第229話~空、女になる~
『顔を出して人数分の通行税を出してください』
ウルガルスの街の門前で、愛想の良さげな槍を持ち武装した狐の獣人にそう告げれれる。彼は街の門番みたいなもんだな。他にも何人かの獣人が対応をしている。
『なっ……』
ヴォルフとルプスは普通に姿を見せた。門番はギョッとしていたが、やはり黒狼族は相当珍しいらしい。いや、ルプスの目が見えない事も大きく影響しているだろうな。
今は俺が傷を負った時の為に用意しておいた1番綺麗な布を巻いている。なのでルプスの目の部分が他の人の目に触れることはない。あったら今頃門前は悲鳴が響き渡っている頃だっただろう。
そして門番の視線は次に俺に向けられる。奴隷商人の積荷にあったフードを羽織っていた俺は、頭だけは隠すように顔を見せた。人間の耳はフードを持つ手で隠している。
『おいお嬢ちゃん、あんた耳はどうした?』
「……?」
『すみませんっす。うちの姉貴は耳をモンスターにやられて聞こえないんすよ』
門番の疑問に俺は言葉が聞こえないふりをして、代わりにヴォルフに受け答えを任せる。すると門番はあっさり疑いの目から同情的な視線へと変化させた。
「……あ、通貨、どうぞ」
『うむ、しかと受けとった』
これも奴隷商人から奪った積荷の中にあった通貨を取り出して、3人分の通行料を狐の獣人に渡す。
ちなみに、3人分とは俺、ヴォルフ、ルプスのことだ。エフィーとハズクはそれぞれ隠れてもらっている。節約しないとな。
『ようこそウルガルスの街へ。黒狼族の2人とお嬢ちゃんに、良い縁があらんことを』
こうして俺……いや、女となった私はウルガルスの街に着くこととなった。どうして俺が女になっているのか、その理由は数時間前に遡る。
***
「あー、早くウルガルスの街に着きたいな。風呂……は無理でも水浴びで砂や汗を流したい」
『そうっすね。……そう言えば、お2人はなんの種族なんすか? 猿人族かとも思ったんですが、違うような気がして』
ヴォルフがそんな問いかけをしてきた。え、待って種族? ……考えてなかった。異世界で人間が居ないことはほぼ分かっていたのに!
「ヴォルフよ、悪いが我らの正体については秘密なのじゃ」
『ソラお兄様の秘密、暴くのだめよ』
『……でも、俺たちもそうですけどお2人は見たこともない種族なのでより目立つと思いますっす』
エフィーが誤魔化してくれた。やはり人間は居ないらしい。ヴォルフの言い方だと猿人族も見たことはなさそうだな。
それとルプスちゃんが俺たちの味方というか、味方になってくれているのは非常に嬉しく思う。だってそれだけ俺たちの事を想ってくれているってことなんだから。
『やっぱ街で義耳を買った方が良いっすね』
「え? ……あ、あぁ」
ふとヴォルフがそんな事を言い出した。義耳……なるほど、俺を獣人に仕立て上げるために必要な道具だな。この時代に義耳があるのか……怪我をした獣人用にあるんだろう。
『あとソラの兄貴は男っすよね?』
「あぁ。……え?」
と思っていたら今度は性別を尋ねられた。なんなんだ一体? 見たらわかるだろうに……。
『なら義耳と義尻尾だけで良さそうっす』
「待て待て、何の話だ?」
今、ヴォルフが呟いた義耳と義尻尾が獣人に変装するために必要な物なのは理解している。だが先程の性別と繋がらない……いや、繋げたくないの方が正解かな。
「おぉ! ヴォルフよそれは名案なのじゃ! 主よ、長年の夢がついに叶うのじゃ!」
「エフィーどしたの?」
ヴォルフの考えを汲み取って理解したエフィーがテンションを上げて賛成する。長年の夢? 一体なんの事だ? ……くそ、S級迷宮の時と同じ、また俺の嫌な予感が当たりそうだ。
『つまりですねソラの兄貴……女装してください』
「……は?」
当たってしまった……。
「いや無理だし!」
『ですがそうしないと怪しまれてしまうっす!』
とっさに拒否するも、ヴォルフに正論を突きつけられてしまう。獣人は男性なら毛むくじゃらでケモ要素が過分に含まれるが、女性なら耳と尻尾だけでケモ要素は少なめらしい。
そして俺の姿を見てみる。獣人の男性と女性、姿がどちらに近いかと言われれば女性に傾く。でも俺はどっちみち変装するなら同性の方が良い!
そんな反論はヴォルフのコスト面と言う事情で封殺された。体全身を毛で覆うのは難しいから当然だ。しかし俺の心が女装することを拒んでいる。
「主なら大丈夫じゃ! 5年ほど前にやっておったじゃろうに!」
「あれは女装じゃなくて着せ替え人形になってただけだ! 今の俺は完全に男! 嫌なもんは嫌だし無理なもんは無理だ!」
エフィーは俺が一香さんと一緒にいた時に遊ばれていた事例を元に問題がないことを告げてくるが、その時はまだ中学生でまだ声変わりもしてない時だ。
今の俺は身長も伸びて175ぐらいまで伸び、顔も大人の男性へと近づいているし、声も野太くなっている……少なくとも声変わりが起こる前よりは。という訳で今更大人の男性となった俺が女装は無理があるだろう。
「主なら大丈夫なのじゃ! 貴重なおとこの
「男の子の漢字が違う気がするんだけど!?」
「主は童顔じゃし全然いけるのじゃ! むしろ今やらないでいつやるのじゃ!」
「いつかもクソもあるか! 一生やらねぇよ!」
そんな不毛な押し問答を繰り返した俺たちだったが、数刻の話し合いの末、俺は口論に負けた。こうして俺は私となったのだ。
***
いや門番の衛兵も俺の声で気づけよ!? いや気づかないで欲しかったけど……俺は男だぞ!? いくら女性の獣人との差異を見せなかったからと言って、顔見て声聞いて気づかないっておかしいだろ!
「ほれ見ろ主! 我の言った通りじゃろう? んんー?」
「納得いかねぇ……!」
ただ自前の耳とケモ耳の付け根を見せないだけの簡素な変装。それをいくら獣人女性と同じで毛が生えてないという先入観があったとはいえスルーされたのはキツい……。
俺は先程からドヤ顔でウザイノリだったエフィーの頬をムニムニと引っ張りながら、小さく怒りを込めて呟く。
現在、俺達は表通りから少しだけ離れた場所に集まっていた。周りの目や耳は気にならないが、危険な輩が潜んでいるほどではない微妙な所で重宝している。
『まずはソラの姉貴の変装用具を買いに行きましょうっす』
『待てヴォルフ、ルプスの眼を見てもらった方が良いだろ』
『いいえ、ソラお姉様の服の方が重要です。兄様もたまにはいい事を言うわね』
ヴォルフとルプスちゃんからの呼び方も兄貴ではなく姉貴に、お兄様からお姉様に変えてある。ルプスちゃんの口調もだんだん砕けたものになってきているな。
「いやダメだろ。傷はすぐに治すべきだ。そうだろヴォルフ?」
『いいえソラお姉様の方が重要です』
『ルプスの意志を尊重するっす』
あ、コイツ駄目なシスコンだ。優しくするのとワガママを聞くのは違う。
「主、ルプスの目から出血は止まっておる。無理やりその部分を焼かれたからじゃろう。今すぐ死ぬ可能性は無いのじゃ」
「……いやでも」
「今からどんなに急いだ所で視力は元に戻らん。それに身なりを整えねば病院には入れぬぞ」
あぁ……そういう世界観、価値観か。貧民達には医療の力を受けることもできないってことね。砂漠も獣人も写真や漫画とかで見たことはある。でもそう言った自分とは相容れない認識だけは心にくるものがあるな。
「分かった……」
俺は理由をつけられ、そして簡単に折れた。……この日本とは違う雰囲気に徐々に染まっていき、日本にいた頃の自分とは違う存在になっているような感覚は慣れなかったが。
「と言うかその前に宿を取って体を綺麗にしたいのじゃが?」
『『『「賛成(っす)(なの)」』』』
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