第171話~琴香の展望~
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1番私が求めていた空君が居ないと分かった時の絶望感が私を襲い、次と瞬間に視界が暗転……謎の空間に移動させられていました。
「…………悪夢はあれで終わりですか?」
「あれ、気づいていたの?」
「私ですよ? 私’の気配ぐらい分かります」
後ろにいる私’とちょっとした会話を交わしてから振り返ると、そこには幼い頃の私’が立っていました。
「それでどうだった? ……って聞くまでもないね」
「えぇ。確かにおじさんに裏切られ、お母さんに要らない子と言われ、救いを求めた空君が居ない時の絶望感は、今思い出しても怖いです。ですが……」
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迷宮崩壊が起きてから5年が経ちました。お母さんとの口論の後、18歳までを児童養護施設で過ごした私は、19歳の誕生日に施設を出て探索者として働くことで現在は生活しています。
お母さんは精神を病んだ一種の鬱病と診断され、補助金で今もどこかで生活しているそうです。会いたいとも思いませんし、場所も聞きたくないですね。
会いたいと言えば……5年前にたった数回言葉を交わしただけの彼に、ですね。あの後、病院内を必死で探し回った私は彼が引き取られて言った事を知りました。
あれから1年ほどは何度も何度も彼を探したりしましたが、当然見つかりません。恐らく、京都ではない別のどこか遠くに引き取られて行ったのでしょう……。
そんなある日、探索者組合に向かった私をある青年が目に留まりました。ほんの少しだけ……彼とは身長も全然違う青年の後ろ姿が、彼に重なって見えたんです。
慌てて衝動的に追いかけると、外は雨雲1色。当然のように雨が降っていました。青年は空を見て、少し立ちつくしています。傘、無いんでしょうか? お疲れ様です。私も無いので同類ですね!
「……だかしかーし、ここにちゃ〜んと傘があるんだな、これが」
そう考えていると青年がバサッと折りたたみ傘を出しながら呟きます。声は思い出の中とは違いましたね。ですが私が聞いた声は声変わり前の可能性が大です。
……ですが、やはり私の勘違いでしょう。あの時会った彼は、こんなにもテンションの高そうな人ではありませんでしたから。しかし……なんでしょう? 私の勘が彼に話しかけろと言っています。
「ふえぇ、雨降ってます〜! どうしましょうか?」
私は勘に従い、わざと大袈裟に声を上げます。勘と言っても侮っては行けませんよ。おじさんに襲われた時にも働いてくれてたんですから。まぁ、勘違いと思って放置してたらあのザマでしたが。
青年はチラリと私の方を見ました。……やはり似ています……? いえ、チラリと目が合った程度だけではさすがに……もう少し確認しなければ。
「あ、すみません。どこまで行きますか?」
意を決して声をかけます。すると青年は何この子、いきなり話しかけてきたんだけど!? と言いたげな表情をしました。ふむ、やはりここまで感情表現も豊かではありませんでしたね。
「え、ちょっと向こうにある駅の方まで」
「あ……そう、ですか。反対方向ですね、残念です」
恐らく他人の空似でしょう。……さて、用事も済みましたし、急にグイグイと押しかけるのもおかしいですからね。本当は同じ方向なのに、私は嘘をついて諦める仕草をしました。そのままやり過ごそう。そう思った時です。
「はい、これ使って」
青年は、見ず知らずの私に使おうとしていた傘を手渡してきました。……この感覚は、なんでしょう? ただ傘を手渡されただけなのに、5年前の彼に、命を助けて貰った感覚に似ています……。
「え? でも」
とっさに断りの言葉が出てしまいました。騙している罪悪感からでしょうか? ……いえ、ただ騙している罪悪感などでは無いですね。
「僕はもう一本持ち歩いてるから大丈夫。安物だし使って」
心臓が激しく脈を打ちます。青年の言葉を耳にした私は、無意識で流れるように傘を受け取ります。しかし同時に、胸がすごくモヤモヤしてしまいました。
「えっと、それなら……あ、ありがとうございます っ! この御恩は決して忘れませんっ!」
この奇妙な感覚から逃れるために、私はそう言ってその場から逃げてしまいます。それでも最後にチラリと顔を確認しました。
そこで私は確信します。……やはりあれは、彼でした。声も雰囲気も変わり、身長も伸びていた彼ですが、優しさだけは変わらなかったようです。
この感覚は、自分の思い出との差異による困惑。それと彼に、再び借りを作ってしまったことによる罪悪感でしょう……。
このまま行ってしまってはダメなのに……5年も探し回った彼の元に、再び戻る勇気は今の私にはありませんでした。
だって……私は5年前からほとんど成長していません。劣悪な環境のせいで幼く見える私ですが、児童養護施設ではご飯もちゃんと食べれました。
しかし既に成長期は終わっていたのか身長は全く伸びず、成長したのはお母さん譲りのこの胸だけです。
そしてこの容姿を見ても、彼は何も反応しませんでしたから。……私のことなど、とうの昔に忘れているのでしょう。
確証はありませんが、ほぼ間違いなくです。……ここで今、確認のために戻って知らないと言われれば……そうなる事を恐れた私は、傘を返すという大義名分を成果としてその場から急いで離れました。
その後、探索者組合にちょこちょこ顔を出しましたが、あれ以降彼に姿は一向に見えません。……そしてその三ヶ月後、私は彼に再び再会することになります。
*****
「ですが……また、こうして出会えたじゃないですか。向こうには忘れられていましたけど。……ですが、忘れられていたならまた1から始めれば良いんですよ。だって私は、何度忘れられても、時間が経っても、絶対に空君を好きで居続けますから」
「そんなセリフ、よく真顔で言えるね。恥ずかしいなぁ」
「ふふん、それぐらい私の気持ちは重いんですよ? 当然、私の方が記憶を無くしたとしても同じです。何度だって私は空君を好きになります!」
早く悪夢から目覚めて会いたいですねっ!
「攻めてもの抵抗すら効かないかぁ……じゃあさ、昨日取り乱したのは何だったの?」
「おや、私’の癖に分からないんですかぁ? ……そんなの簡単です。私の愛が報われ無さすぎてちょ~っとキレただけですよ」
悪夢を見ると聞いた時、空君はおそらく迷宮崩壊のシーンを見ると予想しました。
なら少しでも私のことを思い出す可能性を上げるために、空君の記憶に強く残るようにあんな行動に出たんです。
少しでも関連していれば、思い出してくれるかもと一縷の望みに掛けたんです!
まぁ、思い出してくれなくても少しぐらい私のことについて悩めば、それだけ私のことを考えてくれる時間が増えますし万々歳ですよ!
「あんた、性格悪いわね」
「それを私’が言うんですか。だって私、お母さんの子ですから」
「て言うか嫌われる可能性は考えてなかったの?」
「嫌われても私は好きで居続けますし、また好きにさせてみせますよ?」
ほらあれですよ。1万年と二千年前から愛してますし、八千年経った頃にはもっと恋しくなって、1億と二千年後も愛してるはずです。
「重たい……やっぱ私って狂ってるわ」
「恋は盲目って言いますからね~」
「それ、自分で言っちゃうのね…………まぁ良いわ。最後に琴香……あんた今、幸せ?」
私’が今までの会話なんて無意味だと、この一言で全てが決まると言わんばかりの圧を持って問いかけてきます。その質問に、私は失笑してしまいました。だってそうでしょう?
「当然です!」
選択肢も何も無いんですから。
「そっ……ばいばい私。……二度と、戻ってこないでね」
私’のそんな優しい言葉を最後にして、視界が光に飲まれた。
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明日と明後日はさすがの作者も予定があるから更新は無しで笑…………嘘です普通に更新します。
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