第206話~ナタリー~

「はふぅ、疲れました~」


「そうですね」


「息一つ切らしてないのは嫌味ですっ?」



 帯刀さんの強襲を吉田さんの力を借りて退けた後、俺と琴香さんは午前中を鍛錬に当てた。S級に認定された程の力だ。どれほど向上したのか確かめておかなくては……。



「いや、最後の2人の組手、何も見えなかったんだけど……」


「ふっ、翔馬じゃ仕方なかろう!」



 それを近くから観戦していた翔馬は感嘆を通り越して次元の違う生き物を見るような目を向けてきた。エフィーがドヤるが、こいつのお陰でもあるので反論しずらい……。



「それより空、あのずっと使ってた短剣についてなんだけど……」



 翔馬は俺が一香から貰った短剣について話し始めた。短剣が破壊されてしまったことについては戻ってきてすぐ話してある。それを聞いた翔馬は俺に合う短剣を探してくれていたのだ。



「S級が使うような武器はさすがに見つけられなかったよ」


「あはは、だろうなぁ……」



 S級が使うような武器なんて10億は普通に超えるし、確かEX級1席の人が使ってる武器は1000億を超えてると言われてるもんな……まぁ、そこまで行くと言い値だし実際の所は分からんが。


 俺の新しい武器も買えないこともないが、それだと水葉の治療費や一香さんの遺産にも手をつけなければならない。それは避けたい……。


 幸いにして、繋ぎの武器もあるにはある。だがS級迷宮に装備していくには力不足だろう。



「どうすっかなぁ……」


「空君なら平塚さんに頼めば、何か貸してくれるんじゃ無いですか? S級迷宮に行くのに装備が揃ってなかったから攻略失敗だった、なんて笑い話にもなりませんし」


「初芝さんの言う通りかもな。空、頼んでこいよ」



 琴香さんの提案を受け入れ、本部長に頼みに行くことになった。ちなみに何故か翔馬はS級迷宮のことを知っていた。すげぇな情報網。



***



『あいつ、気持ち悪かったの』


「おいこら喋るなバレるだろ」



 俺は今、外に出歩いてコンビニに向かっていた。理由は簡単で、平塚さんに武器のレンタルを頼み込んだところ「今、コンビニでアニメコラボしてるからその関連商品を買ってきて欲しい」とお願いされたからだ。


 その際にハズクを連れて歩いていたのだが、アニメでよく見るペット枠じゃないかっ! と大層興奮されて撫で回されていた。


 今もその事を根に持って愚痴っているが、外なので勘弁して欲しい。それにペット枠はエフィーと被るしな。ロリ枠はララノアちゃんで満席です。



「お、あったあった」



 シカ娘ビューティフルダービーと書かれたクリアファイル4枚を手に取り、お菓子を必要個数だけ買い揃える。周りの目が痛いが、仕方がない……。



「さっさと帰ろ……ん?」



 袋に詰めたクリアファイルと大量のお菓子を下げて探索者組合本部に戻ろうとした所、袖を引っ張られる感覚に襲われた。



『…………!』



 その正体は金色の髪を生まれ持った外国の少女だった。ララノアちゃんと同じぐらいだろうか? いや、もっと大きいな。


 俺の頭に過ぎった思いは2つだけだ。外国人幼女誘拐の疑いを掛けられるので逃げたい気持ちと、このまま振りほどいて放って置くのは可哀想すぎるという気持ち……。



「ど、どうしたの?」


『っ!? そ、それ!』



 英語だった。幸い指を指しながらだったのと比較的簡単な単語だったのですぐに理解も出来た。彼女は俺の胸ポケットからはみ出ていたハズクを指していた。……お前ぇぇぇっっっ!!!



「これ?」


『(コクコクっ!)』


「触る? ……あ~『あなたは、これを触りたい、ですか?』」


『はいっ!』



 ハズクを指刺しながら尋ねると、すごい勢いで首を縦に振る。嫌がるハズクを無理やり引っ張り出し、幼女に手渡した。うるさい、お前のせいでこうなったんだ責任を取れ!


 アニメのコラボお菓子を袋いっぱいに詰めた男の前で小さい鳥を愛でる外国人幼女という図は中々に珍しいのではないだろうか?


 すぐ側の大理石の所に腰掛けてしばらく少女がハズクを愛でるのを眺める。さて、子供が満足するまで何時間掛かるだろうか?


 連れて帰るなんて言われたら困る。それよりも迷子、だよな? なら親が現れたらすぐに返してもらおう。そして平塚さんには遅くなったことを謝って……。まさかとは思うけど、帯刀さんがこの少女の匂いに気づくなんて展開はないよな?



『あの、この子の名前はなんて言うんですかっ?』


「え、えっと『その子の名前はハズクだよ』」


『ハズクちゃん! 可愛いですっ!』


『(おいこら早く助けるの)』


「(ごめん無理)」



 少女の英語になんとか英語で返していると、ハズクが目で訴えかけてきたが謝りながら目を逸らした。



『あ~、お父さんやお母さんは?』


『父と一緒に来たんですが、あの人は迷子です。全く困りますよね!』


『……そうだねー』



 自分が迷子と言う自覚のない少女をこのまま1人にするのは不味い気がする。とりあえず交番にまで連れて行った方が良いな。……あ、調べたら遠い。……ごめんね平塚さん、結構遅れます。



『じゃあ、交番に行こう。お父さんがそこで待ってるかもしれないよ?』


『でも……場所分からないわ』


『着いて行くから大丈夫。俺の名前は空。よろしく』


『……ナタリーです。お願いしますお兄さん』



 少女の名前はナタリーと言うらしい。ハズクを両手に持ちながら、スマホの地図を手がかりに歩き出す。



『ナタリーちゃんはどこから来たの?』


『アメリカのフロリダ州からです。私が日本に来たいと告げたら、すぐに連れてきてくれて』



 娘の一言で海外にまでっ!? 娘を溺愛する大金持ちの親って事か。なおさら誘拐されやすそうな立場じゃん。ハズクを見て足を止めてくれて良かった~、ナイスだよハズク!



『なんで日本に行きたいと思ったの?』


『ん~、なんとなく?』


『えぇ?』


『でも、来れて良かったと思いますよ。お兄さんと出会えたので』


『そう言って貰えると俺も嬉しいよ』



 娘が特に理由もなく海外に行きたいと言い出し、挙句迷子になるなんて、親御さんは涙目なんじゃないだろうか? 



『もうそろそ──っ!?』



 もうすぐ交番に着くという所で急速に接近してくる何かを補足する。スピード系S級探索者の俺の、F級の時に鍛えた勘がやばいと告げているんだけどっ!?



『ナタリーちゃん、こっちに!』



 そう言った直後に現れたのは2mを超える長身の男だった。サングラスとマスクを付けており、明らかに身元を隠そうとする意思が見えた。



『お前だなぁ? うちの愛娘を誘拐したのは……誰に手を出したかどうか、思い知らせてやるよっ!』



 そう言って男は手を伸ばしてくる。反射的に伸びた手を避けて距離を取ろうとした。くそっ、絶対この人ナタリーちゃんのお父さんだっ! 誤解を解かねばっ!



『避けたっ? なるほど発現者かっ! あまり騒ぎにはしたくないがちょっと本気だすっ!』


『俺、誘拐、違う……!』



 更に伸ばしてくる手を避けながら、片言の英語で反論する。やばい、最初はD級程度だったのに今はA級レベルにまで早くなってる。



『ちっ、いくら使ってこんな奴雇ったんだっ!?』


『話を、聞けよっ!』


『おらぁっ! ナタリーの感じた恐怖をとくと味わえ!』



 あれ、この男の人見たことあるような……。その思考が揺らいだ瞬間を狙って、話の通じない男が強烈なパンチを放ってくる。くっ、避けれん……!



『【堅牢けんろう】っ!』



 ズゥゥゥンッ! と勢いよく男のパンチが空の防御に構えた腕にぶつかる。風が周囲に発生し、周りの人々から悲鳴が上がった。


 【堅牢】。契約上書きをした時に得た新しい力だ。今見せた通り、防御力を上げる力だと言えば分かりやすいだろうか。



『おいおい、A級でも吹き飛ばされる威力だぞっ? まさかS級かよお前!』


『いいや、F級だよっ!』


『はぁっ!?』



 まだ書面上は、な。自分の予想が外れたことで気の緩んだナタリーちゃんの父親と思わしき人物に話を聞いてもらうため、1度動きを止める必要がある。


 言葉による動揺から少し軌道のズレた振りかぶりを受け流し、その虚を突いた不意打ちの肘打ちをみぞおちに放つ。ズドンッ、と勢い良く打ち込んだ。間違いなく決まった……そう思った。



『ぐっ、舐めやがって!』



 だがナタリーちゃんの父親はギリギリ一撃を受け止めていた。残していた片方の手で肘打ちが止められたのだ。



『お父さんいい加減にしてっ!』



 ナタリーちゃんの父親の手が俺に伸びた所で、ナタリーちゃんの大声がついに耳に届く。



『その人は私が迷子のお父さんを探してた時に、警察の所に送ってくれようとしただけっ! これ以上暴れるなら……お父さんのこと嫌いになるよっ?』


『え? 俺が、迷子……? え? ……あ、いや……その、済まなかったぁぁぁっ!!! 娘の恩人を攻撃してしまうなんて俺は最低だっ! 許してくれぇぇぇっ!』



 確実に俺よりも強い大の男は、発現者でもない少女の一言で自らの非を認めて謝罪してきた。



『い、いえ……誤解、解けて、良かったです』


『いいやっ! 謝罪と恩賞は後日改めてさせてもらおう。電話番号を教えてくれっ!』


『あ、はい……』



 なんか電話番号を求められたので交換する。でも、勢いありすぎてちょっとなんて言ってるか聞き取りずらい……。



『じゃあね、お兄ちゃん。また会おうねっ』


『あぁ、またね』



 そんな再会の言葉を交わし、ナタリーは父親と手を繋ぎながら歩き出した。お礼と言っていたが、本当に貰えるかどうかは謎だ。


 別にお礼なんて無くても構わないし、果たされない口約束だけでも嬉しいもんだ。まさか国内旅行中に何かを渡してくるとかは無いだろうし……。


 良い方向に考えて、外国から凄いものを届けもらう、なんて可能性もあるかもな。もしそうなった時は近くでご飯でも奢ってもらうぐらいで手を打っておけば良かった、そんな後悔する未来も見える。


 まぁ、期待しないで覚えておこう。……はい、色々と現実逃避してましたが、周りの目が痛いです。いきなり暴れだして周りに迷惑かけてすみませんでした。


 でも、ナタリーの父親の方も手加減していたのか、周りへの被害はほとんどない。立て看板が風圧で倒れたぐらいか。俺はその看板だけ直して平塚さんの元へと急いで戻った。



***



『……しまった、まだ向こうの名前と俺の名前を伝えていなかった』


『お兄さんの名前は空さんだって。お父さんのはまた会った時に伝えたらいいんじゃない? 電話番号も交換できたし!』



 ナタリーの言葉に父親は安心する。世界にいるS級の中の上位10名をEX級と呼ぶが、ナタリーの父はその第1席に置かれている……つまり、世界最強の男。


 そんな男と知り合いになったことを、空はまだ知らない。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 エイプリルフールに何か記念投稿しようと思ったけど気づいたのが当日だったんで断念した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る