィーが真の力を解放しようとして、失敗したそうだ。北垣さんとの出会いの時とか色々無理をして、ミスも目立っていたし驚くことじゃない。



『……絶望的だね。もう助かる道は一つだけ。でも、確率としては99%失敗する。そしたら君たち全員ジ・エンドだ』



 終わりたくないな~……何度身体を動かそうとしても無駄だった。第1ここは王が俺を呼び出した場所。融通の効くはずがない。



『契約の上書き……君がそれを行ってからの僅かな戦闘の経験値に賭けて、エフィタルシュタインはさらなる契約上書きを開始したよ』



 なるほど、生き残るにはそれしかないな。99%失敗するって断言したのはそれが理由だったか。……ここで1%を引けるような運なんて持ってない。持っていたらこんな事にはなってないからな。


 ……あれ、俺は死ぬ……? 俺だけじゃなくみんなも……? ダメだ、ダメだダメだ! ここに呼び出された事で麻痺していた常識や意識、感覚が少しずつ解け始める。


 さっきまでの俺は何を冷静にしていたんだっ!? 達観して、まるで第三者目線のような考えで……死ぬんだぞ!?


 王! なんでお前はここに俺を呼び出した! なんでその事を伝えた! ……俺がこうして恐怖を抱き、嘆き苦しむのが楽しいからか!? 何か答えろよ! 答えてくれよ!!!



『あはは……確かにそう思われても仕方ない。……でもね、こんな君の死に様、ボクは認めないよ?』



 幼い少年のような無邪気な笑い方から一転、真面目なトーンでの後半の言葉に俺は戸惑う。



『ボクはこんな物語、望んでない。1%がなんだ、ボクがそれを100%にしてやる。だから君は立ち上がって、この窮地を切り抜けてくれ』



 肩にポンと手が置かれる。瞬間、重力が10倍にでもなったかのような負荷が掛かり、俺は膝から崩れ落ちた。上手く立ち上がれない。だがそんなことはお構い無しに、俺は目には見えない透明な地面に身体を伏せながら考える。


 王は何故ここまで俺たち……正確には俺に肩入れするんだろうか? 自分は中立と謳っておきながらだ。分からない、王の目的が分からない。



『あ、ごめんね。君の質問に答える時間が無いや。それに語ってしまったらつまらなくなっちゃう。……と、ともかく頑張れ』



 なんとか立ち上がった俺の背中を王が楽しげに笑いながら押す。音速を超える速度で吹き飛んだ俺だが、それが意識を元の現実世界へと戻すきっかけとなった気がするのもまた皮肉なもんだ。



『君は精霊王に──た──の──なんだ。──に決まってる。でも──が──ない。だから早く強くなって、ボクを──て……出来るなら、──てね』



 意識が遠のく直前、王の最後の言葉が離れていく身体とは裏腹に、断片的にだが確かに耳に残った。



*****



「──っ!」


 誰か、女の子の叫び声が聞こえた気がする。ここがどこで、先程まで何をしていたのか、そう言った状況判断は後回しにしてすぐに目を開いた。


 白銀髪の幼女、鳥の精霊、ドワーフ……エフィー、ハズク、ミルドさんが今にも殺されそうになっていた。反射的に身体が動く。疲労感も何も感じない。



『いや、なの……っ!?』


『ぬぉぉぉお!? ……!』



 5体の多腕ゴーレムがハズクとミルドに迫っていた。地を蹴り、牙狼月剣を振り抜く。多腕ゴーレムの首は1つ残らず斬り裂かれた。


 2人の驚きの表情が視界の端に捉えられたが、今はそれよりも周りにいる多腕ゴーレムをどうにかしないといけない。



「【縮地】」



 周りにいた多腕ゴーレムの首を全て斬る。遠くの敵は斬撃を駆使したり、多腕ゴーレムを掴んで投げたり直接打撃も使用した。


 それから数分後、そこには100を超える多腕ゴーレムの死体が転がっていた。途中、徐々に死体が邪魔になってきていたが、その頃には仲間の命の安全も確保できていた。


 なので【剛力】を使って直接粉々にしたのが項を喫したのか、死体で生き埋めと言う馬鹿なことにはならなかったと記載したい。


 粉塵はハズクのお陰で吸っていないし、そちらの方も問題ない。たださすがに顔に砂が張り付いて髭みたいになってそうなのは辛いところだ。


 ……よし、状況を整理だ。とりあえず多腕ゴーレムの方は打ち止めのようだね。警戒をするに越したことはないけど。


 俺は……うん、覚えてる。多腕ゴーレムに殺されかけて、死ぬ直前に王と会話をして、エフィーが一縷の望みに賭けた契約上書き……それを手助けして成功に導いた。


 契約上書きは成功。慣らしの必要性も違和感も不快感も何も無く、むしろ快調だと言わんばかりの動きを俺は発揮できた。



「はぁ……」



 俺はため息をついて腰を下ろす。多腕ゴーレムに苦戦して、大勢に殺されかけて、と思ったら王と会話をして、契約上書きを短期間に2度も成功させて、殺されかけた相手に無双して……。


 状況が短時間に変わりすぎて脳のキャパシティを超えてオーバーヒート状態。身体に疲労がなくても、心の方はドッと疲れた。


 だからこうしてだらけていたい。嫌になって思考放棄したい。ただ……助かったことだけは事実だ。



「主……本当に空なのかの? 生きているのかの?」



 綺麗な白銀の瞳をうるませたエフィーがそんな問いかけをしてくる。俺は物凄いスピードでエフィーを抱き寄せてグリグリと身体を密着させる。


 改めて小さく、羽のように軽くて華奢な身体だと分かった。でも何故だろうか? 抱きしめているのは俺の方なのに、抱きしめられているように感じるのは。


 ……まぁ良いや。頭を撫でて、身体全身でその温もりを感じ取る。もうこれ以上はやめろと声を挙げられてもおかしくはないぐらいに。



「空……全く、しょうがないのじゃ」


「えへへ、エフィーは本当に可愛いな……」



 知能指数がめちゃくちゃ低下した発言を呟きながら、エフィーの温もりで生き残ったことが改めて実感する。ただ疲れたので、今はこうして癒されていたい。


 自然と涙が零れていたが構うもんか。俺の心が癒えるまでのほんの少しだけで良い。……それぐらいのワガママ、許してくれ。

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