第230話~義耳と義尻尾~

「……一人暮らしみたい」



 ヴォルフが最初に選んだ宿の部屋を見た俺はそう呟く。一つだけのベッド、6畳程度の部屋。レンガで囲まれ人1人がギリギリ通れそうな窓と木で出来た扉。節約のために4人で1部屋を取った俺たちだが、失敗したかも。



『ひとまずの拠点は得られたっす』


『水は持ってきてくれるそうね、助かるわ』



 汚れているので門前払いされると思ったが、砂漠の中を旅してくる人も多いからだろうか、普通に対応された。



『ルプスの体は俺が拭くっすね』


『え、嫌よ……エフィーさん、お願いできないかしら?』


「ふっ、まさか我を働かせようとはの。舐められたものじゃ」


「当然やるよなエフィー?」


「誠心誠意やらせて頂くのじゃ」



 ルプスの体はエフィーが拭くことになった。性別的にそうするのが良いだろう。ただエフィーに任せるのはちょっと怖いが……仕方ない。


 あとヴォルフがルプスの体を拭くことを断られて落ち込んでいるので慰めておこう。俺もあんな言い方されたら傷つくし。……水葉も目覚めたらあぁなってるんだろうか?


 そして10数分でエフィーとルプスちゃんが出てくる。エフィーの方も特に汚れていないが、日本では毎日風呂に入っていたことを考えると一緒に洗ったのだろう。


 だがルプスちゃんの血の跡は綺麗さっぱり取れているとは言い難い。血は落とすのが大変だから仕方ないか。



「おぉ……!」



 続けて俺とヴォルフも桶いっぱいの水とタオルでゴシゴシと体を拭う。現代日本でこれをお風呂替わりにすれば間違いなく臭いと噂されるが今の俺にはこれでも十分だ。


 昼から風呂扱いするとちょっと違和感があるな。汗を流すシャワーのような感覚が近い。


 俺は汚れが落ちて嬉しくなり緩んだ口元を抑えつつ汗や汚れを拭き取っていく。ヴォルフは毛が多いのか俺よりも苦労していた。

 

 あまりじっと見るのは失礼なのでちゃんとは見ていない。だが洗い終わった後は変な匂いもしなくなっていた。問題は……。



「……服だな」



 ハッキリ言って綺麗にした体でこのプ~ンと効果音の着きそうな服は着たくない。だが背に腹は変えられんので着た。



「まずあれを買いに行こう」


『義耳と義尻尾っすね!』



 その後、義耳と義尻尾を手に入れる。だが難航したのは交渉……つまりは値切りだ。相場なんて分からないし、なにより基本は割引価格か定価のどちらか、しかもお店が決めた値段でしか物を買わない俺には新鮮だった。



『ソラの兄貴……じゃなくて姉貴って交渉事ヘタクソっすね』


『そ、それに常識というか感覚というか、そういうのが私たちとは違うし』



 ヴォルフとルプスの2人からダメ出しを食らってしまう。先ほどはまず定価で買おうとして止められ、端数切り捨てを提案してまた止められ、呆れた目を向けられ俺は戦力外通告をされたのた。



「主にはせめて海外旅行ぐらい経験させておけば良かったのじゃ」



 確かにその通りだ。海外から見たら日本の治安の良さこそまさに異世界だと表現するに相応しいとも言えるレベル。現在は友好国のアメリカも日本の文化などをガラパゴスと評する人もいるらしいし。……だがそれをエフィーに指摘されるのは納得いかない!


 心の中でそう思いつつも、俺たちは宿に戻った。何故か? 1度義耳と義尻尾を付けるためだ。他に人の目がある場所だと耳の付け根を見られるからな。



「主、早く付けたもう」


「ぐぬぬぅ……」



 という訳で付けない訳にはいかなくなり、俺は義耳と義尻尾を装着する。獣人用なので装着方法は髪の毛、腰とお尻の中間辺りの毛を使い、義耳と尻尾の根元に空けられた穴を通して結びつける形となっていた。


 髪の毛は程よくあるから義耳の方は問題ない。尻尾の方は腰に紐を巻き付けて結び、余った部分と義尻尾を更に結びつける。


 馬鹿みたいに激しい動きでもしないと取れないと思う。外に出て一通り動いてみても問題は無かった。



「最後に服っす!」



 そう言って俺たちは再び外に出て服を買いに行こうとする。今日は買い物だけで一日が終わりそうだ。元々この街に着いたのも昼過ぎだったしこんなもんか。



 さて、その前に今から俺たちの格好を客観的に見てみよう。まず目の見えない黒狼族の少女とそれを補助して付き従う黒狼族の少年、フードを被った女の獣人の変装をした俺の3人組。うん、怪しさ満点だな。だからだろう……。



『「釣れたな(っす)」』



 恐らくウルガルスの街に入る前の門前で黒狼族だとバレている。街ではずっとフードを被っていたとはいえ、衛兵に確認させるときにヴォルフ達はフードを取った。なら他の悪意ある人にも見られたのは当然。


 しかも1人は目が見えず、俺も女獣人と思われているときた。この世界でそんな極上の獲物を低リスクで得られる。襲うことを躊躇する理由がない。


 大方俺たちを売っぱらおうと考えたチンピラか? 豚人族と同じような奴隷商人でもいたのか? それとも宿の人物が俺たちを売ったか? 可能性は沢山ある……。



『ソラの姉貴、頼むっす。ルプスはこっちっすよ』


『えぇ、頑張ってね、ソラお姉様』



 ギシッと床の軋む音を立てて俺たちの方へと数人か近づいてくる。そして俺たちの部屋の前の扉で止まった。次の瞬間に部屋に飛び込んできたのは熊の獣人だった。



『ひゃっはぁぁぁぶばばっ!?!?』


「1人目」



 とりあえず熊の獣人を殴って後続にいた数人に押し付ける。そこに追加で蹴りを入れた。壁に勢いよく叩きつけられる。


 狭い空間だ。人数を揃えたところで戦えるのは2人同時が限度。俺はそのまま全員を制圧する。



「さて、身ぐるみ剥ぐか。小銭にはなるだろ」


『服もサイズ合いそうな服あったら貰っておこうっす』



 俺とヴォルフは慣れた手つきで彼らを素っ裸に剥いて所持品などを奪っていく。ルプスちゃんにはエフィーを付けてあって、彼女自身は目が見えない。エフィーはルプスちゃんに手で目を覆われているので見えないから大丈夫だ。



「主がどんどん悪に染まっていくのじゃ~」


「そう言うルールなんだ。仕方ないさ」



 エフィーがまるでグレた子供を見たみたいに嘆くが、この世界と日本では価値観が違いすぎる。こうしなければ皆の命を守れない。だから……諦めて順応しないとな。



「窓から捨ててくるわ」



 素っ裸の男たちを担ぎ外に放り出しておく。幸い一通りの多い所では無いので誰かに見られることは無いはずだ。



『にしてもソラの姉貴は鬼畜っすね』


「こんな時ぐらいはせめて兄貴って呼んで欲しいが」


『でも、いざと言う時にソラお兄様と呼ぶかもしれないから』



 さっきからずっと女性扱いされているが、未だに慣れる様子はない。慣れたくもないが……。



『さぁ、他に襲ってくる敵もいなさそうっすから、改めて服を買いに行きましょうっす』



という訳で俺達は改めて服を買いに行くことになった。

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