第224話~豚人族~

「……やべぇ、ただ一瞬思い出を振り返ってただけのはずが、1年半ぐらいの密度を感じる。不思議だ」


「不思議じゃな。我もじゃ」



 太陽の陽の光も既に登り、50度を超える灼熱の地獄の中、俺は今までの事を思い返していた。目の前には魔法石を欲しがるハズクのために索敵で見つけて倒したワームの死体がある。


 砂漠で遭難してから丸3日が過ぎ、4日目に突入した俺たちの精神は確実に磨り減っている。おかしな行動を時々取らなければまともで居られないらしい。


 それでも戦闘時には多少冷静に戻るのでまだ大丈夫だ。……まだ大丈夫なんて考えてる時点で大丈夫じゃない!?



「それよりハズクの方に戻るか」


「そうじゃな。我もそう思っておったのじゃ」



 先程まで行われていた記憶の追体験のお陰か、ちょっと前までに比べると酷く冷静になっていた。魔法石を採り出し、岩陰の所に戻る。



『おかえりなの。魔法石は採れたの?』


「ほらよ」



 牙狼月剣で半分にした魔法石を渡すと、ハズクは自分の体よりも大きな魔法石をいつの間にかペロリと飲み込んでいた。もう片方もエフィーに渡したが、既に胃袋の中だ。精霊の食事が早すぎる件について。



『ふぅ、とりあえず腹は膨れたの。また陽が落ち始めたら動き出すの』


「その予定だな」



 そういう訳で俺たちは灼熱地獄の砂漠で休憩を果たしつつ、また気温が低くなるのを待った。それから数時間後、夕陽が綺麗になった所で活動を再開する。



「主、大丈夫かの? また我でも愛でて癒されるのじゃ」


「それより風呂入りたい。シャワー浴びたいよぉ……。食料は尽きた。腹も減った……」



 胸ポケットからひょこっと顔を出したエフィーがそう告げてくるが俺はそれに構う気力すらない。てかもうでもまともに洗えてないし俺が愛でるのも汚いでしょ?


 ちなみに俺の胸ポケットだけは特別製なので、砂埃で汚れることも灼熱地獄の猛暑も関係ない。おいそこ代われ。あと精霊自身も食事や排泄もないから汚れることはない……なんだこのチート生物は?



『一番マシな味だったバイソンのモンスターばっか探して選り好みしてるからそうなるの』


「ワームとかイソギンチャクみたいなグロいのを食するのはマジで無理なんだよ! グロだとしても、せめて普段から食べてたエビカニの魚介類系ならまだ……」


「我はハンバーグ食べたいのじゃ」



 それに調理方法も分からんし、毒とかある可能性もある。肉食動物なら比較的少ないそうなイメージだしね。あとハンバーグは無理、絶対に無理。



『ハンバーグはともかく、ソラが言った海産物は砂漠にあるわけないの。……の?』


「どうした? バイソン見つけたか?」


『……複数の存在がいるの。これは……人型もいるの!』



 俺が少しだけ期待を込めた目でハズクの方に顔を向けると、予想以上の情報が手に入ったことが分かった。



「なんじゃと!?」


「どっち方面だ!?」


『真っ直ぐ行くの!』


「【縮地】っ!!!」



 人……! ちゃんとしたら知的生命体と会える! また水や食料をメインとした衣食住なども脳内に浮かんだ。それほどまでに俺は出会いに渇望しており、心踊らせ足を急がせる。


 歩きにくさも疲れもそれを一切感じさせず吹き飛んだ感覚だ。ハズクの言葉に従って進むと目の前には本当にモンスター以外の物が見えてきた。



「……馬車? でも引いてるのはデカいトカゲだな」



 1つの馬車のような乗り物……いや、屋根の付いた荷車が適切だな。その屋根付き荷車を大きなトカゲが引いていた。



「あれはサンドリザードじゃな。砂漠地帯の馬みたいなものじゃ。ラクダの変わりの認識でも良いぞ」


「あれも龍族に入るのか?」


「あんな雑魚は龍と呼称するのもおこがましい、と龍族に聞かれたら言われるのじゃ。ちなみに龍王の眷属はリザードマンなのじゃ」



 爬虫類ってだけじゃ龍族に入らないらしい。まぁ何となく知ってたけど。そのトカゲが引いてる荷車には黒い箱が収められており前に1人、手網を握って指示を出している者がいる。



「なるほど。それより人も10人程度いるな」



 その荷車の周りには俺がマシな味と思っていたバイソンのようなモンスターの上に跨った者達も存在していた。



『でも友好的とは思えないの』



 ハズクが小さく呟く。偏見だが俺もそう思う。と言うかこんな場所で、こんな装備で出歩いてる奴を見て友好的な反応を期待する方がおかしい。


 ちなみに俺たちの姿は向こうから見えていないらしい。彼らは火を使っているので俺達からは見えているが。それよりも重要な事がある。



「あれ……人間じゃないよな?」


「獣人じゃな。奴らは種族ごとに特徴があるが、基本は身体能力が高く鼻や耳が良いのじゃ」



 荷車に乗ったあの1団のボスと思わしき人を見る。うん、豚の顔をした亜人と考えていたが、獣人の方が認識しやすいな。さらに聞くと、豚人族と言うらしい。


 亜人はエルフや獣人など異世界人の事を指している。獣人はそのうちの1種族で、豚人族はさらにそこから細分化したものだ。



「ねぇエフィー、一応聞くけど獣人は敵だよね?」



 俺は眉をひそめて問いかける。獣人は9人の王のうちの1人、獣王の眷属に当たる。ただでさえ悪くなりそうな友好関係は現在進行形で最低を下回っていく。


 やっと知的生命体と出会えたのに、俺の容姿やエフィー達の存在じゃ関われない。どうするべきだ?



「てか、俺たちの足跡や臭い、声でバレてないのおかしくね?」



 日が出ておらず真っ暗なこの場所じゃ遠くまで見渡すことは出来ないかもしれない。だがその分、彼らは周りを警戒するのが当然だ。獣人ならなおさら俺たちがいることもバレそうなのに。



「それならハズクが風魔法を使って色々とやっておいたの。ソラの声も音も、くっさい臭いも全部気づかれないようにしてるの」


「ムカつくがありがとう……」



 さて、なら俺たちが取るべき行動は1つだな。



「着いていこう。後ろからこっそり……」



 彼らに着いていけば街に行けるはずだ。流浪の民には見えないし。幸いハズクの力で夜はバレる可能性はない。昼間は砂埃で視界が悪くなることに期待して、エフィーに見えないギリギリを維持しつつ索敵してもらおう。


 こうして俺は荷車相手にストーカー行為をすることを決めた。

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