第221話~急展開~
S級迷宮が攻略された。迷宮主の肉体は残らず消滅してしまったため、素材などを回収することも出来ないが、命があるんだ、それで満足じゃないか。
地震にも似た地揺れが起こる。迷宮が攻略されたことを告げる合図だ。
「急ぐぞ!」
そこから迷宮の入口まで戻るのはあっという間だった。荷物を回収して、モンスターを警戒しつつ、5人は揃ってゲートをくぐり抜ける。
高尾山に出現したS級迷宮のゲートが消えてゆく。終わった……迷宮攻略
「あの~、これって多分、輝久さんがいれば全て片付きましたよね?」
気を張りつめていると、琴香さんが言いにくそうに問いかけるが、俺もそう思わざるを得ない。最初から本気を出しておけば良かったはずだ。
「1番の目的は後輩育成だよ。自分より強い迷宮主との戦いは為になるからね」
そう言われる。俺も一香さんとの訓練では大変だったが、確かに普通以上の成長をしていた気がするしその意見には賛成だ。でも……。
「それ……まさか3年前にもしてませんよね? それが一香さんの死因だったなら……俺は自分を抑えられる自信がありません」
1番の懸念点はそこだった。後輩育成? 実戦経験? 大いに結構! でも、そのせいで一香さんが亡くなったのなら話は別だ。
いや、それまでなら我慢出来るかな。今まで上手くいっていたんだろうし、一香さんも肯定した行いってことになる。でも、それを三年経った今でも続けているなら……。
「空君、私の方から言わせてもらうけど~、空君が考えてるような事は、絶対にないわ」
「芽衣さん……」
輝久さんに代わって、芽衣さんが答えてくれた。ひとまず緊張の糸が解ける。
「空君。一香さんの死因は、昔の俺を育成するとかそんなくだらないことが原因じゃないさ。ただ……俺たちの実力が足りなかっただけで。……話してなかったけど、そもそも前回と今回では同じS級迷宮とは言え実力差がありすぎた」
「それは私でも知ってますよ。前回のS級迷宮はS級の中でも最底辺に位置する迷宮だったって聞いてます」
烈火さんが悔しげな瞳をこちらに向けながら呟く。それに対して琴香さんが補足説明を入れた。
「いや、その情報は誤りだ。烈火君の言う通り、前回と今回では……
「え……?」
聞き間違いか? 自らの耳を疑うような発言が飛んできた。
「最初に測定された記録ではS級の中でも最底だったんだ。だが……突然、測定値が上昇するほどのモンスターが現れた。ソイツを倒すために、一香さんは死んでしまった」
「そんな、情報……聞いたことが──」
「言えるわけないだろう? 『予想外の事態が起こり、急に難易度が上がってS級探索者が死にました』なんて。亡くなった事実だけでも大きいのに、我々の不手際と取れるような発言なんて残せるわけが無い。それならいっそ、不運な事故だったことにした方が……国のためになる」
俺の動揺を他所に、輝久さんが儚く微笑んで告げる。それは決して、一香さんの死を馬鹿にするような笑みではない。自らの力不足を嘆き、それでもなお笑うしか無かった……そんな笑みだった。
空、分かってるよな? 確かにその方が良いに決まってる。一香さんは汚名を被ったが、特級迷宮でもなく等級の測定ミスなんて全探索者の命に関わる不祥事が公になれば、日本の探索者組合の存続も危ぶまれる事態となる。
一香さんもそれは望まない。元々迷宮攻略には死が付き物だ。もちろん死にたくないという想いはあるが。今更3年前の出来事を掘り返した所で意味はない。
「……とりあえず帰りましょうか」
現在、高尾山は探索者組合によって封鎖されており、万が一迷宮崩壊が迎えた時のために近くの探索者も集結している。
テレビ局らはその人たちよりも安全のために後方で待機しており、まだ迷宮が攻略されたことを知らない。先にそれを伝えてテンションを上げようとそんな提案をする。
「残念だけど篠崎君、君だけそれはお預けだ」
今この場にいる自分を含めた6人の探索者の誰でもない声が聞こえた。だが、聞き覚えはあり、その声の持ち主を俺は知っている。
その人は探索者組合に1度所属した時の最初の迷宮で、琴香さんと共に出会った人だ。その時にはリーダーも勤めていた。
俺が道を踏み外しそうな時には止めてくれた。エルフの里にも一緒に行ったな。楽しい1ヶ月だった。そして……最後の最後に正体を現して俺たちの前から姿を消した人だ。
「北垣さん……いや、使徒」
抜けていた気を一瞬で入れ直し戦闘態勢を取る。琴香さんも同様だ。他のS級探索者の人達は目の前にいる男が誰だか分かっておらず、困惑している。
『ソラ、アイツ化け物なの。前の筋肉ダルマにも同じこと言ったけど、アイツは確実にそれ以上になの!』
「……分かってる」
ハズクがマテオさんを比較対象に出してそう結論付ける。……EX級1席よりもハズクが判断する。その時点で輝久さんでも勝てないことは確定したな。さて、どうするべきか……。
「ここは関係者以外立ち入り禁止だ。外まで送るから一緒に来なさい」
小さく会話していると、傑さんがそんな提案を飛ばす。使徒である北垣さんが応じるはずはない。でもそんな事は他のS級探索者の人たちも理解している事だ。俺たちの様子が明らかにおかしいからな。
「篠崎君、約束通り王からの試練を与えに来たよ」
傑さんの言葉を無視して、北垣さんは続きを話す。試練を与えに来ただと? ……なら、今までのS級迷宮は試練では無かったと言うことか!?
「待ってくれ空君、あの人を俺は知っているぞ。確か同じ組合のメンバーじゃなかったか?」
烈火さんが問いかけてくる。妹の氷花さんと同じ組合のメンバーを、しかも男性を烈火さんが覚えていないはずないか。
「えぇ……。輝久さん、俺も黙っていたことがありました。あの人は……人型を超えた、人間そっくりのモンスターです」
「「っ!?」」
全員が戦闘態勢を取る。使徒をモンスター呼ばわりして良いのかは分からんが、理解してもらうには1番わかりやすい言葉だろう。
「う~ん、王からは無用な殺生は禁じられてるんですよね。わざわざこっち側の戦力を減らすなって……」
「驚いたな。俺たちを倒すつもりなのか。空君、あのモンスターの実力はどのぐらいか分かるかい?」
北垣さんの言葉に眉をひそめた傑さんが盾を構えて尋ねてくる。
「……今まで戦ってきた中で1番強い相手を思い浮かべてください。それよりは確実に強いですから」
「っ……そうか」
気を引き締めて欲しい。そんな気持ちが通じたのだろうか? いや、俺が先程まで戦っていた迷宮主を比較対象に出さない時点でそれ以上だと理解したからか。
「でもまぁ、1時の無力化なら許されるでしょう」
その言葉が聞こえると同時にS級探索者のうち傑さん、芽衣さん、烈火さんの3人が倒れる。3人が何をされたかもわからなかった。
ただ急に気を失ったかのように膝から崩れ落ちて……。嘘だろ? ……俺は何も、見えなかった。多分、北垣さんが何かしたんだろう。
「……空君、琴香さん、逃げたまえ。君達だけでも」
輝久さんはそう言い残して北垣さんの方へと真っ直ぐ跳躍した。俺が見えたのはそれだけだ。輝久さんが飛んだのを確認して、俺は3人を並べてから琴香さんの腕をとってその場を離れる。
どこに行くのだろうか? 日本で輝久さんのそば以上に安全なところなんて無いだろうに。て言うか試練を与えに来たと言っていたから、目的は俺……。
なら、琴香さんと一緒にいるのも危ないんじゃないのか? どうするどうする?
「そ、空君、北垣さんが、えっと……一緒に戦いましょう!」
戸惑いながらも琴香さんは自分の意思を出す。彼女は北垣さんと最後の会話をしたわけじゃない。違和感を覚えて俺にその事を伝え、気づいたらドラゴンの襲来に紛れて消えていた人に当たる。
それでも琴香さんは戦うことを決意した。そうだ、今戦わないなら使徒を倒すチャンスは二度とない。奴は味方と言っていたが、結果としてS級探索者の3人を倒した。
幸いにして息はあったが……それでも仲良くするなんてできっこない。戦うべきだろう、情報を聞き出す上でもな。
「そうですね! 戻りましょう! 一緒に、北垣さんを!」
決断を下すのは遅かった。他のS級探索者達3人は一瞬でやられた。俺がいた所で役に立つかは分からない。それでも行くしかない!
「おや、ちょうど良いところに」
そして戻ってきた眼下に映った光景は、無傷の北垣さんが地面に倒れた輝久さんを見下ろす姿だった。鳥肌が立つほどの恐怖と怒りが湧いてくる。
「良かったよ戻ってきてくれて」
「【縮地】!【剛力】!」
俺は勢いよく突っ込み、次の瞬間に視界が真っ暗になった。
***
……蒸し暑い。埃っぽい匂いがする。汗でベタついた肌に不快な感触が張り付いているような感覚もあるな。ん、身体を揺さぶられる。誰だ? 琴香さんか?
そう言えば俺はなんで寝ていたんだ? ……そうだ、北垣さんに立ち向かっていって、それで……。
「起きるのじゃ主っ!」
それまでの出来事を思い出すと同時にハッキリとエフィーの声が耳に入る。勢いよく上半身を起こすと、ふぎゃあっ、とエフィーが驚いて倒れ込む。
「……どこ、ここ?」
視界が最初に捉えたのは辺り一面の砂漠だった。
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これにて4章は完結です。次回から2話ほど幕間を更新します。
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