第190話~サリオン~

 エルフの森は既に戦火に見舞われておった。木々は倒れ、天気は雨が降り出しそうな曇り空となっておるな。



『ふぅ、どうやら無事に言ったようじゃな』


『そのようだな』



 ワシの言葉に龍王直属の配下である三大龍将の一角、光輝龍レンドヴルムが返事を返した。やはりソラ達がゲートを通った事に気づいておるの。


 先程までのはただの暇つぶし、遊びだったというわけじゃな。ワシ自身は精霊魔法まで使って本気じゃったというのに……。



『して、お主らがここに現れたのはやはり異界の門が開いたことが原因かの?』


『然り。何者かの気流操作によって捜索は難航し、こうして1ヶ月ほどの時間を無駄にしてしまったが、我らはこうして残党の里を潰すことに成功している』



 ワシの契約精霊であるソロンディアのお陰で何百年と隠れ潜んでおれたが、それも異界の門のせいでバレたと言う訳じゃな。


 いや……いずれバレてはおったじゃろう。それならば、少しバレる時間が早めに来ただけ。むしろ精霊王様とその契約者のソラと出会い、エルフの大半を信頼できる人物に預けられたのは僥倖ぎょうこうじゃな。



『じゃが、エルフは大半が異界に逃げたぞ? 良いのかの?』


『然り。エルフ共はすぐに異界の連中に殺されているであろう。我がこうして強者と戦うことの方が重要である』



 レンドヴルムの奴がワシを興味深そうにじっと見つめてくる。



『ほっほっほっ、久しぶりに見たせいで異界の連中の風貌を忘れたのかの? お主が見逃した先程の男を覚えておるか?』


『……ギロを殺した強者だ。しかし我を前にして怖気付き、戦えるほどではなかった……いや、そなたの発言、先程の男、もしや……』


『あれは異界の連中じゃ。知らんかったとはいえ見逃してくれて感謝しとるぞ』


『……これは失態だな』



 やはりソラ達人族がいることすら認識しておらんかったか。まぁ、極論人族はこちら側全員の敵みたいな認識じゃから仕方あるまい。



『……犯してしまった失態についてはどうでも良い。所詮、我と戦う実力もない程度の強者だ』



 レンドヴルムが興味を失った言葉を出した時、新たに2頭のドラゴンが上空から現れおった。ワシが最初に倒したドラゴンよりも格上じゃな。一対一で精霊魔法を出せば倒せるかどうか、ぐらいかの……。


 この里を襲ったドラゴンは三大龍将を含む五体のドラゴンか。全く、過剰なまでの戦力じゃな。森を焼いたのはこの2頭かの……。



『お前たちは手を出すな。これは我の獲物だ』



 レンドヴルムの言葉に2頭のドラゴンは下がりおった。全く、慕われておるようで何よりじゃな。



『では改めて名乗らせてもらう。龍王直属の配下、三大龍将の一角、光輝龍レンドヴルム』


『精霊王の眷属、エルフ族戦士長、サリオン』


『それとサリオンの契約精霊、風の上級精霊ソロンディアだ』



 お互いが名乗り合いを終えると、わしの姿で頭上にソロンディア様が現れおってちゃっかり自分も名乗りをしよったわい。



『……そうか。貴殿に敬意を評しよう、サリオン。さぁ、本気を見せろ』


『言われんでもわかっとるわい、ソロンディア様』


『はぁ……【顕現】』



 精霊様の力を借りて発動させる魔法を精霊魔法と呼ぶ。【顕現】とは精霊様の真の姿を見せ、力を増幅させる精霊様にとっての切り札。


 ソロンディア様の体の大きさが何倍にもなり、先程まで微かに残った愛らしさはどこへやら、凶暴なお姿へと変貌なさった。



『【精装纏化せいそうてんか】』



 今度はワシの番じゃ。精霊魔法、その中でも精霊様自身をその身に憑依させ、一心同体となる【精装纏化せいそうてんか】は、その負荷に耐えきれず己の命を削り続ける秘技。まさに諸刃の剣と言えよう。


 ワシの体を空気の刃が漂い、辺りに容赦なく強風が吹き荒れる。全身を包み込むような暖かいオーラのような物も、目に見えるほどじゃった。



『では始めようかの』


『あぁ。お前たちは絶対に手を出すなよ』



 ワシは地面が陥没するほどに強く蹴り込み、レンドヴルムの腹を殴り付ける。【迅風弓射じんぷうきゅうしゃ】ですら鱗の1枚に傷を入れただけの威力だったのに対し、その殴打は鱗をポロポロと剥がすほどの威力に進化しておったわ。


 そのまま跳躍してアッパーでも打ち込もうとしたのじゃが、飛んだタイミングで尻尾のフルスイングが横から直撃し、そのまま木々を薙ぎ倒しながら吹き飛ばしおった。



『強い、痛い! ……こんな感覚、久しぶりだ!』


『プッ……全く、年寄りは労らんか』



 喜びに震えるレンドヴルムに対し、ワシは口の中の血を吐き捨てながら文句を垂れる。ふぅ、やはり精霊様と同化して命を削っても勝てる見込みはないのぉ。



『往くぞ! サリオン!』


『ふっ、来い……』



 巨大な翼で空へと羽ばたいたレンドヴルムが、滑空して上空から迫って来おった。ワシは精霊魔法を駆使して迎え撃つ。


 今のワシに武器は必要ない。風の刃を飛ばして牽制したり、炎のブレスの軌道を変えて回避したり……そうして、何秒、何分、何時間が経ったじゃろうか……。



『楽しかったぞ、サリオン』



 気づけばワシは降りやまぬ雨の中、それでもなお燃え続ける森のぬかるんだ地面に仰向けで倒れ込んでおった。



『すまねぇ、サリオン……』



 同じく隣に倒れ込んだソロンディア様が、血を流しながら謝ってくるわい。



『何を、言っておるんじゃ。愚かなワシと、契約して下さり……ありがとう、ございました』


『はは……先に、逝くわ……』



 ソロンディア様は光の結晶となって徐々に消えていった。手のひらに残ったのは、彼が散らしたうちの1枚の羽だけじゃった。



『別れは済んだか。では、そろそろ終わらせるぞ』


『ふふ、はは……はぁ、最後に、1つ……いずれお主らを、倒す者が現れおる』


『……』


『名前は、ソラ……それだけじゃ』


『そうか……じゃあな、偉大な戦士長サリオン』



 レンドヴルムの奴はワシに向けて前足を振り上げ、そこに魔力を全集中させおった。確実に、ワシを殺すつもりじゃな。


 ぼーっとする意識の中、そう考えておると、その一撃がゆっくりと……ゆ~っくりと振り下ろされる。いや、ワシの意識が加速しておるだけじゃな。


 そして今までの記憶、思い出が滝のように溢れ出した。これが、走馬灯……はぁ、出来ればもっと生きて、そして皆に見届けてもらいながら死にたかったの。


 じゃが、ワシはもう既に託しておるんじゃ。ワシのような、聖戦では戦いに行くことすら出来んかったガキが、戦士長として他のエルフ達をまとめるなんて考えもせんかった。


 戦士となることも出来んかった臆病者のワシが、最後に次代の担い手たちを逃がすためにこの命を燃やし尽くすことになるなんて想像もせんかった。


 ここでワシの命が潰えようとも、ワシの遺した想いは引き継がれおる。そして、精霊王と契約者、ソラ……お主はいずれ、異界を守る最高戦力となるじゃろう。


 まっ、精霊王様が付いておるんじゃから当然じゃな。そんなお主らを育て、守り抜いたワシは、誇って良いんじゃろうか……。


 あぁ、分かっておる。皆、ワシももうすぐそっちへ行くぞ。待たせて、すまんかったの……。長い人生、最後にこうして役に立てて、良かったのじゃ……。



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 これにて三章は完結です。次回は幕間を更新致します。

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