SS~氷花と最上~
兄貴と空と琴香、それに他の探索者の人達を見送った私は、1人だけトレーニング場で素振りをしていた。何も考えたくない。今はただ無心になりたかった。
「……はぁ」
2時間ぐらい素振りをしていても気分が晴れない。一息つくために椅子に座って小さくため息を吐いた。ペットボトルに手をかけ、勢いよく喉を潤す。
「ぷはっ……はぁ」
またため息が漏れた。すごくモヤモヤする。なんとも言えないが、今は何をしてもあまり気乗りしないだろう。若干だけど肩こりかな? 肉体的にも違和感を感じ始めていた。
……空の様子は明らかにおかしかった。他の人は多分、S級迷宮を攻略するからだろうと判断したと思う。でも私だけは知ってる。……空は、私の告白で色々と悩んだんだと思うなぁ。
結局、ハンカチを借りて涙を拭いてそのまま返して……。最後の最後まで、私は迷惑を掛けてばかり。空に対して好きだと言う感情はある。でも、私は自分が嫌い。
兄貴に対しては暴力的でワガママで、あと自分の都合をよく優先する。兄貴や空はそれを笑って受け入れてくれるけど、時々自分でも自らが起こした行動に嫌気がさして来る時もある。
「よう、隣良いか?」
「……駄目」
「あんがとさん」
「……ふんっ」
そう考えていると珍しく最上のおっさんから話しかけてきた。今は1人になりたい気分だったから断ったけど、無視して普通に座ってくる。うざい……。
「辛気臭ぇ顔してどうしたよ? 兄貴や空の奴がS級攻略すんのに、自分だけ行けなくて悔しいんだろ?」
「……違う」
最上のおっさんはしてやったりとムカつく顔で言ってくるが、本当に違う。
「はっ、図星か?」
「っ……」
でも、それを否定するほどの言葉は出せない。理由が理由だもん。だから反応を見た最上のおっさんはさらに追撃をしてくる。うざい……。
「……俺は悔しいぜ?」
「っ?」
「だってそうだろ? 俺は空とライバルだと思ってた。いや、今も思ってる……かな?」
最上のおっさんは普段じゃ見せない顔をしていた。エルフの里でも1度も見たことない。私は戸惑う。なんで、私にその事を告げるんだろうって……。
「綾辻、お前に共闘して立ち向かった時からだよ。今から考えると特級迷宮も含めて1ヶ月半ぐらいか。あん時はほぼ互角だった」
「……ん、知ってる。私の方が、2人よりも強かった」
「うるせぇ」
最上のおっさんがライバルと思い始めた時のことを話し始めた。とりあえず肯定しておく。特に食い入るように聞くことは無いけど、気晴らしにはなるから。
「でもすぐに力の差は開いた。絶望的な程にな。俺なんてあっという間に追い越して、今じゃ日本でも最高レベルにまでいやがる」
「ん。私も、抜かされた」
「だろ? ……それで、お前はムカつかねぇのかよ?」
「……ムカつく」
再発現なんてズルいよ。私じゃどうやっても勝てないんだもん。私だって空の隣に立ちたい。だって師匠は同じだし。それに……一緒に立ちたい。隣が良い。
「だろ! ……でも、力の差は埋まらない。なら追いつくために強くなるのを諦めるか? 鍛錬は止めるか?」
「止めない。止めるわけ、ない」
「だな。俺もだ。……あいつは今でも俺の事をライバルだと言った。力の差ができても、どう足掻いても俺じゃ空には勝てないのにだ」
「……そう」
当たり前。空は実力差が開いたぐらいで他の人を見下すような真似するはずない。でもライバルだって笑顔で言われると……どうしてもこう、心にくるものがあると思う。だからちょっと間が空いた返事になってしまった。
「つまりだな。勝てないから強くなる努力を辞める、そんな訳ないだろ? なら、恋愛も同じってことだ」
「……?」
「相手に好きなやつが居たぐらいで諦めんのかって聞いてんだよ、俺は」
「え? ……何、言って……」
急に最上のおっさんが言ってる言葉が分からなくなってきた。急に恋愛って言われても……。強くなってしまった知り合いにライバルと言われるのは辛いねって話のはずじゃ……?
「好きなら奪い取れ。まだ婚約した訳でも、結婚した訳でもねぇだろうがよ。たかが自分の好きな相手に他に好きな相手が居たぐらいでお前は……俺がいつか倒したいと思った女は、恋愛じゃすぐに諦めて逃げるような弱い女だったのかよ? えぇ?」
「な、なんで知って……!?」
鈍い私でもようやく理解できた。この人は私が昨日空に告白して、玉砕した事を知っている。でもなんで? 空がバラすはずないのに……。
「昨日あんだけ俺の部屋の前で泣いてたら邪魔に決まってんだろが? トイレから戻ってきた時の俺の驚きを見せてやりたかったぜ」
「~~っ!? は、ハンカチ、私に渡したのって……?」
「あぁ? そんな泣いてる女にハンカチ渡すなんてキザな行動する奴、俺は空ぐらいしか知らねぇなぁ」
……失敗した。やっぱり泣くのを我慢できなかった姿、見られてたんだ。でも、最上のおっさんがそんな行動をするなんて信じられない……。だけど、認めるしかないみたい。
「じゃ、じゃあ、本当に全部、知ってて……」
「んな事はどうでも良いんだよ。俺が聞いてんのは諦めるかどうかだ」
「…………」
一応確かめようと質問するも、はぐらかされた。いや、私の質問が脱線してたから戻そうとしただけかも。それにしても諦めるって……そんなの、諦めるしかないじゃん。
だって空は琴香が好きで、琴香も空が好きなのは確実。その間に私が入る隙間なんて……。
「はぁ、どれだけ迷ってやがる。もう本能で答え出てんだろ? お前は、アイツのことが好きか嫌いか、どっちだ?」
うるさい。分かってるよ……私が今考えてること、求めていることなんて自分が一番よく分かってるに決まってるじゃん。
「わ、私、は……好き。空が、好き」
私は空が好きだ。告白に振られても、1日経っても……その気持ちは分からない。むしろより愛おしく感じてしまっているかもしれない。それぐらい、私は空が好きだ。
「……はっ、言えたじゃねぇか。試合と同じだよ。途中どれだけ負けてようが、最後に勝ちゃ良いんだ」
「……うん。今はまだ、空が隣に居なくても良い。時間がどれだけ掛かっても、私は空の隣に立てるように、なりたい。最後に隣に立つのは……私、なんだから」
「けっ、その調子だ。俺は倒す奴が勝手に精神的に潰れるなんて、許さねぇぞ俺は」
最上のおっさんがカカッと笑いながらそう告げてくる。ふん、私がこの人なんかに負けるわけないし勝手に言ってろ。だけど……。
「……ねぇ、最上のおっさん」
「おっさん言うな。俺はまだ27歳だ」
「アラサーじゃん」
「うっせぇわ」
あぁもう、素直になれ私。恥ずかしがらないの……。どうであれ、この人は私の背中を押してくれた。それが本当の本当に私と言うライバルが自滅するのを防ぐためだったのか、建て前なのか鈍い私には分からない。でも……。
「……ありがと」
「おう」
お礼ぐらいは言った方が良いよね? ……諦めないよ、私は。空が人生の99%を琴香と過ごしても、最後の1%を私と過ごしてくれたらそれで良い。
だってその最後の1%を私は100倍にだって膨らませるから。そう思わせられるような女になりたい。……ううん、なるの。
今はまだ琴香の方に目を向けていても、いつかきっと、私の方に目を向けさせるから。だから……無事に早く帰ってきてね、空。
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