SS~琴香~
「空君っっっ!?!?」
空君が精霊魔法を使って本気で北垣さんを殺しにかかっていった。けど、何をすることも出来ずに倒されてしまう。慌てて駆け寄って心臓に耳を当てた。……生きてる。大丈夫です。
「……北垣さん。あなた一体何が目的なんです?」
「篠崎空。そこの青年を王が望みでね。ちょっと試練を与えるんだ」
「王? 試練……?」
私は空君を含むS級探索者5人の生存を確認すると、一向に何もしないでくれた北垣さんに問いかけます。空君はなんの事だが理解しているようでしたが、私にはさっぱりです。
「ふむ、どうやら初芝君は知らされていないようだね。まぁ良い、篠崎君を寄越したまえ」
「お断りします……私が空君を手放すと思いますか?」
「いいや。だからこうして奪わせてもらう」
次の瞬間、空君は私の手元から消えます。視線が一瞬だけ下に向けられ、慌てて前を見ればそこには空君を米俵のように抱えた北垣さんがいました。
「っ! 空君を返してください」
「元々君の物じゃないだろ? それに彼は、元を辿れば我々の物と言うことになる」
「何を言って……?」
訳が分からないです。状況と空君の言葉を整理するなら北垣さんはしと……使徒でしょうか? と呼ばれるモンスターで、強さはEX級以上の化け物。
目的は空君で王? と呼ばれる人から試練を与えるために、北垣さんは命令されてやってきた。……そして、空君の元を辿れば王の物となる。いやきちんと纏めてみても結局訳が分かりませんよ!
「ともかく空君は連れていかせませんよ。今日は無事に帰って2人でイチャつく予定なんですから。その後はクリスマスの予定も一緒に考えたり、新年の過ごし方とかスケジュールも詰めないと」
「なら諦めた方が懸命だね。出来ないし、立てても無駄にな──」
「私が大人しく受け入れるとでも!?」
北垣さんが話している間に私は動く。S級探索者の皆さんは何をされたか分からないうちにやられました。それは空君も同様です。
なら近づくしかありません。幸いにして私は回復系。何かあればすぐに治せます。障壁を張ってくれる魔道具もありますから大丈夫……そんな訳ありませんよ! でもそう思わないとやってられませんから!
北垣さんに向かって走り出す。北垣さん自身はもちろん、なにか罠でも無いかと神経を周囲に張り巡らせますが……何も来ないです?
なら空君達がやられたのは一体何に……? そのまま距離は詰まっていきました。いけます! そう思い構えた武器は空君と同じ短剣です。
私ではあまり重たい獲物は持てませんし、空君に教えて貰えるのでこれを選びました。
迷宮攻略では全然使いませんが小回りも効きますし、最悪投げることもできるのでおすすめです。まぁ、私自身に戦闘技術はお粗末にもあるとは言えませんが。
「──っ?」
次の瞬間、私は地面に伏していました。何が起こったかも分かりませんが、痛みと衝撃は感じます。でも……他の人達みたいに意識を失うほどではありませんね!
「……空、君」
……あれ? 手に力が入りません。待ってください。早く立ちなさい私。意識があるなら気力で立ちなさい。身体を動かして。早くしないと、空君が連れていかれちゃいますよ? だから……動いてください私の身体っ!
「君には証人として見ていて欲しいからね。意識は残してある。……ふっ」
何とか身体を起こそうとしますが僅かに痙攣が起こった程度しか動きません。頭の中が混乱していると、北垣さんが何かを喋っています。そして次の瞬間、私は驚きの光景を目の当たりにしました。
「……ゲー、ト。しかも、特級、迷宮の……」
言葉は発せられました。その言葉の通りです。北垣さんの手のひらの先には、ゲートが出現していました。しかも特級迷宮のゲートであることを知らせる禍々しいオーラも感じられます。
「ここに彼を放り込む。それが試練だ」
「……そん、な」
特級迷宮に放り込む。意識のない空君を……生きて帰ってくる可能性は低いに決まっている。試練だから死なないなんて言うはずがない。止めなければ……だから早く。
「動、いて……なんで、動かないん、ですか?」
「無駄だよ。篠崎空に試練を与えた。君はそう精霊王に伝えてくれ」
北垣さんはゲートの元へ歩みを勧めます。このままじゃ……空君はまた1人になってしまいます。それに、私も……。
「ぁ……待って、下さい。止めて、下さい。……お願いします。お願いします」
やっと、やっと一緒になれたんです。家族はバラバラで、親からはネグレクト。勝手に再婚したかと思えば、その相手からは強姦未遂。
お母さんは私を要らないと言い、精神を壊して入院。私は養護施設で数年を過ごして……それでもやっと、何年もかけて好きな人を手に入れたんです。
好きだと伝えあって、愛し合って……これから空君に幸せにしてもらうって約束したんですよ。……だからこれ以上、何も私から奪わないでくださいよ。
「嫌です……せめて私も、私も一緒に……」
身体の自由が効かない。でも諦めちゃだめです。ゆっくりと手を伸ばしましょう。そうすれば、いつかきっと空君に届いて……。
「……よっ」
「ぁ……っ!」
現実から目を背けた妄想が頭の中に流れます。それでも視界の先では、北垣さんは私の方を見ることも無く空君を特級迷宮のゲートに投げ捨てました。
「あ、あぁ……いやぁ、空君っ。空君! 待って、待って下さい! 私も、一緒に……! あなたの傍に、隣に……動いて! 動いてよ私の身体ぁぁ! あぁぁぁぁ、うわぁぁぁ……」
「あんまり泣くな、琴香よ。せっかく美少女なのに台無しじゃぞ?」
「ぁ……エフィー、ちゃん?」
空君のことで頭がいっぱいだったからでしょうか? ふわりといつの間にか現れていたエフィーちゃんに慰められ、頭を撫でられます。
「後のこと、主のことは我に任せよ。今はその涙を拭くのじゃ。主の恋人の悲しむ姿は我も見たくないのじゃ」
「エフィー、ちゃん……空君の事、任せまし、た……」
「うむ」
私はそのまま急速に訪れた眠気で意識を失いました。
*****
「さて……使徒よ。我の主をどこに送った?」
エフィーが眠る琴香の涙を手で拭った後に問いかける。その瞳からはいつもの無邪気な眼差しは一切感じられなかった。
「私は王の意向に従うまでさ」
「はっ、お主も知らぬか」
使徒の回答を聞き、エフィーは馬鹿にしたように鼻で笑う。
「あぁ。だが試練は篠崎空1人が王のご指名だ。1匹の精霊はついでに入れたが……精霊王、あなたは別だよ」
「ならば我が同伴して良いかを王に問うてみよ。あ奴ならば許可を出すのじゃ」
それを根に持つことはなく淡々と続きを喋る使徒にエフィーはそんな提案をした。
「悪いが精霊王のご都合を合わせるつもりは……え? はい……なるほど、許可が降りたよ。篠崎空、風の上級精霊ハズク、そして精霊王エフィタルシュタイン3名を許可するとの事だ」
1度は首を横に振った使徒だったが、一転して先程の答えを覆す言葉を告げる。
「あ奴ならばそう言うじゃろうな」
「全く私の王は……」
当然だと言わんばかりの顔をするエフィーに、使徒も片手を頭に当てて肩をすくめた。
「あの性格じゃ普通に有り得ることじゃ」
「私の王を侮辱するか? 殺すぞ?」
「王からの指示を無視するつもりかの?」
「……」
「はっ、じゃろうな。……それに、我も怒っておるんじゃぞ? 琴香を悲しませたという事は、主を悲しませたということじゃ」
その言葉が発せられると同時に、エフィーの内から凄まじい魔力が放出される。B級程度の実力なら、その魔力に当てられただけで気を失うほどだ。
「ほう。凄まじい力だ。私に重症を負わせるとこの前告げていたのはハッタリではなかったか」
「……今は主の方が先決じゃな。じゃが……お主の事はいずれ我がぶちのめすのじゃ」
エフィーはビシッと人差し指を使徒に突き出して宣言する。それは脅しではなく予告だと、態度で理解できた。
「やってみろ」
「……待っておれ、主!」
売り言葉に買い言葉を使徒が放つが、エフィーはそれを無視して特級迷宮のゲートをくぐり抜けた。
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本話投稿から少ししたら4章完結記念近況ノートを投稿しますね。5章開始は6月1日を予定しております。
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