第237話~家出~

 物心着いたその頃には、俺の隣にずっと1人の女の子がいたっす。名前はルプス。俺の双子の妹っす。



『兄様、ここも昔は木々の生えた森だったって話は本当?』



 黒狼族の住む集落はオアシスを中心としたパキステラ砂漠に囲まれているっす。でもそれは500年ほど前に精霊と他の7大種族による聖戦が起こったせいなんす。


 聖戦が起こる前はパキステラ大森林って呼ばれるぐらい肥沃で広大な森林が広がっていたんすよ。あーあ、聖戦なんて起きなかったら過酷な土地になることも無かったっすのに。



『そうらしいっすよ』


『良いなぁ、私も昔の黒狼族みたいに森の中を走り回って狩りをしたり、果物を食べたり川で魚を取ったりしてみたい』


『出来たら良いっすね……』



 キラキラと輝かせた瞳で空を眺めているルプスを見つめながら、俺はそう適当に呟いたっす。森を見たい……そんな幻想、叶うはずないっす。分かってるっすよ。……でも夢ぐらいは見て良いっすよね? 



『あ、母様っ!』


『あらあら。お洋服が汚れているわよルプス』


『えへへ、ごめんなさい』



 母様がルプスの服に着いた汚れを払うと、ルプスは笑顔で謝ったっす。そんな様子を見て呆れた目を向けた母様だったっすけど、とても優しい目をしているように見えたっす。



『ねぇねぇ、母様の夢はなぁに?』


『そうねぇ。この集落の繁栄かしら?』


『繁栄っすか? でも、母様は別の黒狼族の集落から嫁いできたんすよね? なのになんでっすか?』


『私がこの集落も、集落に住む人々も好きだからよ。それに……貴方達がいるからかしらねっ』



 母様はそう言い微笑んで、俺たちの頭を撫でてくれたっす。



『私も! 私も繁栄のためにちゃんと頑張るね!』



 ルプスもそれに賛同したっす。また母様が微笑んだっす。俺は母様のその笑顔が大好きだったっす。だから母様が好きなこの集落を、俺は父様からいずれ長の役目を継いでもっともーっと繁栄させてみせるっすよ!



 そして月日は流れて、ソラの兄貴と出会う1週間前、事件は起こったっす。



『ヴォルフ様、長がお呼びです』



 産まれる前からずっと仕えていた父様の忠臣、ガノーさんが俺を呼びに来たっす。そのまま黒狼族の長でもある父様に会いに行ったっすよ。そこには何故かルプスも居たっすね。そして話を聞いて、俺は激昂したっす。



『父様! ルプスが結婚するって本当っすか!?』


『……嘘でしょ?』



 父様から急に話を切り出された俺とルプスは困惑したっす。



『あぁ。相手は豚人族の長の息子だ』


『豚人族!? よりによってアイツらっすか!? ありえないっす!』


『嫌よ私! 同じ獣人族を奴隷として売りさばくような奴らじゃない!』


『そうっすよ! なんで豚人族なんかにルプスを渡さなきゃいけないんすか!?』



 俺とルプスは反論したっす。豚人族は同じ獣人を密かに襲って奴隷にしている噂があるっすからね。



『世間の状況がそれを許さんのだ。獣人族は今、危機に見舞われている。その事は分かっているだろう? だからこそ、強力な部族との強い結び付きが必要なのだ』


『か、母様はなんていってるっすか!?』


『そうよ! 母様はどうなの父様!』



 確かにあの事件は驚いたっす。でもだからと言って、ルプスが奴らの嫁に行くような展開、認められるわけないっす。



『アイツもお前たちと同じようにごねたさ。だから殺した。一族の邪魔になったからな』


『かあ、さまを……殺した?』


『あぁ。女で俺の妻なんだから、黙って俺の言うことを聞いておけば良かったものを』



 そこから先は記憶が混乱していて覚えていないっす。でも怒ったことは確かだし、気づけばルプスと手を繋いで外に飛び出していたっすよ。


 食料と水、それに外套を羽織ったりと突発的な行動にしては準備万端で……。でも所詮は子供の家出っすね。


 あっさりと水は尽きて、そのまま奴隷商人に捕まったっす。それからは……まぁ、ルプスが酷い目に合わされたり、でも黒狼族だからか丁寧な扱いを受けたりしたっすね。



『痛い……痛いわ……』


『ルプス……!』



 血は止まっても引くことの無い刺すような痛みがルプスの瞳を襲うっす。何でも購入者が欠損趣味らしいっすよ。気持ち悪いっすね。



『がはは、今どんな気持ちだ? んん~?』


『……お前は俺が必ず殺してやるっす』



 奴隷商人の豚人族が俺たちを見下したような目で見てくるっす。……違うっすね、はっきりと見下してるんす。馬鹿みたいに飛び出してルプスをこんな風にしてしまったのは完全に俺のせいっす。


 でも、じゃあどうすれば良かったんすか? ……いくら考えても答えは出ないっすね。せめてもの抵抗として生意気な口を聞くっす。



『ぶふははは! お前を調教する時が楽しみだぜ!』



 豚人族は嘲笑いながら俺たちの元から消えていったっす。……くそっ! なんで俺たちはこんな扱いを受けなきゃいけないんすか!


 それからしばらくの間、檻の中で竜車に揺られていたっす。そしてその時は訪れたっすよ。



『っ……なに、いまの?』


『分からないっす。外で一体何が……?』



 外から一瞬だけ激しい音が聞こえたんす。俺たちを見るように嘲笑う声、誰かが呻くような声……何が起こってるか分からないけど何か異常事態が起こってることは間違いないっすね。


 逃げ出す……水と食料はあるとしても、場所も現在の状況も分からないのにするのは自殺行為っすね。でも強いモンスターだとしたら……今日が2人の命日かもっす。



『ささっ、こちらです』



 すると先程の豚人族の奴隷商人が俺たちの方へやってきて布を取ったっす。ルプスをとっさに背中で隠すように守りの姿勢を整えたっすよ。



『……っ! 今度は何をするつもりっす!』



 そこに居たのは男? ……いや女? 性別は分からないけど人が居たっす。ならコイツがルプスの購入者……? そう思っていると奴隷商人は説明を始めたっす。……あれ? なんで俺の説明なんすか?



『なっ!? ふざけるなっす! 奴隷なんて認めないっすよ! しかも妹と離れ離れだなんて冗談じゃないっす!』



 いつの間にか俺の目の前にいる人が購入者だと判明したのでとっさに不満を告げたっす。まずいっすよ! 離れ離れは不味いっす! せめて同じ人に購入してもらわないと逃げることも難しいっす!


 でも、目の前の人は俺の『妹』と言う言葉になにか引っかかった様子を見せたっす。そして一言二言を話したと思った途端、奴隷商人を殴り飛ばしたっすよ。


 これがソラの兄貴との出会いだったっす。



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大学の期末テストラッシュ(落としたら留年)が始まるので投稿期間が空きます

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