第235話~怪しいお願い~

 真昼間、市場の広がっている大通りの賑やかな活気とは正反対の路地裏で俺とヴォルフ達、その知り合いと思われる強いご老人が顔を合わせていた。



『絶対に嫌っす! 帰らないっすよ!』


『私もです。例え何があろうとも、父様の元には帰らないわ』



 2人が老人に向けてそう宣言する。一方、老人は2人のことを呆れた目で見ていた……いや、見下している? それとも蔑んでいるのか? とにかく、酷い目をしていた。



『はぁ、お2人とももう立派に1人前と呼ばれる歳。だと言うのに反抗的な行動を取ってばかりで……早く大人になりましょう』


『あの事を受け入れるのが大人だって言うなら、俺とルプスは一生子供のままで十分っす!』


「3人とも、ひどまず話は後にしよう。目立ってる」



 路地裏のあちこちから視線を感じる。揉め事かと寄ってきた浮浪児達が主だな。代わりに大人の姿はあまり無い。……あぁ、安く使える労働力で、壊れても替えが効くからか。


 話を戻そう。俺は2人の知り合いということで自分達が泊まっている宿を話し合いの場所として提案してみた。険悪な仲だが顔見知り。しかも親戚とかそれぐらい近い関係に見えたからな。



『嫌っす』


『嫌です』



 だが物の見事に2人から却下される。この老人、やはりものすご〜く嫌われている。一体何があったんだ? 無理やり事情を聞くとかするつもりはないが。


 という訳で、狐人族らは浮浪児達にあげてギルドの酒場に向かうこととなった。今なら人も余り居ないしな。え、狐人族達の末路は……まぁ、知らない方が賢明だと思うよ。良い結果な訳無いし。



『さて、ではまず貴方は一体どちら様でしょうか?』


「ソラだ。2人とは偶然出会ってそこから一緒に過ごしている。それと先に言っておくが、私は2人の味方だ、肝に銘じておけ」



 先ほど2人は確固たる意思を俺の前で示した。詳しい事情は知らん。でも2人が明らかに間違っているとは思えない。子供特有のワガママだったとしても、それも全て含めて俺はヴォルフ達の肩を持とうじゃないか。



『なるほど……。ではヴォルフ様、この方の同席は許可します。ですがどこまで話しましたか?』


『お互いの事情に関しては不干渉っすよ。ソラの姉貴は強いんで実力行使はあんまりおすすめしないっす』


『ほお。長や私の強さを知る貴方がそういう程ですか。ならば女性にしておくのが勿体ないですね』


「性別は関係ない。それよりもご老人、あなたのお名前は?」


『これは失礼を。ガノーと申します』



 お互いの自己紹介が済んだ。依然としてヴォルフとガノーさんがお互いに見合わせている。それにしても良かった。ルプスちゃんがお兄様と咄嗟に呼んでしまったが、性別は女で通せているようだ。


 それとルプスちゃんの目が見えないことについては何も触れないのだろうか? 元々後を付けていて知っていたから? だが心配ぐらいはするべきだろう。



『単刀直入に言います。2人とも帰ってきてください。長がお怒りです』


『嫌っすよ』


『嫌ですわ』



 やはりヴォルフ達は家出少年のようなものなのだろう。長と呼ばれる黒狼族の中で一番偉い人に呼ばれていると。……サリオンさんは闇の大精霊シェイドと風の精霊ソロンディアの下で3番目だったから一番偉いとは限らんな。



『……まず1つ訂正させて頂きます。お二人の母親はご無事です』


『なんですって!? どういうことよ!』


『は……? ふざけるなっすよ。俺は母様の亡骸やお墓をちゃんと隅々まで探して見つからなかったから、こうしてルプスと2人で旅してきたんすよ……今更そんな嘘をついて──』


『歴代の長とその忠臣しか存在を知りえない秘密の密室があるんです。詳しい場所は言えませんが……あなたの母親はそこで1時身を隠していただけです』



 うーむ、何となく事情が見えてきたぞ。ヴォルフ達の母親が亡くなって、その時のいざこざで2人は家出。だが実は母親は隠れていただけだったという事が判明した、という訳か?



『いやいや……わざわざ母様の死で嘘をつくなんて訳が分からないっすよ』


『集落に残る理由が無ければ心残りもなく行ってくれる……長はそう考えたそうですよ』


『そんな、そんなはず……』


『……あ、ありえるんすか?』



 家出した最大の原因がすれ違い? だったことによって2人の心に揺らぎが生じている。



『とにかく、大至急お2人には集落まで戻って頂きたいのです』


『少しだけ、考えさせて欲しいっす』



 ヴォルフの振り絞るような声だけが、ギルド内で小さく響いた。

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