第234話~狐人族~
門番の狐人族に話しかけられてつい反応して顔を向けてしまった。まずい、耳が聞こえないことになっているはずの俺がそんな対応を見せては疑われてしまう!
ヴォルフ達も狐人族の出した声の方に向いたから、俺も釣られてそれに合わせたように見えたら良いが……。すぐにヴォルフと目配せをする。
『あ、あの時の! 今日はどうしてここにいるんすか? 門の方は大丈夫っす?』
『私は元傭兵でね。たまに顔を出すこともあるんだ』
ヴォルフがすぐに話しかける。良く俺の意図を汲み取ってくれた! その間に距離を取ってルプスちゃんの手を取りながらヴォルフの後ろに回り込む。……行動がクソダサい!?
……ま、まぁ良い。それにしても、エフィーやハズクは隠れるように告げていて正解だったな。街中では二度と会うことも無いと油断してエフィーと歩いていたら、彼女が不法入国者となっていた可能性もある。
『ふむ。君たちは今から傭兵となるのかい?』
『そうっすね』
『へぇ……君たちって案外強いの? 3人だけでパキステラ砂漠を超えるなんて無茶をしてるぐらいだし』
『まぁ、ほどほどには戦えるっすよ?』
ヴォルフに次々と質問をしていく狐人族の門番。その視線がスっと細められ、よく見るキツネ目となっていた。
不自然な実力を疑っているのか? それとも普通に有望な新人として勧誘するつもり……?
いずれにしろ、今はまだ決定的な確証を得られる根拠が存在しない。ヴォルフ1人じゃ捌ききれないかも…… なんてな。ヴォルフに箱入り娘扱いされた俺が言えた義理じゃないか。
「……(クイクイ)」
俺は無言でヴォルフの袖を掴み引き寄せる。耳が聞こえない設定の俺にとって普通の行動だ。
『あ、悪いっすね。ちょっと用事があるのでここいらで失礼するっす』
『失礼します』
「失礼いたしました……」
ヴォルフが切りあげ、ルプスちゃんがそれに続く。その流れを見てから俺は同じように頭を下げてその場を後にした。これで視覚を頼りにしているように見せられただろうか?
『結局傭兵としての仕事も情報もゲット出来なかったっすね』
「情報は人がいない時間帯だったし仕方ないよ。でも仕事も受けられなかったのは痛いな。今から戻ってみるか?」
『鉢合わせしたら、さらに面倒くさいことになります。今日は諦めましょう』
ヴォルフのボヤキを聞いてそんか提案をしたが、ルプスちゃんからお止めの声が掛かったので却下される。
「ん? ……はぁ、またかよ」
「主、モテモテなのじゃ」
『どうしたんすかソラの姉貴?』
今度は俺のボヤキにヴォルフが反応した。エフィーもコソッと呟いた言葉が聞こえる。
「敵。この道を右に行ったところで待ち伏せよっか」
背後から近づいてくる気配。複数人……5人か、昨日宿を取った時には宿の中で襲ってきた奴らもいたな。後ろの5人は明らかに前のやつらよりも強く感じる。手段も選んでこないだろう。
「……」
『……』
そのまま道を右に曲がる。覚えの新しい四肢が欠損した少女などの下級層の身分の人達が主に使う道だ。今の俺たちが入るのは多少不自然だろう。
だが覚えている範囲では人目につかないのはここしか無かった。さすがに宿まで付けられては面倒くさいからな。無駄かもしれないけど。
「っ!」
角を曲がった瞬間に投げナイフがルプスちゃん目掛けて飛んできた。俺は勢いを殺して遠くに弾く。漆黒色のナイフの先端には変なペースト状の何かが付着していた。毒だろうか?
「ヴォルフ、頼んだ。【縮地】」
『はいっす』
飛ばしてきた方向に向かってものすごい速度で向かう。2階の窓の隙間から的確にルプスちゃんを狙っていた男が見えた。窓を開けようと考えるが、内側に毒の塗られた針がある可能性も考えて俺は壊すように入り込む。
入ってすぐ鉄の棒が俺を串刺しにしようとしてくるが、全てを避けて逃げようとしていた男を気絶させて捕まえる。そのまま急いでヴォルフ達の元へと戻った。
『っ……ソラの姉貴!』
ルプスちゃんを守るよう前に立って立ち塞がっていたヴォルフが声を上げる。そのヴォルフの前には5人の屈強そうな男たちが武器を構えて立っていた。
『おいおい、あいつやられてるじゃねぇか』
『近づかれたら弱いしな。だが気は抜くなよ?』
俺が掴んでいた気絶した男を見た彼らが口々に話し出す。人を殺そうとしておいて、仲間がやられたのに緊張感のない奴らだ。
「お前ら、何が目的だ?」
『あぁ? そりゃ黒狼族のガキ2人がいたらそりゃ攫うに決まってるよなぁ?』
「そうか。潰す」
コイツらはこの異世界でも守りたいと思える希少な人達だ。それを害そうとする奴らは視界から消し去らないと……奴隷と言う存在は否定しないし、した所で何も変わらない。だがコイツらがそれと関わっても良いはずがないからな。
『やっぱりか』
牙狼月剣を構えた俺が飛びかかった時、そんな声が耳に届くと同時に牙狼月剣が受け止められる。力を入れてないとは言え、まさか止められるとは思ってなかった。
『やっぱり、耳無くても聞こえてるじゃん』
「っ……だと思ってたよ、門番さん」
現れたのは少し前に出会った門番の狐人族だった。彼と出会って初日に男たちに宿内で襲われた。そして今も別れてすぐに襲われたんだ。気づかない方がどうかしてる。
「国を守る門番がする事とは思えないな」
『おいおい、こちとら薄給なんだ。小遣い稼ぎぐらいでそう目くじら立てるなよ』
「んで、目的は黒狼族の2人と私ってことで良いのか?」
『あぁ、そして奴隷商人にでも闇ルートで流すさ。黒狼族は高値で売れるし、耳がないのに言葉が分かるあんたの方も色々調べてから同じ目に合わせる、安心しな』
こちらを商品のように値踏みしながら眺めてくる狐人族と会話をする。潜んでいる敵は……意外だ、居ないな。前にいる狐人族と5人だけってことになる。
「宿の店主は脅しでもしたのか?」
『国のために動いていると言えば大抵の事はなんでも出来るからね。間違いだったと訂正しておけば何も問題は無いさ』
俺はその言葉を聞いて1人で納得する。宿の中にあんな大人数の男が押し寄せて、何事もなく部屋まで通されるなんてありえないからな。そんな背景があったのか……。
『国のため……あんたもしかして、暗部の人間っすか?』
『へぇ、ちょっと詳しいな君。その通りだよ。ウルガルスの町の裏で悪を滅するのが役割さ。ちょーっとたまに高級品をくすねたりするけど、それぐらいはお目こぼしして欲しいな……さて、お話はこれぐらいにしようか、それじゃあそろそろ……掛かれっ!』
ヴォルフからの問いかけに目を輝かせて狐人族がペラペラと喋っていく。あぁ、5人以外にも他の所から機会を伺っている仲間がいつの間にかいるな。さっきまでの話し合いは時間稼ぎか。
俺は牙狼月剣を構えて敵を迎え撃とうとした。だがその手は寸前のところで止まる。何故か? 俺が攻撃するよりも早く彼らを攻撃した人物達が居たからだ。
『ば、馬鹿な!?』
一瞬でその場にいた戦力5人を無力化された狐人族が思わず声を荒らげる。彼には攻撃した人物が見えなかったようだ。まぁ、俺もギリギリ見えた程度だったし仕方がないか。
『一体何が……うぐっ!?』
そのまま狐人族の彼もまた、何が起こったかも分からず倒れてしまった。いや、全員が死んだと言った方が正しいか。俺は急に現れ狐人族達を殺し、自分たちを助けてくれた人の方へと目を向ける。
『ほう? やはり見えているのですか』
狐人族を殺した外套を羽織った男がそう呟く。やはり体格からしてそうだと思っていたが、この人は老人だ。なのに実力はサリオンさんと同じ程度もある。探索者で言えばS級だな。
それよりも、先程から気を伺っている存在は倒されていない。今目の前にいるほどの老人が隠れている存在に気づかないわけはない。
つまり今隠れている存在はこの老人の手先だったって事か。依然として隠れているのは……理由が全然わからん。
『私は貴方達に危害を加えるつもりはありません。むしろ逆です。私は貴方達を助けに来たんですよ……』
そう言って老人はフードを頭から下ろした。漆黒の毛並みに金色の瞳がハッキリと見えた。
『嘘……っす。なんで、ここが……!』
『ソラお兄様……!』
『さぁ帰りましょうか。ヴォルフ様、ルプス様』
ヴォルフとルプスちゃんが動揺を見えた。俺の事を『お姉様』ではなく『お兄様』と呼ぶほどだ。そしてその老人は手を差し出し、俺の前で後ろにいる2人にそう告げた。
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