5章

第222話~目指せオアシス~

 俺は確か、琴香さんや輝久さん達と共にS級迷宮を攻略した。そしてゲートの前で使徒の北垣さんが現れて、戦おうとして……何が起こったかも分からず負けた。


 今、目の前に広がる惨状はその結果だ。辺り一面、草木が生える場所も見当たらない1面の砂漠。気温は明らかに40度を超えている。


 現状の持ち物は武器の牙狼月剣と、S級迷宮攻略の際に使い余らした残り物。そのポケットに収まる形で眠るハズク。そして……。



「あ、主、怪我はないかの?」


「……エフィー」



 目の前にいるエフィーだけだ。オドオドと俺の方を銀色の瞳で見つめてくる。心配かけた事がすごく伝わってくるな。さて、聞きたいことはたくさんあるしどんどん行こう。



「エフィー。琴香さん達は、無事?」


「わ、分からんが死んではおらんのじゃ。使徒の目的は主じゃからの。恐らく他の人達によって救助されておるじゃろう」


「……それなら良かった」



 使徒の言葉をそのまま受け取れば、俺の存在が彼らを巻き込んだことになる。そのせいで人命が失われるなんてあってはならないことだろう。



「じゃあ次に……ここはどこ?」


「使徒の奴が主を特級迷宮のゲートに放り込んだ結果じゃ。詳しい場所は我にも分からん」


「エルフの里と同じように、ここも異世界って事ね」



 辺りは1面の砂漠だし、エルフの里とは相当離れていることは間違いないだろう。



「なら最後に1つ……俺たちは、還ることはできる?」


「……答えられないのじゃ。契約で喋ることができないという訳ではなく、本当に知らなくての。無知ですまないのじゃ」



 エフィーが気まずそうに頭を下げて謝ってくるが、俺は特に期待していなかったのでガッカリ感はない。いや期待してないって言い方はちょっとマズイかも。


 今までの知識の傾向から、エフィーは箱入り娘で世間知らずなんだと俺は思っている。なんと言うか、精霊王なのに異世界の知識が少ないのだ。部屋の一室で大切に育てられたイメージ。



「……そう。まぁ、世界で出現したゲートは異世界と繋がってた訳だし、逆にこっちでもゲートを見つけたら飛び込んでみるってのもアリじゃない?」



 サリオンさんの言葉を思い返せばゲートは毎回近しい場所に出現するとも取れる発言も聞いたし、エルフの里……今はその跡地かな? に行くことも考えたが、場所が分からないし遠すぎるな。つか根拠も希望的観測だし。



「それが1番妥当な考えじゃな」


「よし、ならひとまずゲートを探しつつ、街を目指そう」



 今の議論だけでも玉になった汗を拭い、俺とエフィーは歩き出した。なお、すぐに暑いのじゃ! 疲れたのじゃ! 騒ぎ出した元なんちゃら王はポケットの中に潜ってしまった。こいつ……!


 ハズクの奴はまだ眠ったままだ。疲れたのだろうか? 自然に目覚めるまで放っておこう。それにしても、本当に暑いぞ。エフィーが文句を言うのも納得できる。


 さっき気温は40度を超えていると言ったけど、50度に達してるんじゃないかな? と思う時もある。


 しばらく歩き続けているとだんだんと疲れてきた。砂で普段よりも足を取られるのもそうだし、景色が一切代わり映えもしないから精神的にもかな。



「……ぷはっ」



 残っていたペットボトルの水を口を付けずに飲む。口をつけると数時間で雑菌が繁殖するからな。あとチマチマと節約しながら飲むという事もしない。


 そりゃあ多少は考慮するけど、水分補給を怠って熱中症で倒れるなんて本末転倒な結末を迎えないためにだ。こういった砂漠にはオアシスがあるって話だけど……見つかりそうにないぞ。


 これでも普通の人に比べたら発現者は何倍も歩く速度は速いし、体力もある方だ。それなのに見つからないって……と思っていたら目の前に水溜まりが見えてきた。



「……オアシス? 休憩できるのか?」



 自然と急ぎ足になる。暑さと疲れから気が緩んでいたのだろう。ここは特級迷宮……異世界だと言うことを俺は忘れていた。



「主っ!」


「っ!?」



 エフィーの声を聞き反射で動く。俺はオアシスの前まで走ってきていたのに、急に後ろに向かってジャンプをしたのだ。


 次の瞬間、オアシスの浅瀬から何かが飛び出してくる。ヌメヌメした茶色の触手だ。俺の方へと伸びてくる。牙狼月剣を振るえば何なく斬れた。



「……だよなっ!」



 すぐにグジュグジュと生々しい音が聞こえたと思いきや、触手は再生をしていた。もうこう言う系統のモンスターには再生なんて付き物だよ。


 本体はこのオアシスの水の中か! そう当たりを付ける。さて、どうする……潜り込んで戦うべきか? でもわざわざ敵の得意な環境に身を置くのは危険だ。


 だが触手を俺が水を飲んでいる最中にのばさなかったことは不可解だ。もしかしたらコイツ近接戦は苦手なのかもな。


 だが特級迷宮である以上、明らかに強さだけなら俺より下のコイツを甘く見ることなんてできない。



「主! 本体はオアシスじゃ! 斬撃を放つのじゃ!」


「分かった!」



 エフィーからのアドバイスに俺は素直に従い斬撃を放つ。オアシスが本体とかどういう事だろうか? そう思っていると、湖の中に斬撃が飛び込む……という事はなく、水面の表面から体液が吹き出した。



「はっ?」


「やはりそうじゃ! このモンスターはオアシスに擬態しておる」


「えぇ? ……オアシスが本体ってそう言う」



 正体は判明した。斬撃による攻撃も通る。別に急ぐ必要は無いしチマチマ削るか? いや、早く休みたいから一瞬で決めよう。



「しゅっ!」



 四方八方から伸びてくる触手を全て斬り裂いていく。頭上や背後に回ってからの攻撃、それに機動力の要となる足を重点的に狙われるが問題ない。



「やあぁぁぁっ!」



 【縮地】や【剛力】を使う必要も無い。ただ届く距離まで近づき牙狼月剣を信頼して一閃する。それだけで先程の斬撃よりも遥かに強力な一撃が叩き込めるのだから。


 ブシュゥゥゥッと激しく鮮血が辺りに撒かれる。色は藍色で、お世辞にも食欲は湧かない色。なんかこのモンスター、イソギンチャクに似てたな。今となっちゃどうでも良いが。それよりも……。



「オアシスが本体って事はまさか……やっぱりかぁぁぁ!」



 そこにはオアシスなど無かった。オアシスに擬態していたモンスターの死骸と、腐ったヘドロのように濁った液体が広がっているだけだ。


 先程俺が見ていたオアシスはモンスターが獲物を引き寄せるために見せていた幻? 幻覚? とかそういった類だろう。砂漠には蜃気楼が発生するとか聞くが、それと似たようなものか……。



「お水がぁぁ……」



 オアシスなら水分補給をしたり、ベタついた肌を洗いたかったのにぃ……。他にもハズクが目覚めるまでそこで居座ることも考えていたのに。



「……って、臭っ! 死体腐るのはや過ぎない!?」



 慌ててその場を離れる。冗談じゃない! 鼻がイカれるよ! この臭いがモンスターの好物で引き寄せられるなんて展開はこりごりだからな!


 普通は臭いでモンスターが近づかないと考えるべきだけど、最後の置き土産だから俺を相打ちにさせようとする事があってもおかしくない。むしろ自然だ。



「怨むからなぁぁぁ!」



 俺はオアシスに擬態していたモンスターに向かって怒りをぶつけながらしばらく走り続けた。



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第5章の始まりです。

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