第219話~成虫~

「《回復》」


「ありがとうございます」


「いえいえ」


「それにしても、案外簡単に倒せたね。S級迷宮主にしては弱かったけど、やはりまだ成虫になってなかったのが幸いしたのかな」



 傑さんが陽気に笑いながらそう呟く。何故だろうか、ちょっと前に俺が『このままいけば倒せるだろう。何事もなければ……』と思ったのも含めて嫌な予感のするセリフにしか聞こえない。



「ん? ……なっ!?」



 烈火さんから驚きの声が漏れる。慌てて声のする方を見ると、燃やしていた死体の表面の焦げ目がひび割れていく。


 そして、燃えている死体の炎から何かが高速で飛び出して木に飛び移った。視線で追うと、そこには俺が先程真っ二つにしたはずの迷宮主が無傷の状態で存在していた。



「……脱皮したのか!」



 輝久さんの言葉が正解だろう。真っ二つに身体をしても死なず、それどころか半分の身体からでも元の状態まで再生しやがった。


 烈火さんの火力じゃ最初は表面しか燃やせられなかった。その間に再生しつつ、焼かれた表面は脱日で放置。文字通り、細切れもしくは灰にするまで焼き尽くさないと殺せないってこと。


 つまりまた、最初からやり直しってことだよ! もっと細かく切断しておかなかった自分に、その後に油断した自分に怒りが湧いてくる。



「脱皮したての今なら柔らかいはず! 畳み掛けるぞ!」



 輝久さんの言葉に芽衣さんが巨大な腕を、傑さんは盾を、輝久さん自身は蹴りを、烈火さんは炎を、俺は短剣を、琴香さんはいざと言う時の援護体勢を。それぞれ独立して行動を起こした。


 芋虫の奴はその全てを無視して糸を遠くに飛ばし、ターザンロープのように回避していく。唯一、輝久さんの一撃は当たったが致命傷にはなり得ない。


 そして烈火さんの魔法による追撃を回避しつつ、1番高い木の上にまゆを作り自分自身を閉じ込めた。烈火さんがここぞとばかりに魔法を放つが……。



「硬っ!?」



 燃えることも無く掻き消されてしまった。俺が斬撃を飛ばすも同じ結果に。でもあれ、絶対に止めないとヤバいやつだよな。多分だけど、成虫になるための準備をしてるんだと思う。俺は詳しいんだ。



「なっ、もうだと!?」



 時間にして10秒ほどだろうか? たったそれだけの時間なのに繭が破られ始める。あの一瞬でだぞ!? 生命としておかしいだろおい! ……モンスターだったわコイツら。



「あら~、あれって……」


「うそ……手?」



 女性陣2人から言葉が漏れるのも無理はない。繭を破って最初に飛び出したのは異形だが、明らかに手の形をしていたのだから。



「芋虫の成虫って、普通は蝶々とか蛾じゃありませんでした?」


「はっはっは、空君、現実を見たまえ。……モンスターにも亜人と呼ばれる存在がいるように人型も確認されている。だからこうして、虫人間と呼称するのに相応しいモンスターが居ても不思議じゃない」



 傑さんが目を泳がせながら解説してくれる。多分だけど、傑さん自身もそう思わなければ目の前の出来事を上手く処理できないのだろう。でもまさか成虫になる事で人型の虫人間ができるなんて誰も思わないよ。



「いや~、エルフも亜人に入りますよね? なら一緒にするのは何となく嫌なんですが」


「同感だ。ムシ度が比較的優しめの、例えばアラクネの美少女までならイケるが……さすがに虫をそのまま擬人化させた者までは守備範囲外だ」



 輝久さんもそう呟く。と言うか下半身が蜘蛛のアラクネまでならイケるのかこの人。擬人化ならOKとか言ってたな。それよりもだ。迷宮主の姿は芋虫ではなくなり人型になっていた。


 1番目立つのは背中から綺麗で、神秘的で、でも恐怖を覚えるような黒とセロリアンブルーが混じって生えているはねだ。


 身体は人間に全身黒タイツを付けたような色をしている。ただ瞳だけは一際黒く、漆黒と表現するに相応しいと思える黒さ。


 腕や足は蝶々と同じ糸のように細い……なんて事は一切ない。俺たち人間と同じように作られていた。口はストローのように何かを吸えるような形になっている。


 うん。改めて考えてみても人間との相違点はモンスターとして考えれば少ない。ただ人間の肌を真っ黒にして、はねを生やしただけだ。エルフ達と同じ亜人と言われれば自然と反論したくなるが……。



「っ!?」



 ジロリと効果音が付きそうな瞳で迷宮主は俺たちを見てきた。ゾッとする。明らかにただ見ただけなのだ。それなのに殺気を飛ばされたような感覚に襲われ、つい臨戦態勢を取ってしまった。



「少なくとも、成虫になりたてでも先程より簡単に勝てるなんてことは無いね」



 輝久さんが冷静に分析するが、俺にはそんな余裕なんてない。迷宮主はこちらを見ながらコキッと首を横に傾ける。他にも身体がちゃんと動くかどうかの確認を少しだけしていた。


 そんな事をしているのに、俺たちの方からは仕掛けられない。隙だらけなのに隙が存在していなかったからだ。いつ仕掛けるべきか悩んでいると、迷宮主は不意に足を曲げた。



「来──!?」



 一瞬の事だった。俺が言葉を発した頃には既に木々から足を離し、こちらへと急接近。俺は反射的に短剣を目の前に現れ、掌を顔に伸ばしてきた迷宮主に向けて振りかぶる。


 その一撃はとっさながら完璧だったと思う。F級時代に一香さんとの鍛錬をしていたんだ。相手が自分より強いことは当たり前だった。


 だが、スピード系の俺だろうと短剣での反撃は間に合わなかった。【縮地】を使っていたならギリギリ間に合ったと思う。でも発動する時間もなかった。


 芽衣さんと傑さんも動いてくれているが、間に合いそうにない。烈火さんと琴香さんは論外だ。魔法系と回復系は身体能力が低いから仕方ないが。


 俺はそのまま為す術なく迷宮主に顔を捕まれグチャグチャに潰された……という事になると思っていたが、どうやら運は良いようだ。



「悪いが、この子は殺させない」



 俺たちの中で唯一動けた探索者の平塚輝久さんが、俺の顔へと伸びた腕を掴みつつ呟く。迷宮主の黒い瞳がギョロリと輝久さんへと向いた。


 迷宮主は残ったもう片方の腕で、先に輝久さんを排除しようとしたらしい。が、もう片方の腕も輝久さんに掴まれてしまったようだ。



「だから申し訳ないが、お前が代わりに死んでくれ」



 キュュュュッ! と迷宮主が激しく声? を発する。それだけで軽い衝撃波で土埃が舞った。


 輝久さんが腕を掴みながら迷宮主が向かい合う。そこから素の俺では間に割って入ることすら出来ない頂上の闘いが幕を開けた。

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