第239話~差し伸べられた手~

 次の日はギルドに傭兵登録をしに行ったっす。そこで門番の狐人族と出会ったっすよ。俺達を初めて見た時から変わらない紳士的で輝いて見えて、その中に小さく燃え盛る悪意の業火の混じった眼差しが特徴的っす。


 全く、ソラの兄貴は人を信用しすぎなんすよ。子供のことはほぼ無条件で信じてるっす。多少は全員に注意を向けているっすけど、それでも即興ならともかく演技に長けた人物には通じないっすから。


 まぁ、俺の方も長男として色々仕込まれているっすから演技は長けてるっすよ。周りからは明るい活発少年な感じに見えるようにしてるっすけど、その中身は打算的で生意気なクソガキっすから。


 あ、このままじゃソラの兄貴がぼろを出すかもしれないんで手助けしてその場を去ったっす。しばらくするとソラの兄貴が声を漏らしたので何事かと問いかけると、追っ手が来ているらしいっすね。


 俺は全然気づかなかったっす。やっぱりソラの兄貴に戦略は無理っすね。あくまで戦術がメインぽいっすよ。そうこうしているうちに敵と対面する羽目になってたっす。



『国のため……あんたもしかして、暗部の人間っすか?』



 俺がそう問いかけると当たりだったっす。暗部……表向きの門番とは違い国のために汚いことを平気でやる人間の総称っすね。俺達をカモにするつもりっすが、ソラの兄貴を舐めすぎっすよ。


 そう思っていると狐人族の一味は一瞬で全滅させられたっす。でもそれはソラの兄貴の手によってではなく、外套を羽織り顔を隠した男の手によってっす。



『私は貴方達に危害を加えるつもりはありません。むしろ逆です。私は貴方達を助けに来たんですよ……』



 俺は……俺とルプスはその声を知っているっす。男はフードを頭から下ろして、その素顔を晒したっすよ。



『嘘……っす。なんで、ここが……!』


『ソラお兄様……!』


『さぁ帰りましょうか。ヴォルフ様、ルプス様』



 もうここまで追ってきたなんて想定外っすよ、ガノー。顔見知りだと理解したソラの兄貴がいつも泊まっている宿での話し合いを検討してきたっすけど、さすがに冗談じゃないっす。


 という訳でギルドの酒場で話し合いを始めたっすけど、その中身は母様が生きていると言う信じられない内容だったっす。


 ……正直、100%その言葉を信じてるわけじゃないっす。でも確かに母様の遺体は見つからなかったっすし、可能性としては本当ってこともあるんすよ。


 それに……いくら父様でも、自分の言うことを聞かなかったからと言って長年連れ添った家族を殺せるような人じゃないってことは……信じたいっすから。


 だから一刻も帰って生存確認をしたいっすけど、それはルプスの婚約が進むことを意味してるっす。俺は長の息子っすけど、それよりも兄として妹の幸せを願ってるんす。


 なのに……ルプスの方から帰るって言い出したっす。俺はルプスが結婚を嫌がっていると思って、他にも色々な要因が重なって半ば自暴自棄に家を出たんすけど、それも大して意味がなかったみたいっすね。


 母様は信ぴょう性に欠けるものの生きていて、それでルプスが嫁ぐって話なら逃げる意味も無くなったっす。なら……帰るのが賢明な判断すよね?


 ソラの兄貴に別れを告げて、俺はルプスと共にガノーからの使いとともに奴の所に向かったっす。ソラの兄貴には本当に感謝してるっすよ。


 俺たちみたいな奴隷堕ちしそうな希少なガキを助けるなんて、普通の人はしないっすから。……あぁ、ソラの兄貴は確か精霊だったっすね。


 俺、精霊は聖戦を起こしたからずっと嫌いだったっすけど、ソラの兄貴だけは好き寄りになったと思うっす。でも、考えが幼稚な所とかはちょっと価値観の違いで合わないとは思ったっすけど。



『なにするんすか!?』



 ガノーの元に着くと同時に縄で体を縛られたっす。振りほどこうとしたっすけど、大人数に抑えられて逃げ出すのも困難っすよ!


 さすがにルプスの方は目が見えないことに配慮したのか少人数で乱暴にはされなかったっすけど、それにしてもどういうつもりっすか!?



『1度逃げた者が、また逃げ出さない保証がどこにあると? 集落まで拘束して帰ります』


『ぐっ! 本当に母様は生きているんすよね!?』


『えぇ、行けば分かりますよ……ぷっ、はは、本当に面白いですねヴォルフ様は。人を信頼するなとあれほど教育されておきながら、まだ私の言うことを信じるなんて』


『は?』



 その言葉を最後に俺は気絶させられたっす。……あぁ、しくじったっす。やっぱり嘘だったんすね。……ルプスも、ソラの兄貴も本当にすまないっす。


 俺はダメな次期当主っすよ。今はっきりと気づいたっすよ。ソラの兄貴の事を嫌いに思ったのは、同族嫌悪っす。


 まるで偽りの自分を見ているかのような明るさ。自分が持ちたくても出来なくて、でも根っこの部分は同じだったっす。


 人に優しくして、信じるようなやつは馬鹿、アホっすなんて言っておきながら、結局は俺も似たもの同士だったから……だから心の底から好きにはなれなかったんすね……今理解したっす。


 だからこそ……今目の前でガノーがソラの兄貴に一撃で吹き飛ばされた光景は頭を殴られた時のような衝撃があったっす。



「っし、大丈夫か?」



 ソラの兄貴は俺とルプスの拘束を、短剣を一閃して取り払ってくれたっす。そのまま優しい笑みを俺たちの方へ浮かべてきたっすよ。



『な、なんでっすか……? ソラの兄貴が助ける理由あるっすか? 現地の案内くらい他の人でも出来るっす。俺たちには余計なしがらみがあるのになんで助けたんすか!?』


「え? 助け、要らなかったか?」



 返ってきたのは予想外の回答だったっす。助けは……じゃなくて、助ける理由が無いんすよ! 俺達とソラの兄貴の関係は利害の一致から来た一時的な繋がり。


 俺達はこの世界に不慣れなソラの兄貴達を案内する。その代わりにソラの兄貴達は俺たちを守って欲しい……その利害関係は少し前に壊れたっすよね!? だから……!




『だって……黒狼族に真正面から歯向かうなんてありえないっすよ!』


『そうよソラお兄様! 助けてなんて頼んでないわ!』



 さすがのルプスも声を荒らげるっす。当然すよ、覚悟を決めて……ルプスは結構ドライっすから本当に決めたかはわからないっすけど、ソラの兄貴が来るとは思わないっすもん。


 ソラの兄貴は知らないかもしれないっすけど、黒狼族は9人の王の1人である獣王の護衛を務めたこともある戦闘種族なんすよ? その一族を敵に回すなんて、1人2人を奴隷にするよりももっと有り得ないっす!



「あのなぁ、あんな酷い顔してたら助けたくなるに決まってるだろ? あ、無償の施しをする理由が分からないって顔してるな。実を言うと俺も分からん」


『えぇ……』



 その回答に、俺とルプスは二人揃って呆れた表情をしたっす。だって目の前にいる人物が理解できなかったから……無償の施しなんて信じられないっすもん。


 偽善という名で自分の名声や承認欲求を満たす輩は今までにも見てきたっす。でもソラの兄貴はそいつらとは違うっす。


 損得を考えず、とっさに人を助けようと動ける人っすもん。まぁ、本人に言えば理由をつけて否定してくるっすけど、その理由も別にそうする必要ないっすよね? とさらに詰めればボロが出る程度っすし。




「そういや聞いてなかったね。ルプスちゃんは頼んだ覚えはないと言ったが……改めて、2人はどうして欲しい? このまま俺は去った方が良いか?」


『そんなこと……いや、でも……』



 正直言って、ソラの兄貴は余計なことをした可能性もあるっす。多分、俺達がこっそり見送ろうとして拘束されてる姿を見たからこんな事をしたっすけど、まだ母様が確実に死んだって確認したわけじゃないっすし……。


 でもさっきのガノーの言葉、ルプスをあんな風に貶せる奴の言うことを信じて良いのかも……あぁもう! 思考することを投げ出したい気分っすよ!



「悪いが、俺には他所の家庭の事情にズカズカと踏み込む度胸はない。でも助けて欲しいと呼んでくれたなら……その時は一緒に話を聞いたり、手助けしてやるぐらいの力はあるさ」



 ソラの兄貴がそう告げながら手を伸ばしてきたっす。助ける度胸はない……ソラの兄貴ほどの力を持ちながらもそうなんすね……。


 俺とルプスはソラの兄貴の手を見つめて、自らの手を伸ばそうとして躊躇したっす。このままじゃ、ソラの兄貴に頼りっぱなしじゃないっすか。


 ……いや、そうじゃないっす。ソラの兄貴は手助けって言った。つまり選ぶのは俺達。頼りっぱなしじゃなく、助け合える関係にまた戻ろう。


 ……そういうことっすよね? なら俺は……俺達はソラの兄貴と一緒に居たいっす。俺はゆっくりとソラの兄貴の手を掴んだっす。


 ゴツゴツしてる訳じゃないっすけど、普段から鍛錬してる故に付いたマメが妙に違和感を感じるっす。でも不思議と心が安らいで、とても頼りになる気がしてきたっすよ。


 救って欲しいとか助けて欲しいとかどうでも良いっす。ルプスが幸せになって、俺は誰も不幸にならない未来を見ていたい……そのためにこの手を取るっす。



『……助けて欲しいっす』


「おう、任せろや」



 その想いを乗せた俺の絞り出すような声に、ソラの兄貴は頼もしい返事を返してくれたっすよ。

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