第188話~襲来~

「……りゅ、龍王の配下達じゃ。このままでは、我らも含めて全滅じゃぞ!」


「っ!?」



 ドラゴンを見たエフィーの口から、信じられない言葉が発せられる。何だよ、王と使徒の次は龍王の配下? 次から次へと訳分からない化け物みたいに強い奴が出てきて頭が混乱中だよちくしょお!



「……おい、あいつ何やろうとしてる?」



 もう少しで里にたどり着く時に、ドラゴンの瞳は旋回しながらエルフの里を目標に定めたように見えた。喉元が光り、顎を大きく引き出した。俺の予想じゃ……。



「っ! ブレスが来るのじゃ!」


「やっぱそうかよクソが! 【縮地】!」



 エフィーの言葉は俺の予想通りだった。悪態をつくも現状は解決しない。【縮地】を使って瞬間的に速度をあげるも、ブレスを止めるには手遅れだ。


 このままエルフの里が、周囲の森が焼かれてしまう。頭の中にその景色が思い浮かび恐怖した。親しい人達もみな、あの一撃に殺される。そんなのは絶対に嫌だ! 心の中で叫ぶ。



『【迅風弓射じんぷうきゅうしゃ】っ!』



 しかしその願いは届かず、終わった……そう思った瞬間にそれは出現した。突如として現れた渦巻く風で造られた弓。


 そこからバリスタのように巨大な矢が生成。目で追うことも不可能な速度で放たれ、ブレスを放とうとしていたドラゴンの翼を貫いた。


 鳴き声を上げながらドラゴンが地面へ墜落していく。その巨体から落下地点から離れた俺にもその衝撃は伝わった。



「今のは……?」


「恐らくサリオンの精霊魔法じゃろう。とっさとはいえ、あんな大技を使って大丈夫なのかの?」


「やらなきゃ大勢が死んでた。感謝しかないね」



 里に着くと慌ただしくエルフ達が動き回っていた。エルフの戦士たちは弓などを装備し、非戦闘員は広場に集結していた。



「篠崎さん!」


「大地さん! 状況はどうなってますか?」



 広場には探索者のみんなも集まっていた。全員が不安げな表情を浮かべてはいたが、ドラゴンを見たにも関わらず絶望には染まっていない。サリオンさんの一撃がこんな所にも効力を及ぼしていたのはラッキーだぜ。



「初芝さんによれば、戦士長のサリオンさんを含めた戦士達が一撃を与えたドラゴンに攻撃を仕掛けるそうです。我々は何かあった時の不足事態に備えた予備戦力として待機とのこと」



 エルフの言葉が分かる琴香がマスターである大地さんにその事を伝えたらしい。予備戦力と言っちゃいるが、指揮系統に不備が生じないための方便だろう。まぁ言葉が通じないんじゃそれも当然か。


 最上のおっさんは子供達にしがみつかれていた。言葉は通じなくても、怯えている子供の頭を撫でて安心させようとしている。


 琴香さんは先程の衝撃で怪我をしたエルフがいたらしいので魔法を使っていた。他の人たちも各自で動き回り、何かしらの役割を全うしようとしている。来た初日じゃ考えられなかったな。



「篠崎さん、北垣さんはどうしたんです?」


「あ、後で詳しく説明しますが、無事に生きています。安心してください」



 絶対に問いかけられると思っていたので、早口で即席で考えた案を述べる。後で死んだことにするつもりだが、今は余計なことを考える余裕はない。


 あまり納得はしていない表情だったが、それも俺の人徳おかげか有耶無耶には出来た。



「空君、サリオンさんからの伝言で、すぐに来て欲しいそうです。ヘレスちゃんとアムラスさんも同じ場所に居るようですよ」


「ありがとうございます琴香さん!」


「空君、なんだか嫌な予感がします! 気をつけてくださいね! ちゃんと戻ってきてくださいね!」


「はい、約束です!」



 琴香さんからの言伝に感謝し、琴香さんと約束をしてから俺はドラゴンが墜落来た場所へと向かう。


 サリオンさんが来て欲しいのは俺と言うよりエフィーの方だろうな。みんなの手前、俺を呼び出してくれてるようだ。



「お待たせしました!」


『ソラ、すまんがエフィー様と話をさせてもらうぞ』



 着くと早々にサリオンさんがエフィーを連れ去ってしまった。いや、エフィーも同意してたから別にいいけどさ。


 先程のドラゴンは既に息を引き取っていた。元々サリオンさんの一撃で瀕死状態だったところをエルフの戦士達に襲われては一溜りもなかったのだろう。



『ねぇソラ、ララノアはちゃんと避難できていたかしら? 人見知りで父上の家に閉じこもっていなければ良いのだけど』


「……そう言えば、広場にはいなかった」


『嘘だろ!?』


「探してくるっ!」


『お願いするわっ!』



 ヘレスからの一言で俺は再び道を引き返した。サリオンさんが必要なのはエフィーだからいる必要は無いよな。ヘレスだけじゃなくアムラスにも託されたんだ。急がないとっ……!


 広場に軽く目を通すも、ララノアちゃんは見当たらない。琴香さんに確認を取ると、怪我人が思ったより多く手が離せないそうだ。顔見知りで言葉が通じる俺が族長の家に入る。



「ララノアちゃんいる~? 空だけど、お姉ちゃんの代わりに迎えに来たよ!」



 声を出しながらララノアちゃんが居そうな場所を探していると、小さな足音が聞こえた。そちらへ向かうと、ララノアちゃんが現れて俺を観察するかのように見つめてきた。



「良かった、怪我はない? お姉ちゃんじゃなくて悪いけど、ほら行こ。広場に居ないと危ないから」


『……でも、ララノアが広場に行って大丈夫なの? きっと他のエルフの人達、嫌な顔するもん』



 予想通りか。公的にララノアちゃんは普通のエルフとして扱われるが、今までの扱いからかまだ大半のエルフとは心の溝がある。


 肌や髪の色も、生まれた頃からの白紫色に褐色に変化は見られない。その事を恐れているのだろう。それならここで俺と一緒にいれば大丈夫かもしれないな、と考えた。


 ドラゴンはサリオンさん達がもう倒した。直に避難勧告みたいなのも解除されるだろう。安全面を考えてここにいても問題はない。



「……じゃあ、お兄ちゃんと一緒にここでお姉ちゃん達が帰ってくるのを待ってようか?」


『……うん。ごめんなさい』


「謝る必要なんてないよ。そういう時はありがとうって言われた方が俺も嬉しいな」


『あ、ありがとう……』

 


 人ひとりが間に入るぐらいの幅を開けてララノアちゃんと床に座る。チラチラと俺の方を見てきて、俺が視線を向ければ顔を背けられる。お兄ちゃん悲しいよっ。


 そう言えば、あと1時間もしないうちにゲートが使用可能になる。地球では少しの時間しか使用できないらしいが、こちらでは時間が何倍になっているので多少の余裕はあるだろう。


 ドラゴンももう居ない。ララノアちゃんと軽い世間話でもしているうちに誰かが呼びに来て、軽くお別れをしてさようならだ……。



「ララノアちゃん、何か聞きたいこととかある? それか聞いて欲しいことでもいいけど」


『えと、じゃあ──』


「っ! 伏せて!」



 俺の問いかけに答えようとした瞬間、俺は勘でララノアちゃんの言葉を遮って守るように抱き抱えた。直後、激しい衝撃が族長の家を襲った。


 衝撃で外に投げ飛ばれた俺はララノアちゃんを抱えながら体を地面に何度かぶつけて起き上がる。結構痛いんだけど!?


 すぐに半壊した族長の家に眼を向ければ、そこにいたはドラゴンだった。サリオンさんが倒したのとはまた別の種類。ギョロリと黄色い瞳が俺たちを捉えた。



『ひっ!』



 まずい、ララノアちゃんも狙われている! つうか、なんでドラゴンがいる訳? ……あぁクソ、そう言えばエフィーは『竜王の配下達』って複数形で呼んでたわ!


 ならサリオンさんとの話し合いは今後の対策だったわけで……いやそんなこと考えてる場合じゃないっ!


 黒光りする巨大な爪が俺たちに迫ってくる。一撃でも喰らえば真っ二つだろう。慌ててララノアちゃんごと跳躍して避けた。


 どうする? ララノアちゃんを抱えたままじゃ戦えない。安全な場所に行こうにも、ドラゴンがついてくる。サリオンさんが来るまで時間を稼ぐべきか?


 いや、ドラゴンが何体いるのか想像もつかない。ここじゃ俺は近接での単体戦力としてなら2番目に強い。援軍は期待できそうにないな。なら……!



「【縮地】っ!」



 とりあえずララノアちゃんを避難させないと話にならない。ドラゴンがどんな行動をするのか予想がつかないが、そんな仮定より今はララノアちゃんの安全が優先だ!



「ララノアちゃん、お兄ちゃんはドラゴンを倒すから、ここに隠れていて」



 俺は【縮地】でドラゴンの視界から消え、ララノアちゃんを安全だと思う場所に下ろした。倒すと言ったが、ドラゴンはS級迷宮のモンスター。


 わかりやすく言えば、幻影迷夢じゃ話にならないし、二重迷宮で松原さんを噛み殺した狼型のモンスターと同レベルかそれ以上。



『だ、ダメ、危ないよ。戦士長が来るまで、一緒に隠れてちゃダメなの?』


「……大丈夫。勝てるさ、俺は精霊王の契約者だから」


『っ!? 精霊、王の……?』



 ララノアちゃんがしがみついていた手を離す。そう言えば精霊と契約したことはエルフなら知ってるけど、精霊王の事はサリオンさん、クルゴンさん、ヘレスとアムラスぐらいだったな。



「じゃ、行ってくる」


『ぁ……が、頑張ってねっ!』



 ララノアちゃんから最大級の鼓舞を受けながら、俺はドラゴンへと向かって行った。

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