第187話~使徒~

 鋭い瞳で目の前の北垣さんを見つめて尋ねる。俺の言葉は小さいものだったが、それはよく響いた。1枚の葉が枝から放れ落ちて、柔らかい地面に着く。



「ふむ、何者とはまた抽象的な質問だね。社会的な地位でいえばD級パワー系探索者、北垣超時きたがきちょうじだが」


「俺がそんな答えを望んでいると思いますか? ……俺には2人から情報提供が成されています。その情報によれば、あなたは人間ではないことになる」



 琴香さんとサリオンさんから告げられた情報を基に推測した考えを口にする。ははは、と気さくに笑いそうな北垣さんの表情が無になった。



「人間ではない、か。……そうだね、その通りだよ。僕は人間ではないんだ、篠崎君」


「っ! 認めましたね」


「あぁ。聞いておきたいんだが、何故気づいたのかな? その2人の情報提供者と、提供された情報が鍵を握っているはずだが」



 北垣さんは大した誤魔化しもせずにサラッと当たり前のことのように認めた。その質問に答えるべきかどうか迷う。



「……特級迷宮に入ってすぐ、俺たちはエルフたちと遭遇して戦闘に突入した。俺は見てませんでしたが、2人が見ていたんですよ。いや、正確には聞いていたんですよ」


「……あぁ。やはりバレていたんだね」


「えぇ。サリオンさんに倒される順番でご自身が指名された際、反論したそうじゃないですか。やられて途中までしか喋れなかったらしいですけど」



 声をかけられた本人であるサリオンさんと、1番最後まで冷静にその光景を見ていた琴香さんの2人からの情報がそれだった。


 琴香さんは緊迫感から来る思い違いや聞き違いと処理していたが、サリオンさんは明確に裏切り者と告げていた。言葉が通じるなんて、俺と同じ精霊の契約者と精霊である琴香さんだけだろう。


 もし仮に北垣さんが精霊や精霊と契約していたとしても、エルフの里に来て何も接触してこないなんておかしいとサリオンさんは述べていたしな。



「北垣さん、あなたは亜人ですか? 人型のモンスターですか? まさか、精霊自身かその契約者、って可能性も一応はあるんですが」



 確信的な質問を問いかける。北垣さんは先程からしていた無の表情から一転、ニヤリと笑いかけてきた。D級探索者とは思えない圧迫感に俺も気圧されかける。



『……はは、あはははは、人間? 亜人? モンスター? そんなものと一緒にするのはやめたまえ』



 空気が、そして何よりも北垣さんの声が変わった。今までの優しげで風格のあった渋めの声から、機械的なノイズの混じった変な声だ。聞き取りにくい。……でも、どこかで聞いた覚えがある気がする。



「主、気をつけろ!」


「エフィー、そんなにやばいのか?」



 ポケットに隠れていたエフィーが現れる。緊迫した表情で俺の肩に乗り、北垣さんを睨みつけていた。もしもの時のために潜ませていたが、そのエフィーが直接姿を表して警告してくるほどの存在って事かよ!


 俺はてっきりサリオンさんにやられるぐらいだから、自分でも倒せると踏んで問いかけたのに、計画が早速狂いだした!



「お主……まさか、使徒じゃな!?」


『あぁ、その通りだよ。稀代の愚王と呼ばれた最弱の精霊王エフィタルシュタイン。私は王の使徒だ』


「何故、何故じゃ! 使徒が何故向こうの世界におった! 第一に貴様らは関わらないと、王が告げていたではないかっ!!! 目的は一体なんなのじゃ!」



 息を切らすほどにまくし立てるエフィーに俺は困惑していた。見た限り、エフィーは北垣さんの正体? 使徒って存在を知っているらしい。


 使徒は王? と呼ばれた人の眷属に当たるのかな? エフィーの言葉通りなら、彼らは俺たちと出会うような存在ではなかったことになる。


 エフィーに対して蔑称めいた呼称で呼んでいた事も気になるが、分からないことが多すぎる。だが一番最初に聞くと決めていたことを俺は口にする。



「待ってください。あなたが使徒? という存在ならば、俺が今まで接していた北垣さんは全部あなたが人間を演じていた、と言う事なんですか? 出会ってから話したことも……」


『ん? さぁ、どうだろうね?』


『あの時……大牙狼の足止めをした際の忠告と感謝の言葉も……それに藤森の奴を無我夢中で殺そうとして、怒りに飲まれた時に俺を止めるために掛けてくれた言葉も、全てが……ですか?』


『……あぁ、忠告と感謝は君に歩みを止められては困るから。言葉を投げかけたのは、君が快楽殺人者にならないようにするためだよ。もし捕まりでもしたら計画がパーだからね』


『っ……』


『行動の意味は教えたよ。どこからが演技だったのかについては、君はどんな答えなら納得できるのかな?』



 北垣さん? 使徒? ……うん、これからは使徒と呼ぼう。使徒の言葉に苛立ちを覚えるも、相手は自分よりも遥かに強い相手だ。感情に任せてララノアちゃんの時のようになる訳にはいかない、と己を律する。



『そんな事より精霊王エフィタルシュタイン。まず、私はあなたの敵ではないよ。敵であるならあなたも、そこの契約者も生きていないだろうからね』


「抜かせ! 使徒の一柱ぐらい、精霊王である我ならば──」


『倒せるとでも思っていたのかい? 無理だよね。全盛期ならともかく、今の君は弱すぎるよ』


「っ……! 目的は、なんじゃ? それぐらい答えられるであろう? それすらも無理だと言うのなら……我の全力を持って、お主に重症を負わせる程度はできるのじゃぞ」



 俺もたまに向けられる琴香さんや氷花さんからの冷たい視線。それなんて目じゃないくらいにエフィーの言葉は、冷たく感じられた。



『う~ん、確かに君が警戒するのも分かるけど、少し落ち着いて欲しい。さっきも言ったけど、私は君たちの敵じゃない』


「確かに、王と使徒は一切手をつけないと約束しておったの」


『そうそう。どっちかと言えば、王と使徒は君たちの味方になるね』


「なんじゃと? どういう事じゃ?」



 エフィーが眉をひそめて問いかける。とりあえずできる限り情報を覚えておいて、後でエフィーに聞くしかないな。ひとまず俺は黙っておこう。



『精霊王の契約者、篠崎空。伝言は聞いただろう?』


「は? 伝言だと?」


「貴様! 空に何をしたのじゃ!」



 そう思った矢先に使徒から訳の分からない事を確認される。戸惑っていると、エフィーが俺を庇いながら怒鳴りつけた。



『夢、見ただろう?』


「夢? ……あ、あぁっ! あの時の夢、あれかっ!」



 使徒の言葉で俺は思い出す。どっかで聞き覚えがあると思ったら、D級迷宮で藤森と戦って、琴香さんの名前を呼ぶようにした日に見た夢。


 その夢の中で合成音のような声を聞いていたけど、目の前の使徒の声は、あの時の声と同じだった。つまり……。



「……使徒さん、あなたが俺に『強くなれ、そうしなければ世界が滅ぶ。精霊を上手く使え。あとはお前次第だ』と、そう伝えてきた人だったんですね?」


『あぁ、その通りだとも』


「いや主、それ初耳なのじゃが!? なぜ伝えなかったのじゃ!?」


「だって夢の内容を伝える必要性があるとか思わないじゃん!」



 使徒から確認は取れた。エフィーは変わらず叫んでいたが、そんなどうでも良さそうだった過去のことを言われても仕方がない。



「使徒さん、なら余計に教えて欲しいことが増えましたよ。エフィーの言う通り、異世界の迷宮に住んでいるべきはずの者がなぜ俺たちの世界にいたのか。エフィーの言う関わらないとの約束はどうなっているのか。なぜ強くなれと俺に伝えたのか」


「空の言う通りじゃ。使徒、さっさと答えを言うのじゃ。さもなくば我自身とこの里にいる闇の大精霊を含めた全ての力を結集させてでもお主を討つ!」


『あはは、それなら確かに相打ち程度には行くだろうね。しかしそのためにあなたと大精霊が死ぬなんて、リスクとリターンが桁違いだよ? と言うかいい加減に敵ではないと何度伝えれば良いのか……』



 エフィーからのキツめの言葉に、使徒はポリポリと頭をかいて悲しげな表情を見せる。その表情に一切の悲しみがこもっていない事はお見通しだが。



「さっさと我の問いに答えんからじゃろ!? 被害者ズラするでないわ!」


『それもそうだね。じゃあ端的に。王は君、つまりは精霊王側に着くことにしたんだ。だから私は君たちの世界にいた。強くなれと伝えたのは──おや?』


「っ!? 今のは、まさか……!」


『うん。ごめん、時間のようだ』



 途中まで喋っていた使徒とエフィーが急に明後日の方向を見た。同時に何かを感じとったらしい。使徒は残念そうに両手を合わせて謝ってくる。



「なっ!? い、今のは貴様の差し金かの?」


『まさか。思った以上に早く見つかったみたいだね。残念だけど、私は失礼するよ』



 何が起きてるかは分からないが、使徒はジャンプして木に飛び乗り、その場を去ろうとしていた。



「お、おい! 我の味方をするのなかったのかの!?」


『王はあくまで傍観者だったのを、少し手助けする程度に変更しただけなんだ。直接の手助けはしない主義らしい。ここを助けるのは過干渉になってしまう』



 使徒の言葉に引っ掛かりを覚える。なんなんだその王って奴は? まるで俺たちに自分からの助言をハンデとして与え、ゲームを成立させようとしているような感覚だ。



『それと精霊王、王は自体を重く見て時間軸を同じにしたようだよ。うん、これでとりあえず最低限の情報は伝えたね。じゃあばいばい、精霊王エフィタルシュタインとその契約者、篠崎空君。できる限り強くなってね』


「なっ、待っ──」



 エフィーが呼び止めようとするも、使徒はそのまま消えてしまった。……え、どうしよう。敵対するなら倒して、友好的ならお互いの素性を話して友達になるつもりだった。


 でも実際はエフィーと一筋縄では行かない関係を持っていて、そのままどこかに消えてしまった。他のみんなにどう説明すれば良いだよ!!!



「あ、主! 今はすぐに全員を避難させるのじゃ!」


「了解だエフィー」



 使徒が居なくなった事を悔しがっていたエフィーが直ぐに感情を切り替えて、俺にそんなことを告げてくる。


 使徒とエフィーの先程の会話から考えて、何かヤバいのが来るらしい。すぐに里の方へ向かい出した。



「所で避難って、一体何が起こるんだエフィー?」


「ひとまずサリオンの所に向かってほしいのじゃ!」


「それは分かってる! 何が起こってたのか、起こってるのかはサッパリだ。けど何が起こるのかは教えてくれ!」



 エフィーは状況を把握しているがゆえの焦り、俺は何が起こっているのか分からないことへの焦りからキツイ言葉を言い合ってしまう。



「あ、あ奴らが来るのじゃ……」


「あ奴らって? 確か聖戦で戦った人達のこともそう呼んでたけど、そのあ奴ら?」


「そうじゃ。さきほど我の索敵に引っかかった。多分じゃが、サリオンの契約精霊、風の精霊ソロンディアも気づいておるじゃろうな」



 なるほど。そのあ奴らが来たことを使徒とエフィーは察知して、使徒の方は逃げたってことか。



「で、あ奴らって具体的に──!?」


 ギャォォォォンッ!!!



 突如、謎の音……多分、なにかの鳴き声によって俺の言葉が遮られる。鳴き声の方向を見て唖然とした。何メートルもある巨体に、その倍以上の翼を持つモンスター。


 そこには特級迷宮、A級迷宮の迷宮主、もしくはS級迷宮でしか存在が確認されていない、ドラゴンが飛んでいた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 今回出た北垣さん関連の伏線は95話で書かれています。気になった方は是非読み直してみて下さい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る