第236話~差し伸べる手~

『……帰りましょう』


『ルプス!?!?』



 あれから1度ガノーさんと別れた俺たちは宿に戻っていた。そしてしばらくの沈黙が続き、ルプスちゃんがついに口を開く。



『あれは、嫁ぐって話は嫌じゃないんすか!?』


『私は父様のくだらない目的のために母様が死んだってことが許せなかっただけよ……だからその大義名分が無い以上、これ以上の抵抗は無意味じゃない』



 ヴォルフが懸命に説得しようとしているが無理らしい。……ん? ルプスちゃんが嫁ぐだって!?



「2人とも、家出の原因は……?」


『ルプスが嫌な所に嫁ぐんすけど、言うことを聞かせるために母様を殺したって嘘をつかれたんす』



 おぉ? よく因果関係が上手く結びつかないな。とにかくきっかけとなった母親の死は嘘だったことが判明。だからルプスちゃんは嫁ぐことになんの問題もない……と?


 だがヴォルフの方はそれでもあまり納得していない。嫌な所に、と言っていたからあまり親しくない所との政略結婚なのだろう。



「……ルプスちゃんは結婚しても良いの?」



 俺が聞けたのはその事だけだった。家庭の事情に安易に踏み込むのは良くない。ヴォルフは嫌がっているが、彼女の意思はちゃんと聞いていないからな。



『……えぇ。顔も分からない相手というのは怖いですが、母様も種族は同じとはいえ別の集落から来たんです。大丈夫ですよ』


『……そうっす、よね。これは俺たちのわがままっす。長の元に生まれた子供として、その役目を果たすのは当然の義務っすから』



 はは、と乾いた笑い声をヴォルフはあげた。まるで何かを諦めたような笑い方だ。役目……それに縛られているのだろうか? だが果たして、俺が介入して良い問題なのだろうか?



『……とにかくっす。ソラの兄貴、短い間でしたけどお世話になったっす。俺たちは集落に帰ってルプスは嫁に、俺は時期長として勉学に励むっす。だからこの旅は……おしまいっす』



 そう思っていると、ヴォルフがそんな言葉を発した。そうか、2人の旅の目的は家出だった。だが家出する理由が無くなったのだからお別れも当然か。



「そう、だな……」


『ソラお兄様……ありがとうございました。ソラお兄様がいなかったら、私たちは今頃、母様の生存も知らずに奴隷として酷い目に遭っていたと思う』


「いや、俺の方こそありがとうって伝えるよ。2人と別れるのは寂しいけど……2人には帰る場所があるんだ。なら帰るべきだろうしね」



 そう、帰れる場所があるなら帰るべきなのだ。俺だって帰る場所を探してこの異世界を旅しているんだし、帰る場所というか、待ってる人がいるんだからな。


 そうこうしているうちにガノーさんの遣いが迎えに来て、俺とヴォルフとルプスは別れることとなった。



***



「主、この後はどうするつもりじゃ?」


「決まってるだろ……」



 しばらく沈黙の時間が続いていたが、エフィーの奴がひょっこり現れて問いかけてくるので俺も返事をする。



『はぁ、ソラってば本当にお人好しなの。これで何も無かったらどうするつもりなの? 絶対ストーカー扱いされるの』


「うっせぇ、だが……引っかかることがあるなら動くべきだ。どうせやることなら、先延ばしにして良いことなんてない」



 ハズクの奴にもチクチク言われる。だが仕方ないだろ、アイツらの哀愁漂うオーラとか、今にも壊れそうな笑顔見てたら……。


 亡くなったと思った母親が生きてても、ルプスちゃんが嫌な所に嫁ぐことは変わらない。そして、ついたらいけない種類の嘘をつける集落でずっと暮らす苦痛がヴォルフにも降りかかる。


 一番ヤバいのは、2人とも母親が生きているという情報に踊らされている事だ。2人の母親が本当に生きているなら、本人も来るなり直筆の手紙でも寄越すなりしろよ。


 2人を連れ出すための嘘としか俺は感じられなかった。……死んだと思っていた人が生きていた。こんな情報聞いたらそりゃ冷静で居られないのは分かる。俺だってそうなるに決まってる……。


 2人の母親の生死は本当に不明だ。怪しいから俺が勝手な妄想をしているだけかもしれない。1人で勝手に動いて余計なことを考えているのかもしれん……だが、動かなくて後悔はしたくない!



「……よし、動くか」


『じゃあまずは向こうの──』


「向こうに隠れて我らを見張っている奴らへの先制攻撃じゃな」


『……かぶったの』



 俺が決断を下すと同時にエフィーとハズクが待っていましたと言わんばかりに言葉をつむぎ出す。



『ムシャクシャするの。だからとりあえず【鎌鼬かまいたち】なの』



 その怒りをエフィーに向ける訳には行かないので、代わりに理不尽な暴力を受けたのは隠れて俺たちを見張っていた人だった。


 全身を刃が走ったかのように切り傷がつき、全身から血が流れ出す。切断されることは無いが、全身から血が流れる見た目は派手でビビることは間違いないだろう。



「動揺している間にっ!」



 監視の注意を自分の怪我に引き付けることで俺は監視の目を逃れる。



「エフィー、ハズク!」


「任せるのじゃ」


『任せるの』



 ヴォルフとルプスの居場所を探すように2人の名前を呼ぶと、俺の意思をくみ取って2人はそれぞれ能力を発動させる。



「いたのじゃ!」


『いたのっ!』


「よし!」



 2人の示す方向は一致していた。そちらの方向へと走って向かう。時刻は夕方になっており、夕日が眩しく感じる。人混みで進行速度を下げたくないのでレンガ造りの家の上を飛んでいく。



「……よぉ」


『……やはり来ましたか』



 俺の目の前に立ち塞がったのはガノーさんだった。サンドリザードに竜車を引かせており、乗っていたのは当然ヴォルフとルプスだ。


 場所は路地裏。俺がウルガルスの街に入った門は反対側だ。人通りは少ない……というか居ないな。人払いでもしてたんだろうか? その代わりに索敵側としては見つけやすかったけどな。



「一応聞いとくよ。なんで2人を拘束してるんだ?」


『あなたには感謝してるんですよ。2人が奴隷に堕ちていれば捜索は困難を極めたでしょう。特にルプス様が犯されていなくて良かった。目は抉り取られていても、体と穴さえ無事ならば使えますからね。だからこそ、一族の事情を知っても見逃しておいたと言うのにわざわざ来るとは……』


「それ以上喋るなよ」



 俺の質問には答えず、聞くに絶えない言葉をまくし立てるガノーに怒りのボルテージが急速に上がっていく。ヴォルフとルプスの方をちらりと見れば、両手両足は縛られ顔も隠されている状態だ。


 恐らく母親が生きている情報は嘘だとバレた。暴れた2人を連れ出すために拘束しなければならなかったんだろう。



『……来なさい。強いと言っても所詮は女。性別の壁は越えられ──』


「【縮地】ッ!」



 やはりこの世界は男尊女卑の意識が強いようだ。あまり聞きたくなかったので先手必勝を打たせてもらった。来なさいと口には出していたし問題ないよな?


 一瞬でガノーの前に現れ、握った拳を振りかぶり渾身の一撃を食らわせる。油断していたガノーは物の見事に吹き飛んでいった。



「っし、大丈夫か?」


『な、なんでっすか……? ソラの兄貴が助ける理由あるっすか? 現地の案内くらい他の人でも出来るっす。俺たちには余計なしがらみがあるのになんで助けたんすか!?』


「え? 助け、要らなかったか?」



 拘束を解いて最初に聞こえた言葉はヴォルフの戸惑いの声だった。自分達を助ける理由がない、そう言いたいのだろう。



『だって……黒狼族に真正面から歯向かうなんてありえないっすよ!』


『そうよソラお兄様! 助けてなんて頼んでないわ!』


「あのなぁ、あんな酷い顔してたら助けたくなるに決まってるだろ? あ、無償の施しをする理由が分からないって顔してるな。実を言うと俺も分からん」


『えぇ……』



 2人から呆れた顔で見られる。でも……俺がそうした方が良いと思ったから助けただけだ。俺は自己中に行動するって決めたからな。



「そういや聞いてなかったね。ルプスちゃんは頼んだ覚えはないと言ったが……改めて、2人はどうして欲しい? このまま俺は去った方が良いか?」


『そんなこと……いや、でも……』


「悪いが、俺には他所の家庭の事情にズカズカと踏み込む度胸はない。でも助けて欲しいと呼んでくれたなら……その時は一緒に話を聞いたり、手助けしてやるぐらいの力はあるさ」



 俺はそう告げながら手を伸ばす。ヴォルフがその手を見つめ、自らの手を伸ばそうとして躊躇し、それでもゆっくりと俺の手を掴んだ。



『……助けて欲しいっす』


「おう、任せろや」



 彼の絞り出すような声に、俺は返事をした。

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