第172話~VS幻影迷夢の幼体~

「せいっ!」



 幻影迷夢の幼体をまた一撃で斬り裂いた俺は、共に戦う氷花さんの頭上から襲いかかる幻影迷夢の幼体に向けて短剣を投擲する。


 ズシャッと気持ち悪い音を鳴らしながら短剣が刺さる。その勢いは留まるところを知らず、奥にある木にぶつかるまで飛び続けた。



「助かる……《氷弾》!」



 短剣を回収するために動いた俺を横から強襲する幻影迷夢の幼体に、氷花さんの《氷弾》が貫通する。



「ありがとうっ!」



 短剣を回収しながらお礼を告げた俺は、眠る琴香さんにヘレスやアムラス、サリオンさん達に群がろうとしていた幻影迷夢の幼体を斬り裂く。


 それにしても、身体能力が上がったりはしてないはずなのに動きがやけにスムーズだ。それも、氷花さんも同じように……。


 まぁ、それについてはある程度予想がついている。俺は過去に戻って一香さんとの僕の稽古をずっと見ていた。


 当時はすぐに分からなかった指導の意味や、一香さんの最適な動きをずっと見ていたのだ。それを実践で活かせない道理はない。


 氷花さんも同様の理由だろう。彼女もまた、一香さんに教えて貰った弟子なんだし、その時の記憶を見たのかもしれない。嬉しい誤算だ……ちなみに。



「共食いとかで数少ないって聞いてたけど、予想よりだいぶ多いな……」



 それが悪い誤算の方。幻影迷夢は成体になれば共食いをして勝った方が迷宮主となるので、数は雄と雌が1頭ずついることになる。


 この説明で紛らわしいのが、幼体も共食い自体はするという事。なのにこの数は予想外すぎる! 気持ち悪い……!


 血や遺伝子的に大丈夫なの? なんて心配は杞憂だぜ。だってどうでも良いし……知らねぇんだよ、言わせんな。


 俺は地面へと短剣に付着した幻影迷夢の幼体の体液を飛ばしながら小さくその事を愚痴る。このままあと1人~2人が起きるまで待つのは良いが……。



「1日超えるのはやめてくれよ~?」



 気分を害したと言いたげな目を木に張り付く幻影迷夢の幼体たちに向けて呟いた。



『ん、くっ……はっ!?』



 すると先程まで寝ていた1人の人物が起き上がる。悪夢から3人目の生存者という訳だ。



『…………そうだったなっ!?』



 少しの間ボケっとしていたアムラスだったが、周りを見て思い出したかのようにハッとする。過去から現在に戻ってきて意識が朦朧していたのだろうな。


 それよりも目覚めたのはアムラスか。サリオンさんだったなら1人で幻影迷夢に挑んで貰って、俺と氷花さんで残りのみんなを守護するつもりだったけど、このメンツじゃまだ不安が残るな……。



『おいソラ、俺は3番目かっ?』


「そうだけどっ?」



 すぐに弓で矢を放ったアムラスが俺と背中を合わせて尋ねてくる。



『ちくしょ、負けたっ!』


「いらん張り合いすんな! 戻ってきてくれるだけで御の字だわ!」


「空、集中……!」



 幻影迷夢の幼体を次々に殺しながら吠えていると、氷花さんが俺を睨みながら注意してくる……なんで俺だけっ!?



「っ、ごめん」


『いや、俺もすまん』



 お互いに謝罪をしてから幻影迷夢の幼体を一掃し始めた。その数分後、とりあえずアムラスが最後の1匹を射殺した所で襲撃は止む。



『はぁ、はぁ……とりあえず警戒は解かないまでも、一段落はついたってことか?』


「おそらくは。マジで数多すぎだろ……虫だから予測はしていたけどさぁ……」


「今日の、食欲……無くなった……」



 氷花さんの氷で冷えた冷水をゴキュゴキュと勢いよく飲みながら呟く。



「ぅ……ここ、は?」



 するとタイミング良く4人目の生還者が起き上がる。……琴香さんだった。琴香さんはキョロキョロと辺りを見渡して、俺を視界に止めると焦点を合わせてくる。



「ぁ、おかえり、琴香……」


「えっと、ただいま? です氷花ちゃん。どうやら寝ている間に襲撃されたようですね。守ってくれてありがとうございます!」


「当然。だって私、1番だったし……1番、だったし……!」



 氷花さんが最初に声を掛けると、琴香さんは何事も無かったかのように、いつもの元気さでお礼を告げる。


 すると氷花さんは微かにドヤ顔をしたかと思うと、同じことを2度呟いた。そこ誇る所か? 案外子供というか……いや、過去でずっとウジウジしてた俺が言うのもあれだけどさ……。



『これで4人って事は……幻影迷夢の成体討伐隊との守り手の二手に別れるって事だな』


「あぁ、俺は討伐隊が確定で、アムラスは──」


『俺は守り手でよろしく頼む。すまんが成体を相手にできるほどの実力は無いと思うからな……』


「了解。2人はどうする?」



 俺はアムラスの言葉を聞いて琴香さんと氷花さんの2人に、どちらが俺と着いてくるかを尋ねる。だが正直言って、どちらが来ても結果は変わらないとは思う。


 しかし俺でも事足りるとサリオンさんからは太鼓判を押されてるが、それでも不安があるのでもう1人、保険で来て欲しい程度だからな。



「氷花さん、私が行っても良いです?」


「え? 琴香、起きたばっかり……大丈夫?」


「えぇ。寝てばかりいたので、少しぐらい苦労は背負い込みたいです!」



 琴香さんは自分も働きたいと意思表示をする。確かにここまで来て悪夢を見に来ただけってのは気分的に嫌かもな。



「そう……じゃあ、空のこと、よろしく」


「はい、しっかり面倒は見ます!」


「あ、どうも見られます」



 俺の最後のちょっとしたボケは全員にスルーされつつも、討伐隊は俺と琴香さんに決まり、ヘレスとサリオンさんの守りはアムラスの氷花さんの2人に任せることになった。

 

 ……ふぅ、合法的に琴香さんと2人っきりになれた。正直、最初に目が合った時にすぐ謝るつもりだったけど、周りの目があるから自重していたんだよな。


 けど、幻影迷夢の成体を倒すために奥に向かうまでの道中で喋る機会を得られた。ちょうど良かった……もしかして、琴香さんも悪夢で過去の俺と会って、それで無理やり着いてきたのかもしれないな。



『すまんなソラ、元々エルフの問題なのにエルフの2人だけ足を引っ張っちまって……』


「気にすんな、お互い様だ。その代わりに俺がヤバい時にはサリオンさんに助けてもらうつもりだからな?」


『ははっ、そんな日が来る確率ってどんだけだよ!』



 アムラスの顔が申し訳なさそうに曇っていたので冗談で和ませると、1ヶ月と経たないうちに俺が助けを求めるようなことが起こるなんて有り得ない! と言いたげな返しをしてくる。


 1ヶ月ってのは特級迷宮にいる予定で、既に半分ほどの日数を消費している。さらにそんな確率は低い事になるな!


 ……ヘレス達と一緒に居られるのも、あと半月程度だけか……。結構、想像してみると寂しく感じるな。



『頼んだぞ!』


「任せろ!」



 そう言って俺と琴香さんはさらに森の奥へと進んで行った。



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今日と明日は平日です。俺と本作の読者に予定なんてあるはずがない!あってたまるかっ!!!

もう一度言います、今日と明日は平日です。

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