第238話~無邪気に笑う少年の打算~

 その出会いからわずか数時間で劇的に俺たちの立場は変わったっす。奴隷として売られるはずが、さきほど奴隷商人を全員殺し尽くしていたっすよ。


 胸はスカッとしたっすし、最高っすね。ルプスの敵討ちも十分に果たせたはずっすよ。……まぁ、なぶり殺したところでルプスの瞳は元に戻らないっすけど。


 それよりもソラって言うこの男の扱いっすね。強さは化け物。護衛として雇えれば万々歳っすけど……目的が本当に謎っす。


 黒狼族が欲しかったから……は無いっすね。でもそれなら俺たちを助ける理由がすぐには思いつかないっす。そもそもパキステラ砂漠に幼女を連れているなんて非常識にも程があるっすよ。


 不気味……。ある意味では奴隷商人よりも怖い存在っすね。今のところ敵意は感じないっすけど……とりあえずは慕っている風に対応してみるっす。



『あ、ありがとうソラの兄貴』



 自らに敵意は無いことを示すためにそう呼んでみたっす。悪い雰囲気は感じなかったのでこのままでOKっすね。


 と思ったらソラの兄貴は目の前で衝撃的なことをやってのけたっす。なんと、サンドリザードを御したんすよ! 小さい頃から調教した訳でもないサンドリザードを、ただ威圧しただけでっす。


 さっきの威圧感、ガノーや族長にも匹敵するかもっすね。もしかしたらそれ以上かもっす。そして従順になったサンドリザードはウルガルスの街に向かって進み出したっすよ。


 しばらくしているとソラの兄貴と行動を共にする白銀髪の女の子が目に入ったっす。この世のものとは思えない、まるで芸術品のような美しさっすね。正直に言って見惚れたっす。




「我の名前はエフィタルシュタインじゃ!」



 ソラの兄貴に問いかけると女の子はそう答えたっす。その言葉を聞いて、俺は一瞬すけど言葉が上手く出なかったっすよ。


 だってエフィタルシュタインの名は……聖戦を起こした精霊という種族を束ねた9人の王の一人と同じ名前なんすから。


 普通の獣人族は知らない、長とその一族だけに伝わる言い伝えがあるっす。はるか昔から小競り合いを続けてきたはずの8種族が、急に精霊族以外と結束して歴代最大規模の争いを起こした聖戦。


 その聖戦で精霊族とその眷属であり犬猿の仲と呼ばれるエルフ族とドワーフ族を纏めあげ、たった1種族で抵抗を続けた精霊族最後にして最弱の王、それが……エフィタルシュタインっす。


 でも、500年ほど前にエフィタルシュタインは他の8人の王によって封印をされて、甚大な被害を出しながらも世界に平和が訪れた……そう教えられてきたっす。


 はっ、平和!? 聖戦の後、残った8種族の結束も無くなって、色々と失ったものが大きすぎて文化レベルは衰退して、同じ種族ですら奴隷にしたりされたりの醜い争いばかりで……こんなのが平和っすか。


 おっと、話がズレたっすね。今の言葉を幼い少女の妄言狂言と取るのは無理っすね。エフィタルシュタインの名前は黒狼族の長クラスにしか伝承されていない、秘匿されている情報っすから。


 彼女の見た目は幼いながらも年齢以外は合致してるっす。しかも精霊は姿を変えることもできる個体もいるらしいっすから、この幼女が精霊王に関する何者かであることは確実……。



『ソラの兄貴、エフィー、さん。改めまして、俺と妹を助けて下さりありがとうございましたっす。自分は黒狼族、族長の息子ヴォルフと言います。そしてこっちが妹の……』


『ぁ、えと……る、ルプス、です。よろしくお願い、します』



 ひとまずは置いておいて、自分とルプスの軽い自己紹介を済ませたっすよ。その後は向こうの紹介も続いたっす。ハズクという名の鳥っぽい奴も精霊だろうっすね。


 なら……ソラの兄貴はなんなんすかね? 8種族のどれにも……かろうじて猿人族には似てるっすけど、明らかに違うっす。ならこっちの男も精霊っすかね?


 まぁ、今は奴隷にしてこようとする獣人族よりも助けてくれた精霊族の方がマシっす。しばらくウルガルスの街を目指していると、エフィーちゃんが変な話を問いかけてきたっす。


 パキステラの森や平原……聖戦が起こる前までの、この砂漠の名称っす。知識が500年以上前、話すたんびにこの人たちが精霊だと確信していくっすよ。



「……《回復》」



 そう思っていると、ちょっとルプスが拒否感を示したりはありつつも、ソラの兄貴は不思議な力でルプスの目の傷を癒してくれたんす!


 獣人族にはこんな傷を癒すような力は無いっすからね。やはり2人は精霊。先程の力は恐らく精霊魔法と呼ばれる類いの何かっす。


 俺はルプスの傷を癒してくれたソラの兄貴に頭を下げて忠誠を誓いながら、頭の中は別のことを考えていたっす。この2人をできるだけ利用できないかと。


 そう考えていたら向こうの方から俺たちを度の案内として雇いたい提案が来たっすよ。チャンスっす。ルプスに危害を加えるような人物じゃないように見えるっすし、人柄も良いから護衛役としては現状望めるものでは最適性っす!


 俺達はその提案を飲んだっす。そこからは短く、けれど激動な日常を過ごしたっすよ。まずソラの兄貴をソラの姉貴にしたっす! これは変装のためにも必要なんすから我慢来て欲しいっすね! 俺なら絶対嫌っすけど!


 門番では声が出せない少女として演じていたっす。エフィーちゃんは人形のように小さくなっていたっすよ。やっぱり精霊だって見る度に感じてくるっす。


 宿を取ると、案の定チンピラが襲いかかってきたっす。黒狼族として姿を晒したから仕方ないっすけど、でも宿の中っすよ? やっぱソラの兄貴がいて良かったっすね。


 そのまま義耳や義尻尾を買って、服を買って……そこで俺は信じられない光景を目にしたっす。ソラの兄貴が最下層の住民に騙されてるんすよ。



「いや、なにしてんすか?」



 ソラの兄貴には聞こえなかったっすけど、思わず声が出てしまったっす。でも、仕方ないっすよね? あんな、ありえないっすよ。


 馬鹿なんすか? 強さはあってもまるで小さい頃の俺みたいにアホみたいなお人好しさがあるのは分かってたっすけど、あんな簡単に財布を盗まれるなんて酷すぎるっすよ。


 正直、教育の質を疑うっす。実力的には文句ないっすけど、性格や頭の方はあまりダメっすね。俺はソラの兄貴の事をそう評価したっす。


 優しさ……そんなものは気まぐれかただの幻想っす。この世は弱肉強食、相手を蹴落とさないと生きていけない世界なんすから……。


 夜寝る時はソラの兄貴を真ん中に配置したっす。ルプスから離すのは危険っすけど、万が一の時は俺よりもソラの兄貴が近くにいた方が安全っすから。


 でもソラの兄貴自身が変なことを考えたら……いつでも殺れる準備は整えておいているっすよ? と思いつつ眠った振りをしていたらソラの兄貴の方はめちゃくちゃ熟睡してたっす!?


 いや、黒狼族の10歳児と同じ程度の警戒心すか!? 出会ってすぐ寝食を共にするとかおかしいっすよ!?



「……ん~?」


『っ!?』



 呆れた目を向けていると、ソラの兄貴が体を動かしてきたっす。驚いて警戒高めていると不意に腕が伸びてきて頭を撫でられたっす。



『……えぇ?』



 そのまま耳を軽くいじり回したかと思うと、今度は抱き寄せるように胸の中に寄せてきたっす。変なことをしたら殺るつもりだったっすけど、むしろ首と心臓に近くてびっくりっすよ……。



『……寝るっす』



 こんなにも警戒している俺が馬鹿みたいっす。眠いのは事実っすし、早く寝るっすよ……。



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