第225話~奴隷~

『はは、おい見ろよ! またカモがネギしょってきたぞ!』


「エフィー、怨むぞ」


「も、申し訳ないのじゃ主……」



 豚人族が嘲笑い、見下した目で俺たちを見てくる。俺は溜息をついてやらかしたエフィーにジト目を向けると、彼女は顔を伏せた。何故こうなったのか……それは少し時間が遡る。



***



『ソラ、そろそろ夜が明けるから気をつけるの。ハズクは少し休憩するの』


「おう」



 真っ暗闇の中、荷車の集団を後ろから尾ける俺たちだったが、ハズクが力尽きるそうだ。昼間は砂嵐や砂埃が酷いからハズクが臭いや音を消さなくても問題ない。


 エフィーの索敵で相手から見えない離れた場所から尾ければ良いだけだ。ハズクは鞄のポケットに入り込み、スヤスヤと寝息を立て始めた。お休みなさい。



「ふっ、ここからは我の出番じゃな!」



 そう言って胸ポケットから出てきたエフィーと共に歩みを進める。なんでコイツ、胸ポケットから出てきたんだ?



「手繋ぐ必要ある?」


「我のモチベーションが上がるのじゃ」


「そうか……」



 2つの悩みはすぐに解決した。せめてもと思い服で手を拭く。これでもまだ絶対に日本の日常生活を行っていた頃に比べれば汚いはずだが……笑顔で繋いでくれているので何も言うまい。



「む? あ、主よ、少し離れるのじゃ……」



 エフィーはそう言ってすぐに手を離し、何やら集中しだした。俺はその間、辺りを警戒する。……なんだ、何かが来るのか? エフィーがここまで集中しているなんて信じられないぞ!?



「……す、すまぬ主。見失ったのじゃ」



 スパァァァンッ! と激しい音を出したチョップがエフィーのおでこに放たれる。



「ぐにゅぁぁぁ! ひ、額が割れたのじゃぁぁぁ!」


「そんな事より見失ったってどういう事だよ!?」



 そんな……水と、食糧と、お風呂がぁぁぁ!? あ、あぁ、あぁぁぁ、くぁwせdrftgyふじこlp!?!?!?



「うぐっ……ここ、異世界に来る前にちょっと力を使っての。予想以上に消耗しておったのじゃ」


「そんな理由かぁ! ……ん、ここに来るまで? ってことは……はぁ、そうか、悪かったなエフィー、チョップなんかして」



 エフィーは恐らく貯めていた力を使って俺の元に来てくれたのだろう。確かコイツは翔馬の元に居たはずだ。なのに今、目の前にいる。……急いで飛んできてくれたんだよな。



「見失ったものはしゃあない。切り替えていこう」


「その通りじゃ!」


「ちょっとは反省しやがれ!」



 赤い跡が残るほど強烈なデコピンがエフィーに炸裂する。こんな馬鹿なやり取りをしていたせいだろうか? それとも気が緩んでいたかるだろうか。



『話し声が聞こえた気がしたが……こりゃあ両方とも上玉だぞっ!』



 豚人族を含むサンドリザードの荷車の接近に気づかなかった。……やはり精神的にも疲れているのだろう。俺は溜息をつく。



「……すみません、1番近くのオアシスまで案内は頼めます?」


『ははは! 頭おかしいんじゃねぇの!? 良いか、状況を理解しろよ? お前たちは俺たちに捕まって奴隷として売り払われるんだよ』



 やはり言葉は通じても良心までは無かったらしい。豚人族は俺たちにギョロりとした視線を送る。人に向ける目ではなかった。


 さて、俺とエフィーはこの人達に見つかった時のために予めある程度の接し方を考えていた。まず友好的な場合、街か人の集まるキャンプやオアシスまで送って貰う。


 次に臨戦態勢の時、相手を無力化しつつ俺たちの無害性をアピールする。そして最後に、問答無用で俺たちを酷く害そうとする者たちの場合……命までは取らないが、応戦するように決めていた。


 奴隷……その言葉が1番最後の選択肢を取らせたことを相手は気づかない。強さを見せつけて言うことを聞かせるなんて事はしない。そんなことをする奴とは話すのも嫌だと俺が思ったからだ。


 それにここは異世界。しかも獣人。つまりエフィーや俺たちの敵にあたる。手加減する必要なんてない。まぁ、友好的だったら考え直したけど……。



『野郎ども、こいつらを捕らえろ!』



 豚人族が俺たちをカモだと見下し、害そうと行動を命令する。それと同時に先程まで周りのバイソン達に乗っていた豚人族の手下が俺とエフィーに向かって、武器を手に、常人では考えられない強さで接近してくる。



「エフィー、下がれ」


『くらえぇ!』



 俺はエフィーにハズクの入った鞄を預けて戦闘態勢を取る。敵は大体……C級上位ぐらいの速度に感じられた。牙狼月剣を抜くまでもない。俺はひと足早く向かってくる1人の豚人族の武器を殴りつける。


 バギィ、そんな音がして豚人族の剣は粉々に破壊された。その威力は留まることなく、武器の先にあった顔まで拳は届く。猛烈な勢いで豚人族の手下は吹き飛んだ。



『は?』



 呆然とする彼らを相手に俺は一方的な虐殺(殺してない)を実行した。会話もできる人に対してここまで非道な行為を行えたのは、俺も余裕がなかったからだと思う。普段なら力を見せて追い払ったはずだし。



「ふぅ……」



 ジトリと嫌な汗を拭いながら、武器は全て破壊されまともに動くこともできずに気絶した豚人族の集団が砂漠に伏していた。


 サンドリザードは扱う豚人族達が全員気絶したことで統制を失い、散り散りに砂漠の向こうへと走り去ってしまった。残っているのはリーダーのサンドリザード一体のみ。



『ま、待て! お前たちは何が目的なんだ? と、とにかく悪かった!』



 先程まで余裕そうに指示を出していた豚人族のリーダーが近づく俺たちを手で制しながら問いかけてくる。目的……1番の目的はゲートを見つけて向こうに帰ること。


 次に衣食住などだ。彼らがそれを持っていることは分かっている。命を狙われたんだ。それらを頂くことは確定しているが……何よりも、人が住む場所の行きたい願いがある。


 そこにいけば情報の幅は何よりも広がるし、定期的な衣食住は確保されるだろう。強盗のようで悪いがこいつらから金品を巻き上げることも考えているし。



「情報と水や食料を貰いたい」


『へ? ……奴隷ではなく?』


「……奴隷がいるのか?」


『そ、そりゃあもちろんですよ! うちは奴隷商人の中でも中堅クラスですからね。今も上物を運んでます。み、見てみますか? 格安でお譲りすることも可能ですよ?』



 俺たちの命を狙う非道な命令が失敗した時の要求があまりに予想外だったからだろう。豚人族の奴隷商人は呆けた表情を見せる。俺は気にせずさらに問いかけた。


 すると奴隷商人はサッと身を翻してイキイキと喋り始める。彼は殺されるもしくは同等の扱いを受けると勘違いしていた。


 俺からの質問は自分にとって有利な立場に立てるかもしれない問いかけであると同時に、話題や論点をズラすのに最適な質問に思えたのだろうか。



『ささっ、こちらです』



 自分の部下がやられたことなど一切気にすることなく奴隷商人は俺を荷車の方へ案内する。エフィーとハズクは置き去りだが、すぐに駆けつけられる距離だから危険では無いので問題ない。


 むしろ反旗があるならエフィーを利用してさらに良い条件を求めることも出来るだろう。この奴隷商人とその部下を試す。


 ……あれ? 俺結構危ない思考になってる? エフィーなら安全とは思うけどわざわざそんなリスクとるような真似を。と言うかハズクの奴、こんな状況でも寝てるなんて大物だな……そう考えていると黒い箱の前に案内された。


 ……いや、黒い布切れが被せられていたのか。サッと奴隷商人が布を剥がせば、そこに黒い毛むくじゃらの亜人が詰められていた。

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