第215話~昆虫系モンスター~
S級迷宮のゲートをくぐり抜ける。気温は普通。特に暑くも寒くもないな。ただ日本では12月初旬だったから上着は脱ぐけど。
今回のS級迷宮は……また森か。と言ってもやはり違うタイプの森だな。大牙狼とか出てきた森のようなハイキングする、それこそ高尾山のみたいな所ではない。
エルフの森のような、写真で見る海外の神秘的な新緑溢れる樹海という訳でもない。アマゾンの熱帯雨林のような……どんよりとした雰囲気の森だ。
「いきなり空や海に放り出されなくて安心したよ」
「帯刀さん、その時は俺が皆を抱えて、炎で飛びながら陸まで運びますよ」
「やっぱり魔法系は羨ましい~」
「見た感じ……迷宮主は動物系か虫系かな? 私が先頭を行くから隊列を忘れないように」
「琴香さんは俺のそばに」
「はい」
平塚さんを先頭として森の中を散策する。地面は日陰の部分はぬかるんでいるな。て言うかさっきから全体的に物が大きい。葉も茎も枝も木も、全てが巨大サイズだ。
「それにしても虫系だったら……私、まともに機能しないと思います」
「俺も普段通りの力を出せるかどうか……皆さんは虫いけます?」
琴香さんがエルフの里で遭遇した幻影迷夢を思い出して青い顔をする。俺の顔も多分、血色は良くないはずだ。なので他のS級探索者の人にも尋ねてみる。
「俺は抵抗ありませんぞ。子供たちは虫が好きですからな。自然と慣れました」
「うちは氷花が虫嫌いでね、昔からGとか出た時に頼りにされててマシだと思う」
「擬人化したメスの昆虫ならイケるよ」
「輝久さんも自重してください~。て言うか皆さん一般人よりは慣れてますよね? だって低等級とはいえ、虫系は等しく現れますし~」
「確かにね」
吉田さんのツッコミが入る。その通りで、一般人よりは慣れてるよ。動物の解剖や巨大な虫が顔に張り付いた時とか色々あったし……それでも苦手なんだよなぁ。
『あ、とりあえず魔力を乗せた風を辺りに広げるの。索敵するの。……の? 早速来たの』
ハズクが小さな鞄のスペースから魔法を使う。エフィー曰く、ソロンディアの劣化程度の事は生まれたてでもできるそうだ。その後に自分の方が遥かに優秀だとドヤっていたがデコピンで黙らせたんだっけ……。
「っ!? 凄まじい速度で何かが来る」
ハズクと同時に先頭を歩いていた平塚さんと帯刀さんが最初に反応した。モンスターだろう。進路の木々を派手な音で薙ぎ倒して俺たちの前に現れる。
とんでもない速度と威力だな。俺達が一斉にジャンプしてその場を離れたから良かったけど、当たったらペチャンコだったぞ。
土埃の舞った所からそのモンスターは姿を見せる。巨大な体に細くとも強靭でバネのような足に黒い瞳。濃い緑色と茶色の混じった肉体……そう、子供の大好きなあれだ。
「仮面ラ〇ダー1号か!」
「素直にバッタで良いでしょ……」
平塚さんの高揚した声に突っ込む。そう、体長4mを超える巨大なバッタがまっすぐ跳躍し、前方の木々を薙ぎ倒して俺たちの元まで襲いかかってきたのだ。
「また来るね、傑君」
「えぇ、受け止めましょう」
「私が上空に飛ばして~」
「芽衣さんの後に燃やしますね」
平塚さんの指示で再び跳躍する準備を始めたバッタのモンスターに向かって帯刀さんは盾を構える。あまり派手とは言えない鎧と同じ黒色の盾だ。
「──ッ!」
バッタの跳躍による体当たりが放たれる。その衝撃全てを帯刀さんは正面から受け止めた。以前、俺が烈火さんを殴った時とは比較にならない衝撃波が発生する。
だが、受け止めた帯刀さんは何事も無かったようにケロッとしていた。盾にも傷一つ付いていない。
それも当然と言えば当然だろうな。A級の中でも最上級に位置する迷宮で、帯刀さんが倒した黒いドラゴンのモンスターの鱗を使った盾と鎧なんだから。
「はぁっ!」
バッタのモンスターの勢いが完全に消えた瞬間を狙って、吉田さんが蹴りを放った。グヂャッ、と言うあまり聞き心地の良くない音が聞こえた。
バッタの体の中身はそれこそグチャグチャだっただろう。蹴りの威力は留まるところを知らず、そのまま天高くまでモンスターは舞う。
ちなみに吉田さんの武器は
「《
吉田さんの蹴りで打ち上がったバッタのモンスターに、烈火さんの《炎弾》が放たれた。小さく、だがとてつもない速度だ。モンスターに触れると同時に全身が炎で炙られ、真っ二つになる。
「へっ! きたねえ花火だ」
「今のは~、大体B級の迷宮主ぐらいかしら?」
「さすがにS級が3人も集まれば瞬殺でしたね」
平塚さんがベジ〇タのモノマネをするが誰も突っ込まない。悲しげな表情をしていたので俺が笑顔で「そうですね」と肯定しておいた。
「それにしても昆虫系か……回復系なのが幸いだったね」
「うぅ、すみません……」
平塚さんが言葉に琴香さんが縮こまる。いきなりとは言え巨大なバッタが出てきた衝撃はしょうがないとは思うが……今はそういったことを言える事態じゃないしな。
「さて、3人の連携は問題ないようだし、今度モンスターが現れた時は俺と空君で相手をしよう」
『そっちの男の言う通りなの。さっきの攻撃でまた違うのが引き寄せられたの』
「分かりました。どっちがトドメ刺します?」
「君に頼むよ。実力を見せてくれ」
打ち合わせが終わると同時に先程のバッタの2倍の大きさを持った、巨大な黒光りする丸い岩が転がってくる。
さっきのバッタは跳躍による木々のなぎ払いだった。だが目の前の岩は違う。通り道の全てを蹂躙し、更地にしている。
「止まれ」
その巨大な岩に平塚さんが手を伸ばし、片手で受け止める。激しく火花のような物まで発せられたが、平塚さんはピクリともしない。
ようやく止まった巨大な岩……ではないな。巨大なダンゴムシのようなモンスターが丸まった体の、1番斬りやすい丁度頭とお尻の接触部分に短剣……
豆腐かよ、と思わず口を漏らしてしまうようなほどに、綺麗にダンゴムシのモンスターは真っ二つとなった。さっきのバッタと一緒だな。
それにしても牙狼月剣って呼びにくいことこの上ない。英語を日本語に直訳したらそうなったらしいけど……。それならせめてステイゴールドを黄金旅程みたいに意味を含めて欲しかった気分……。
「で……なぁんでまた琴香さんは泡吹いてるんです?」
「この子~、さっきのダンゴムシの足部分を見て固まってた時に、空君が斬ったモンスターの体液が手に着いちゃったの~」
気絶した様子の琴香さんに変わって、抱き抱えた吉田さんが代弁する。琴香さん、昨日あんなに格好つけといて、言っちゃ悪いけど足手まといでは……?
そう言えば防御の魔道具買ってたはずだけど、普通の体液には効果無かったのな。ご愁傷さまです。
それよりも、琴香さんを抱きしめる吉田さんの手がおかしい。撫で回すような、ちょっとダメな手つきになってる。目もおかしいし、息も普段より荒い……そう言えばこの人、百合好きだったね。返して頂きます。
「もう少し堪能したかったわ~」
「ダメです」
その後、目が覚めた琴香さんは皆に謝り倒した。自分への怒りからか、余計に落ち込んでいる姿はあまり見てられないな。よし……。
「平塚さん、手は大丈夫なんです?」
「特には……いや、少し痛むかもな。琴香さん、《回復》を掛けてくれないか?」
「あ、はいっ!」
俺のアイコンタクトに気づいた平塚さんが琴香さんに《回復》をして貰う。吉田さんからグッジョブのサインが出された。対応として正解だったらしい。
「空君は本当に気が利くね。うちの氷花にも見習わせたいよ」
「烈火さん、それ本人に言ったら殺されますから気をつけてくださいね?」
烈火さんがワシャワシャと俺の頭を撫でてくる。
「そう言えば、なんで烈火君だけ名前呼び~? 吉田さんなんて他人行儀じゃなくて、私の事も
「それならば俺も
「傑君なんて不審者で十分よ~」
「ならば芽衣は百合女と──うぉい! 股間を蹴ろうとしてくるな馬鹿っ!」
「話が脱線しているね。俺も
という訳で吉田さん改めて芽衣さん、帯刀さん改めて傑さん、平塚さん改めて輝久さんと呼ぶことになった。
ちなみに烈火さんを名前で呼ぶようにしたのは、氷花さんと混ざりそうと考えていたら、烈火さんが気を利かせてくれたからだったな……。
そんな事を考えながら、俺たちはS級迷宮を進んでいく。
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※決して作者が虫好きなわけではありませんし書きやすい訳でもありません。
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