SS~ある日の黒歴史of一香~
僕と一香さんと同居してからしばらく経ったある日のことだ。
「そ、空……はぁ、はぁ……私もう、我慢できねぇよ!」
「い、一香さん? 落ち着いて考え直そう。自分が何を言ってるのか分かってる?」
「あぁ……でも、私は私を抑えきれない! だから頼む、やらせてくれ……空でお人形さんごっこを!」
まぁた一香さんが馬鹿なことを言い出した。曰く、僕に女装をさせたいそうだ。さらに理由を尋ねると、僕という最上級の素材を有効活用したいことを述べられた。女装させないのは世界への損失だと、嫌という程力説された。
「なるほどね。嫌だ」
「頼むよ空! まだ骨格も男性ほど成長してない。声変わりも来てない。ニキビも無いし髭も濃くなければ産毛しか生えてない! その童顔にあどけない瞳と長いまつ毛! 私やそこらの女より女性を謳歌できるんだ! ほら、魅了的だろっ? な? お願いだよ空、一生のお願いだからさぁ! 何でもするからさぁ!」
一香さんとそこらの女性を同格に扱うのは無理があるな。ん? 今なんでもするってゲフンゲフン。
「一香さんの一生って何回あるの? 昨日もハンバーグ作れって泣きついてなかった?」
「私は何度でも蘇るのさ! はっはっは!」
「じゃあもう言うこと聞かない」
「それはやめてくれ。……もういっそ無理やり襲うか?」
「それやったら通報するからね?」
その日は僕の通報する発言で引き下がった一香さんだった。
「で、これは何?」
次の日、僕の部屋のタンスの中に詰められていたのは一香さんの衣服だった。僕のはどこにいったの?
「女装に慣れるため、まずは見慣れている私の服を着て慣らしていこうかと」
「やらないって何回言わせんの、この鳥頭は?」
パジャマ姿の僕はアホ理論を堂々を告げてくる一香さんに頭を抱える。この人このままじゃそのうち制服とか体操服とか水着とか、学校で使う物も女子用に変えてくるかもしれない。
「はぁ……もう1着だけ着るからさ。それで諦めて」
「うひょぉぉおおおぉ!?!??? っしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!??!??!!!」
そんな恐怖が頭をよぎる。だからだろうか、僕は気が狂ったと思われる愚かな選択をしたのだ。という訳で買い物に出かける。
女性の買い物は長いと知っているので1時間と期間を予め決めておく。一香さんは血眼になって女物の服を買い漁った。未だかつてここまでの気迫を感じたことはないかもきれない。
「ふぅ、ふぅ……これで頼む」
「うわっ……マジか」
帰宅して早々に購入した商品を一香さんから渡された僕は、そんな声を出しながら渋々と着替え、ウィッグを付ける。
「……はい、これでどう?」
「うひょわぁぁぁぁぁっ!!?!?!?」
着替えた僕が問いかけると一香さんは音割れレベルの奇声を上げる。
「まず顔! その不機嫌そうな仏頂面は予め想定しておいたからあざと可愛い系では無くクール系に方向性を決めたのは英断だったな。くぅぅぅぅぅっ! 私の、私の見立ては間違いなかった!」
「上に着る服! おへその見える無地の黒シャツと体格を隠せるように前を閉じない白いガウン! 普段のトレーニングで引き締まった、でもめちゃくちゃ割れてるわけじゃない腹筋が見える所がおとこの娘だと分からされて私のフェチをくすぐる。肩幅や骨格までは隠せないから肩出しはNGなのが辛い所! その代わり空はおとこの娘だから控えめな胸のお陰で服のバリエーションはやはり豊富。その分かなり迷ったがシンプルイズベスト! やはり正解だったぜ!」
「下は薄水色のデニムのショートパンツ! お尻と太ももの付け根と半分だけといった最小限の部分しか隠してないことにより生まれるエロス! 大きめのサイズにしたことで下着がチラ見えするかもというチラリズムをふんだんに盛り込んだ。それと女の子にしてはムキッとした脚を細く見せるように履いた黒いスパッツ! タイツではなく肌色が若干見えている所も健康的で良い! 素足で若干生えているすね毛を隠すためが1番の目的だったが完璧な采配だ、さすがは私!!」
「そのウィッグもアイロンで整えて別の髪型もするぞ! 服装は変えんから1着だけってルールにも抵触しない! よな!?」
そう言って髪を弄られまくった僕を、一香さんはスマホを取り出して様々な角度からパシャパシャと保存し始めた。「良いよ良いよ」とか言いながらの素早い動きはプロのカメラマンを彷彿とさせる。
「その写真、人に見せたら絶縁だからね?」
「おう、任せな」
飽きっぽく怠惰な生活を送るズボラな性格の一香さんだったが、この約束を破るようなことは生涯なかった。数少ない一香さんの美徳だと俺は今でも思う。
…… 無理やり女装された男の写真を他人に見せないのは当たり前では? 俺は改めて考えその結論に至った。
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