第216話~S級迷宮内での一時~

 ブブブブブゥゥゥンンンッッッ!!! と不快な音が幾重にも反響して俺の耳に伝わる。目の前には黄色と黒のシマシマ模様をした巨大な虫がいた。


 羽を鳴らし、まだ日が登っているはずの空を支配する。まるで曇り空と勘違いしかねない密度だ。聴覚を刺激する不快感と、視覚から得られる嫌悪感が体を震わせる。



「《獄炎竜撃ごくえんりゅうげき》」



 烈火さんが巨大な巨大な火柱の竜巻を発生させ、 はちのモンスターを薙ぎ払う。その魔法から抜け出した残りの蜂のモンスターを、俺たちで迎え撃つ。



「噛みつきとお尻の毒針に気をつけるように!」


「了解ですっ! はっ!」



 カーブを描いたり急に高度を下げたり、まるっきり予測できない軌道で向かってくる蜂のモンスターに、俺は身体能力に任せた一撃を加える。


 首と胴体の付け根を狙った綺麗な攻撃だ。もちろん斬った後も勢いは残るので飛んでくる死骸を避ける。……ふぅ、後出しジャンケンみたいなもんだ。もし身体能力が同じだったら確実にやられてたな。


 飛んでくる蜂のモンスター……確か名前はキラービーだっけ? A級迷宮で出てくる、手数が多く必要なのと毒を持っている事から厄介な相手扱いされてるモンスターだ。



「空君また来ましたっ!」


「ふっ!」



 まぁ、B級以上に位置するモンスターで厄介じゃないモンスターの方が少ないが。琴香さんもそろそろ慣れてきたのか、それとも蜂はまだグロテスクな部分が少なくマシだったのかは分からないが指示を出してくれる。



「ふはははっ! 効かん、効かんぞっ!」



 帯刀さんはタンク系である事を活かして前線に出ていた。噛みつき攻撃は無視し、毒針を刺そうと突っ込んでくるキラービーにのみ狙いを搾っている。


 噛み付いてくる奴? 全然効いてる様子がない。時々鬱陶しそうに手で払って殺してるな。



「野蛮ね~」



 向かってくるキラービーに篭手こてを着けた拳を振り上げて粉砕。体液が付着するのもお構いなく血祭りにあげている芽衣さんがそう呟いた。



「芽衣さんがそれ、《炎弾えんだん》、言いますっ?」


「君も大概だと思うよ?」



 的当てゲームのように《炎弾》をキラービーに放つ烈火さんの言葉に、ただ普通にキラービーを殺していく輝久てるひささんが突っ込む。



「ふぅ、片付いたね」


「そうね~、傑君もついでに片付いていて欲しかったのが本音だけど」


「この死骸、一応燃やしときますね」


「助かるよ烈火君。空君、怪我は無いかい?」


「皆さんが俺たちを守ってきてくれたので、モンスターとの戦闘も1番少なかったです。当然、無傷ですよ」



 烈火さんが死骸を燃やしていく。邪魔になるからな。臭いでまた別のモンスターが寄ってくることも輝久さん達は想定しているが、そういったことにはならない。


 ハズクの奴が気を利かせて臭いを遠くに飛ばさないようにしているからな。その分、臭いがこもってしまうが……まぁ、服も既に汚れているから問題はない。鼻の方も既にあまり効かなくなってるし……。



「帯刀さ──じゃなくて、傑さんや芽衣さんは怪我してないです? あったら治します」


「念の為お願いするよ。でも、ほとんど痛みは無いから無理する必要はないよ。ちょっとで構わないさ」


「私にもお願いするわ~」


「……ふぅ、合法ロリ巨乳からの《回復》は、俺にとっては《再生》にも等しい!」


「こいつがもし死にそうになってても《回復》や《再生》は使わなくて大丈夫よ。私が保証するわ~」



 琴香さんと積極的に関わりに行こうと、傑さんと芽衣さんの2人は《回復》を受けていた。傑さんのセクハラも、芽衣さんのお陰で軽く受け流している。



「……俺も後で受けるか」



 特に怪我をしたわけでもないが、なんかこう、無性に琴香さんの《回復》を受けたくなった俺はそう小さく呟いた。



「それにしても、この迷宮が昆虫系なのは理解した。けれど……なぁ」


「えぇ、輝久さんの懸念通りです」


「あの、お二人共何がですか?」



 本部長である輝久さんと傑さんがお互いを見合わせながら会話をする。俺が不思議に思い問いかけた。



「一言で言えば~……ぬるすぎる、です」


「そうですね。3年前に潜ったS級迷宮はこんなもんじゃ無かった。もっと……環境は過酷で、モンスターも強かったはずです」


「烈火君の言う通りだよ空君。今まで現れたモンスターはせいぜいA級迷宮かA級迷宮主レベルのモンスターだ。S級以上の迷宮は……もっと、俺でも油断すれば苦戦する化け物がいるんだ」



 何年も前とは言え、かつてEX級第2席に存在した輝久さんでも苦戦するようなモンスターが……。



「これは多分あれだね。普通のモンスター達が弱い分、迷宮主は普通のS級迷宮の迷宮主よりも強いと考えるのが妥当だ」


「もしくはとてつもない数がいる可能性だが……今のところ、その予兆もないから輝久さんの言う通りかな」



 最後に言い出しっぺの輝久さんと傑さんが結論づける。やはりS級迷宮は一筋縄じゃいかないらしい。



「それに迷宮主の姿もありませんね。洞窟型の石扉とは言いませんが、もう少し分かりやすくしてほしいです」


「ははは、S級迷宮でそんな呑気な発言をできるなんて空君は大物だね」



 真性ロリコンの人を筆頭とするヤバい集団に比べたらマシだと思うんだけど……あれ、その集団に俺も入ってる?



「あら琴香さん、あんまり食べすぎると後でお腹にくるわよ~?」


「食べなきゃやってられないです……」


「ふふ、可愛いわね~」



 他の人達に気を遣われたことを分かっているからか、琴香さんは携行食をポリポリと子リスのように頬張りやけ食いをしていた。


 それを見た芽衣さんが口元を緩め、頬を染めながら呟く。う~ん、どっちも可愛いかと俺は思うぞ! もちろんどっちがと聞かれたら──。



「空君、どっちが良いです?」


「え? そりゃ琴香さん一択で…………」



 つい心の声が漏れてしまった。途中で気づき、琴香さんの方を見る。そこには両手で差し出された、味の違う携行食が握られていた。



「まっ、ちがっ、違う! 今の無し! 無しでお願いしますっっっ!!!」



 口から漏れた言葉を、俺は慌てて否定する。いまの回答では、琴香さんがどちらの携行食を食べたいかの質問に琴香さんを食べたいと抜かしたド変態と言うことになってしまうじゃないかっっっ!?!?!?



「はぅぅ……空君、や、やっぱり昨日もしておいた方が良かったです? ここじゃさすがに無理ですよぉ。帰ってから、いっぱいして下さい」


「…………はい」



 失言してしまい、その内容を琴香さんが受け入れた以上俺はそう返事するしか無かった。いや、それじゃ言い方が悪いな。別に全然嫌じゃないです、の方が正しい。



「それと芽衣さん、ナイスです」


「ふふっ、良いのよ~。私、あなた達2人の事、すっごく好きだから」



 空気を読んだ芽衣さんは輝久さん、傑さん、烈火さんの3人を一瞬で遠くに投げ飛ばしていた。先程の会話を聞かれないための配慮をしてくれたのだろう。マジ感謝……!



「芽衣! 急に何をするんだ!」


「ちょっと虫が付いてたから、払ってあげただけよ~」


「そんな嘘が通用すると──」

「──あらあら、こんな所に大きなゴミ虫が──」

「──なんでも無いですありがとうございました」



 真っ先に反論してきた傑さんを圧力で黙らせた芽衣さんが、投げ飛ばしてしまった他の2人に謝罪をしにいく。俺は最大限を尊敬を改めて芽衣さんに送った。



「君達2人も十分大概だったか。すまないね空君」



 俺が呑気な発言をした時を比べた輝久さんが呆れた様子で呟く。



『……不味いのっ! ソラ、敵が来てるの!』



 ハズクの奴が血相を変えて叫ぶ。他のモンスターが索敵に引っかかった時とは明らかに様子が違う。しかも、輝久さん達が気配に気づいていない。


 最初の時は風を利用したハズクと同じぐらいには気づいていたのに、だ。つまり……ヤバい奴が来てるって事だよ!



「っ! 全員戦闘準備をお願いします! 敵です!」

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