第194話~夜景での一時~

「うっしゃぁ! 女がいない空間久しぶり! 最高だぜ!」


「確かに女性と同じ部屋で1ヶ月間の雑魚寝はキツかったね」



 時間は少し遡る。探索者達にちゃんと男女別の部屋も用意され、男同士での話し合いに興じていた時だ。コンコン、と部屋の扉を叩く音が鳴り響いた。



「俺が出ますよ。はーい……ヘレス?」


『そ、そうよ。悪いかしら?』


「いや別に。どうしたの?」



 突然部屋を訪れたヘレスを不思議に思いながらも要件を尋ねる。



『……戦士長の最期について、聞かせてくれないかしら?』


「っ、分かった。すみません、ちょっと出かけてきます」


「朝帰りはすんなよ」


「しませんよそんな事!?」



 最上のおっさんからニヤニヤしながら言われた冗談にキツく反論して廊下に出た。そこから少し歩き、大きく開かれた窓から夜景が眺められる場所に置かれた椅子に腰を下ろした。


 煌びやかな明かりが夜の街を照らしている。あぁ、本当に日本に帰ってきたんだな。懐かしいけど、ちょっと寂しく感じる。


 ヘレス達エルフには、もう未知の世界だろう。最初は建物、電気、全ての物に驚いていたからな。確か、烈火さんの便利バッグの中身にも驚いてたような……。


 そう言えば烈火さんはどこに泊まったんだろう? 氷花さん達の方に突入してぶん殴られている未来が見える。いやもう既に過去かも。



『なんか、不思議な感じ……ここが、ソラ達の住む世界なのね』



 いつものポニーテールではなく、髪を下ろしただけのラフな格好をしたヘレスが夜景を見つめながら呟く。


 そんなエルフ達の服装は近くのユ〇クロで買ったようだ。なんか、普段の服装とは違って笑ってしまいそう。


 ヘレス達が着てる服は、諸星社長が急いで大量に仕入れたらしい。老人のエルフ達は民族衣装に拘ったらしいが、郷に入っては郷に従えと族長が一喝し、ひとまず人間社会に形から溶け込めているようだ。



『ちょっと、何ニヤついてるのよ?』


「ごめん、なんか新鮮と言うかギャップと言うか……でも、似合ってるよ」


『ふん、あたしなんだから当然でしょ。何笑ってるのよ!』



 ヘレスがムッとした様子で恥ずかしがるように声を荒らげる。自分が何かおかしいかと体を見渡すが、特に違和感は見つからなかったようだ。



「ごめんごめん。生活とか特に不満はない?』


『えぇ、今の所は許容範囲内だわ』



 彼女達への食事は野菜や果物を中心にした物だった。日本の食べ物が口に合うか心配だったが、そんな心配は杞憂に終わったようだ。



「それで……サリオンさんの、最期だったよね」


『っ! えぇ、そうよ。エルフ達から聞いてくるように言われたの』



 なんでクルゴンさんじゃなく、わざわざヘレスだったのかの疑問は残るがまぁ良い。俺はサリオンさんの最期の言葉を話した。


 と言っても一言二言だったしすぐに済んだ。ヘレスはじっと俺の言葉を聞いており、話してからしばらく黙ったままでいる。



『……ソラ、あたし達って向こうに帰れるのかな?』


「それは……ごめん、分からない」


『ふふ、そうよね。変なこと言ってごめんなさい。……せっかく、ララノアも治って、家族をやり直せると思ったのに……ドラゴンが現れて、里は無くなってそれで、帰れるかどうかも分からなくて……』



 ヘレスが悲しげな眼でこちらを覗いてくるが、俺は彼女の求める回答を答えられなかった。彼女は精一杯明るく笑ったが、それでもとめどなく想いは溢れ出した。


 少し声も震え、泣くのを我慢しているのが分かる。俺も最近何度も泣いたからな。俺はそっとヘレスを抱き寄せた。



「泣きたい時は泣いて下さい。ここには俺しかいませんし、誰か来ても隠せます。……故郷は消えて、元の世界に帰れるかも分からなくて、見たことがない世界で、それでも妹や他の人達を守ろうとする意思は尊重します。でも、俺も独りが辛いって事は知ってますから、今だけは吐き出して良いんですよ」



 ヘレスの体がビクッと反応したが、逃げる様子はなく、むしろ頭を擦り寄せてきた。良かった、ヘレスのストレスを感じ取れる人って少ないからな。


 エルフ達の事はララノアちゃん関係で大半を信用していないし今ここで吐き出させておかないと、前の俺みたいにおかしくなっちゃうかもしれない。


 だからこうして、ヘレスの気持ちを落ち着かせないと。一香さんも出会った時に抱きしめてくれたし、今度は俺が目の前で困ってる人を安心させてあげれるように……。


 ヘレスは俺の言葉を聞いてから、体に入っていた力が抜け落ち、俺に全体重を預けるようにもたれかかってきた。



『ふっ……ひっぐ……ぁ、ありが、と……。もう、ちょっとだけ……こうしてても、良いかしら?』


「ヘレスの気が済むまで……」



 それからしばらくの間、ヘレスはすすり泣きをしながら俺の胸に顔を埋めていた。俺はヘレスの頭や背中を優しく撫で続けた。



『屈辱だわ。と言うかさっきのは責任問題よ!』


「えぇ、そりゃないよヘレス」



 すっかり泣き止み、目元を赤く晴らしたヘレスがさきほどまでの行為を恥ずかしがるように駄々を捏ね始める。



『う、うるさいわね! 責任取りなさいよ! 責任!』


「もう、ちょっとだけ……こうしてても、良いかしら?」


『ぶっ殺すわよっ!?!?!?』



 泣いている時に話した言葉を真似したらマジの怒声とパンチが飛んできた。理不尽……。てか責任ってなんの責任をどう取るんだよ?



『つまり、戦士長は何かあったらあんたを頼れって言ったのよね?』


「そうなるね。ただ悪いけど、こっちの世界じゃ誰かをどうこうする力なんて無いに等しいよ? 単純な強さはあっても、権力は無いから」


『そうなの? ……じゃあ、あたし達が今後どうなるかはまだ決まってないのね』


「そう、だね。ただ俺の国でとても偉い人が後ろ盾になってくれるらしいから、そこまで悲観的にならなくても良いと思う」


『そこは「もちろん俺も微力ながら尽力するよ」とか言ってくれた方が安心するわね』



 なんか琴香さんと同じようなこと言われた……。



『それとララノアに聞いたのだけれど……里でドラゴンから守ってくれたらしいじゃない。ありがとうね、ララノアのことを助けてくれて』


「どういたしまして。さっ、そろそろ戻ろう」


『そうね……』



 俺が椅子から立ち上がると、ヘレスも同様に立ち上がった。部屋まで送ろうとエルフ達の部屋へ足を進めていると、急に手を取られる。



「ヘレ──んっ?」



 振り向くと同時に口が柔らかいものに塞がれる。目の前には頬を赤く染めあげ、目をつぶったヘレスが見えた。



『……ぁ、えっと……こ、これはお礼。そうお礼よ! ララノアを助けてくれたお礼! あ、あたしのファーストキスなんだから、感謝しなさいよねっ!』


「お、おう……」



 しばらくしてゆっくりと離れたヘレスが耳まで真っ赤にしてそう言ってくる。なんだその無理やりな理論は。しかもララノアちゃんとまた似たような言い訳を……。



『それじゃあまた明日!』


「また明日……」



 ヘレスは小走りで俺を置き去りにして去っていってしまった。……え、今、口にキスされたよな? ……うん、確実にされた。


 えーと……とりあえずこの後の要件は顔のほでりを取ってからにしよう。そう思い直した。



「さて……出てきて良いよ、エフィー」



 ちょっと時間を掛けて心を落ち着かせてから、独り言のように呟く。すると後ろの廊下の柱の影からエフィーが幼女の格好で姿を現した。



「やはり気づいておったか。……キスされたのう」


「やめろ蒸し返すなっ! 今やっと落ち着いた所なのに……」


「ふっ、童貞の主には刺激が強すぎたようじゃな」


「どどど、童貞ちゃうわい!」


「そう言えばそうじゃったの」



 ニヤニヤと口元を隠しながらからかってくるエフィーと軽い会話から入る。つうかなんで童貞じゃないって知ってるんだよお前。



「翔馬は?」


「あやつは嬉し泣きで疲れ果てて寝ておるわ。我の事だけは絶対に助からないと思っておったらしいから余計にじゃろう」


「すっげぇ怒られただろ?」


「やめい蒸し返すでないわ! 思い出すじゃろうが!」



 頬を膨らましたエフィーにポカンと殴られる。



「あはは…………じゃあエフィー、大事な話をしようか。あのドラゴンのことやお前の知ってること、全て話してもらうぞ」



 俺はこの場を真剣な雰囲気に作り替えてエフィーに問いかけた。

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