第189話~現実は残酷で~

 ドラゴンがどんな行動をとるか分からない以上、俺は急いで元の場所に戻る。木々が何本か倒されていたが、おかげで大した移動はしていないことが分かって一安心だ。



「【縮地】っ!」



 相手に見つかる前に大樹の幹を地面として踏み切り、勢いをつけて短剣でドラゴンの首を狙った。ガガガガッ、と地面を削るような音が鳴り、赤い鱗に傷を入れることには成功。



「あれで鱗を剥がしただけって、長期戦になりそうだ、これ」



 ポロポロと落ちる鱗と咆哮を上げるドラゴンを見ながら呟いた。ドラゴンは腕を振り上げて、俺を地面に叩きつける一撃が飛んでくる。


 後方に下がって回避し、叩きつけた腕をかけ登る。その行動にキッと瞳を歪めたドラゴンが腕を振り上げてぶん回した。


 俺は無理な体勢で上空に飛ばされないように予め自分からジャンプしておき、無防備なドラゴンの脇を狙って短剣の一撃を加える。


 腕の付け根まで鱗は着いていない分柔らかいな! 体長も大きな3階建ての家ぐらいしかない。ドラゴンの中じゃ弱い!


 木々を地面と見立ててピンポン玉のように飛び回り、鱗のない部分を的確に切りつけていく。この森の中じゃお前の巨体は活かせないよ!


 だが、ドラゴンも尻尾を乱雑に振り回し、俺が使っている木は次々に倒していく。一気に片づけられるブレスは使わない。そんな暇あったら俺が好きに攻撃するし自らにもダメージがいくからな。


 当然、翼を広げて飛んで逃げる暇も与えない。逃がさないよ。エルフ達の元に行かないよう、確実にここで殺す。



「はぁぁっ!」



 鱗の剥げた部分にも切り傷をつけ、軽い出血状態に持ち込む。子供の地団駄のように暴れるドラゴンが殺意の灯った瞳を俺に向けた。その瞬間に真っ直ぐ跳躍。


 短剣をレイピアのように突き出し、ドラゴンの目を抉りとった。うわ、グロい……! とっさの拒否反応で地面に目玉を振り捨てる。



 ギャァォォォッ!!!



 咆哮を上げた、怒り狂うドラゴンの隙を見逃さず再び攻撃を仕掛ける。しかし、幾重もの切り傷が付いてもドラゴンは倒れなかった。



「ちっ、倒れねぇ。……っ! おい待て、何しようとしてる?」


 

 ドラゴンは出血でまともな意識は無くなり錯乱状態に陥っていた。だからあえて封印していた大きな隙を見せるブレスを放つ動作に俺も戸惑う。



「自分を巻き込む意識もないのか!? 【縮地!】!」



 ブレスをされれば至近距離の俺はもちろん、最悪ララノアちゃんへ熱風や炎の余波が行く可能性も0じゃない。



「【縮地】! ……【縮地】っ!」



 最高速度の連撃を叩き込み、ブレスの発生を止めさせなければ! 何度も喉元を攻撃してブレスの発生を阻止してはいるが、間に合うのか……?



「はぁぁぁぁっ!!!」



 俺の握った短剣の一撃がドラゴンの喉を切り裂いた。カッと光り輝いたと思った瞬間、ドラゴンの口元なら巨大な爆発が起こり俺は吹き飛ばされた。



「っと」



 体をバネのようにして受身を取りすぐに起き上がって状況を確かめる。ドラゴンは喉を中心として肉体に穴が空き、剥がれた鱗は焼け爛れていた。止血にはなってるな。


 それでもドラゴンは俺に目を付け、首を伸ばして噛みつき攻撃を仕掛けてくる。既に意識は朦朧もうろうとしているので、本能がそうけしかけたのかは分からない。



「あぁぁぁっ!」



 もはや体重を支えることすら出来ず倒れるように繰り出された噛みつき攻撃に、俺はドラゴンにも負けない咆哮を上げながら一香さんから貰った短剣で首を中心に何回も斬りかかった。


 ドスン、と力尽きたドラゴンの屍が地面に横たわる。この強さ……A級モンスター辺りだな。俺は喜びを噛み締めるようにグッと拳を握りしめた。


 勝てた……1人でも、ドラゴンに勝てたっ! 果てしない高揚感が自分を包み込む。一香さんも喜んでくれるかな? そう思い短剣を見た次の瞬間、パキッと音を立てて短剣は折れた。



「ぁ……。そっか、そうだね」



 刃は中心から綺麗な線が入って折れていた。もうこの短剣は寿命だと、お前にはもっと相応しい武器があると言わんばかりに……。


 武器は消耗品だ。一香さんに1番良い奴を送ってもらったが、俺は3年ほどこの短剣を使い続けていた。思い入れは当然ある。溶かして再利用する形も考えてはいたけど、こいつはこのまま眠らせてやりたい。



「……ありがとう。でも、綺麗に治してお供えはしよう。それよりも他に襲撃は起こっ──っ!?!?!?」



 折れた刃を仕舞い、ララノアちゃんの元に戻ろうとした時、俺の勘が全速力でその場から離れろと告げた。


 頭では普通に興奮していてほとんど真っ白な状態だった。しかし体は覚えていた。全力で地面を蹴って前に飛ぶ。その直後、1匹のドラゴンが俺が先程までいた場所に舞い降りた。


 そのドラゴンの着地した勢いだけで木々が吹き飛び、俺も当然のように遠くへ叩きつけられた。体のあちこちが痛い……っ!


 顔を上げて思わず見惚れた。先程まで戦っていたドラゴンの何倍も巨大で、神秘的としか言いようのない純白の鱗。まるで龍の神……そう言われても信じてしまいそうだ。



『……』


「っ……」



 そのドラゴンの意識が俺に向いた。ゾッとして全身から汗が吹き出し始めた。こんな感覚は初めて……いや、二重迷宮でエフィーに出会うちょっと前……死にかけていた時と似たような感覚だ。


 目の前のドラゴンは死、そのものだった。体がピクリとも動かない。逃げる気力も無くなってしまった。ゆっくりと捕食されていようが叫び声すら上げられない……そんな感覚だ。



『……ギロは逝ったか。だから言ったであろうに……』



 その白いドラゴンが口を開き、言葉を発した。ギロって……あぁ、さっき俺が殺したドラゴンの事だな。


 内心で冷静に分析していると、再び白いドラゴンの瞳がこちらに向けられる。ぁ……やばい、殺される。



「……嫌だ、死にたくない。だってまだ……穂乃果に謝ってない。水葉の声を聞いてない。……好きな人と約束したんだ、気をつけるって。こんな所で、死ねない……!」


『……お前は──』


『ソラ! 離れよ! 【迅風弓射じんぷうきゅうしゃ】ッ!』



 俺に話しかけようとした白いドラゴンが何かを言い終わる前にサリオンさんの声が聞こえ、最初に見たドラゴンを屠った一撃が放たれる。


 白いドラゴンは振り払うように腕を動かす。それだけでエフィーが大技のように言っていたサリオンさんの【迅風弓射】は、僅かながら白い鱗の1枚に傷を入れただけで霧散してしまった。



『ふむ、まだこれほどの実力者が残っていたとはな……』


『ソラ! 逃げろ! 逃げるんじゃ!』


「……っ! はい!」



 圧倒されていたがサリオンさんの言葉で意識を取り戻す。そうだ、今の俺は武器もない。サリオンさんの足手まといにしかならない。



『ソラ……これを。皆のことは任せた!』


「っ……はい!」



 サリオンさんから何かを受け取り、返事をして急いでその場を離れる。サリオンさんと白いドラゴンが向かい合った。俺はこの後の結末を見なくても予想できる。それでも足を止めずに走り続けた。


 あの言葉は、別れの挨拶だ。全然現状は把握出来てないが、あの白いドラゴンが敵で、サリオンさんより強いことだけは理解出来た。



「主っ!」


「エフィーっ! 良かったちょうど良い! 説明を頼む!」



 遅れて現れたエフィーを見て顔が綻ぶ。エフィーは簡単に説明を始めた。と同時に激しい衝撃が発生し始めた。サリオンさんが戦いだしたのだろう。


 エルフの人々は広場にいた全員……ララノアちゃんも含めて探索者のみんなと共にゲート前に避難しているそうだ。



「エルフの奴らは我を通じて向こうの世界に避難できる! 主も往くぞ!」



 なんて初耳の事実も聞こえたが、精霊のエフィーや使徒の北垣さんが自由に出入りしていた時点で今更感が満載かもな。



「分かった。でもそれならサリオンさんも──」


「あやつは置いていく」


「なっ、なん──」


「サリオンの奴を向こうの世界に送る余裕はない。そんなことをしていれば、光輝龍こうきりゅうレンドヴルムの奴まで来てしまうのじゃ!」



 光輝龍レンドヴルムってのがさっきのドラゴンの名前ってことは分かった。その強さと、ここでサリオンさんを待つ危険性も……。



「なら、契約の上書きを頼む!」


「……分かったのじゃ」



 俺の頼みにエフィーは冷たい目で了承してくれた。これで強くなった俺も一緒に戦えば、少しぐらい勝機も見えるはず。


 ササッと慣れた手つきで血の契約を済ませる。体にビリビリと電気が走ったような感覚はあったが、契約が失敗したとは思えなかった。



「完了じゃ」


「よし、これでサリオンさんと──」


「早く逃げるぞ主。今なら万が一にも追いつかれることもあるまい」



 無慈悲とも思える言葉に俺は絶句する。いや、あのドラゴンは強さを見るまでもなく圧倒的な格上だ。でも……。



「い、嫌だ! だってサリオンさんは……師匠なんだ! 決めたんだ、強くなって全員を守るって。それなのにこんなすぐに、師匠を2度も失うなんて絶対嫌だ!」



 俺は過去を乗り越えた。強くなった肉体に対して脆弱だった精神力も上がったと思う……なのに、今度は肉体の方が足りないとか、そんなのって無いだろ!



「甘ったれるでないわ!」



 そんな怒声と共にビンタが飛んでくる。ほうけた顔でエフィーを見ると、涙を堪えながら俺を睨みつけていた。痛くないのに、頬からは自然と熱が発せられた。



「奴は戦士長じゃから、師匠じゃから弟子である主に託したんじゃ! その想いと今まさにしておる行いを無駄にするでないわ! 悔しいのならもっと強くなれ! じゃからあやつの想いを汲んで今は逃げるのじゃ! そんな事すら出来んのなら、主は弟子失格じゃっ!」



 胸ぐらを掴み、激しく声を上げるエフィーに俺は呑まれた。悔しい……何も言い返せない俺自身が憎くなる。



「わ、分かった」



 小さく呟き、俺は再び走り出した。激しい戦闘音が鳴り止まないうちに、速くなった足がもつれそうになりながら……。



「……サリオンの奴にはこう言えと伝えられたぞ。『ソラが保留にしておった借りの件、これで返したことにしておいて構わんよな?』と」



 エフィーの言葉でサリオンさんとの模擬戦前に譲歩した出来事が頭の中に蘇る。


 ちょっと生意気なことを言ってきたエルフのカランシアとの一騎打ちを受け、その際に俺がエフィーと契約しているとエルフ達に公の場でバラされた時のことだ。


 冗談で貸しひとつですよ? と言ってみたらサリオンさんは了承してくれた。その際に俺は要件を保留にしておいた。だって特に何も頼む必要は無かったから、このまま有耶無耶になると思っていたのに……!



「そんなの、あなたには返しきれない恩が沢山あるじゃないですか……っ。なんで、なんで俺に託すんですか……っ? あぁぁぁぁ……!」



 サリオンさんとの短くとも深いこの1ヶ月間が頭をよぎる。目から自然と涙が溢れ、頬を冷たく流れ落ちた。


 そのどうしようも無い感情を吐き出すように、俺の叫び声はサリオンさんの死闘による戦闘音の中でもよく響いた。

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