第173話~溺れるほどの愛~

 俺と琴香さんは幻影迷夢の成体を倒して白霊草モーリュを手に入れるために森の奥へと進む。ちゃんと進んでいる方向は目印を付けて行っているので、帰る時に迷うなどの問題は無い。問題なのは……。



「…………」


「…………」



 この沈黙だ。いや、もうすぐにでも忘れてた事を謝るべきなんだろう。戦闘中もずっとモヤモヤした気持ち抱えてるのはダメだろうし。


 でもいざ琴香さんを目にすると、俺はビビってしまった。琴香さんは自分のことを忘れていた俺に対してずっと仲良くしてくれた。


 それなのに気づかなかった俺についに堪忍袋の緒が切れてあんな言い争いにまでなってしまったんだ。それを今更思い出したと言えばどうなるのか……。


 思い出してくれてありがとう、なんて都合の良い話は無いはず。殴られても文句は言えないし、どんな暴言を浴びせられても良い。 


 ただ……俺を悪夢から救ってくれた人にもっと嫌われたくないんだ。俺が忘れたままでいれば、この微妙な関係で済む。思い出したことを告げた時の琴香さんの反応が怖いんだ……。


 思考が楽な方へと寄っていく。……違う、ダメだ。逃げちゃダメだ……! 嫌われたくないから思い出したことを告げたくない、そんな自分勝手な思考が許されてたまるか。



「琴香、さん……1つ、話しておきたい事があるんです。早く幻影迷夢を倒さなきゃいけないんてすが、少しだけ時間、貰えますか?」


「……良いですよ」



 氷花さんやアムラスに悪いが、俺と琴香さんは歩みを1度止める。お互いに向かい合い、琴香さんはチラチラと俺の方を見ながら言葉を待つ。



「……記憶……5年前、俺は琴香さんと出会っていていました。悪夢を見て、それで思い出せました……ずっと、忘れていてすみません」



 ゴクリと唾を読み込み、若干声を震わせながら言葉を紡ぐ。さっきからずっと逸らしてた目は真っ直ぐに琴香へと向けられており、最後の謝罪の言葉と共に地面へと向かった。



「覚えていた人に忘れられる悲しみは、俺には想像もつきません。ですから殴っても悪口でも受け入れます。でもそうしたらその後は……忘れていた立場で言えた義理は無いですけど、また、仲良くしてくれると嬉しいです。俺は……琴香さんとまた一緒に居たいです!」



 あぁやべぇ、言い切った。いっぱい殴れ、罵れ。そしたら許してくれ。また仲良くしてくれ……こんなので琴香さんは許してくれるのだろうか?


 誰かに忘れられる苦しみは想像を絶するだろう。むしろ肉体的な痛みの方がある程度は楽かもしれない。だから俺は──。


 そこで俺の心の声は途切れた。パチンと音を立てて、俺の頬に軽い衝撃が走る。……いつの間にかそばに寄っていた琴香さんが、俺に平手打ちをしたからだった。



「ん~~、あんまりスッキリしませんねっ!」


「?」


「やっぱり私が何かをしたところでたかが知れますし……空君を虐めるより、空君が自分からはしなさそうなことをさせる方が良さそうです。わたし的にもそちらの方がWIN-WINでしょう!」


「??」


「という訳で空君、とりあえず私の事、抱きしめてみて下さい」


「???」



 俺が琴香さんの対応に困惑していると、忘れていた罪を背負って罰を受けるはずが、いつの間にか俺が琴香さんを抱きしめることになっていた…………なんでやっ!?



「ごめんなさいって思うなら抱きしめてみて下さい。は~や~く~!」


「は、はい……」



 促されるように俺は琴香さんを抱きしめる。傍から見たら身長差のせいで、俺が上から襲いかかるように見えるな。


 ギュッと琴香さんの温もりを感じていると、琴香さんからも腕が背中へ伸ばされる。琴香さんの凶悪な胸が俺のみぞおちぐらいの高さに押し当てられ、我慢するのは大変だった。



「はふ~、とりあえず満足です! さぁ行きましょう!」


「あの……え? 今ので許されたんですか? あれ? ……琴香さんは、怒ってないんですか?」



 琴香さんがツヤツヤした顔つきで何事も無かったかのように動き出したので、俺は頭に?マークを浮かべながら尋ねる。



「空君、私は空君のことを好きだって伝えましたよねっ? 確かに空君に忘れられていたことはショックでしたよ? でもだからといって、空君を殴ったり悪口を言ったりなんてしませんよ。そんなどっちも損するようなやり方、私は嫌いです」



 琴香さんが俺の目を見つめて、改めて好きだと言ってくる。グッと、胸が熱くなった。



「ならどうするべきかは簡単です。空君が私を抱きしめるなんて普通しないですよね? それを無理やりさせる、それが罰です。これなら私も嬉しいですし! あ、もちろんこれだけで許すなんてしませんよっ? 他にも色々してもらうつもりです! ……理解できましたかっ?」


「……なんかモヤモヤしますが……琴香さんがそれで許してくれるなら、それでよろしくお願いします」

 


 口元がぐにぐにと動く。もっと、せめて罵ったりして欲しかった。そうしてもらえれば……罪の意識が軽くできたというのに……。


 全く、琴香さんには敵わないな。このままじゃ俺は琴香さんから離れられない。もちろん離れるつもりは無いが。


 しかし俺が納得しないことは承知しているはず。その上でこの提案……俺を今度は逃がさない、忘れさせないぞって意思表示か?


 女って怖ぇ……そう思いながら、俺と琴香さんは足を再び動かし始めた。



*****



 はぁぁぁ格好良いです空君!!! 記憶の中の空君は幼さを残していましたが、今の空君は凛々しさも増していてもう最っ高ですよ!


 ふっふっふっ、どうです空君? この提案なら空君自身は贖罪できる行為と認識できないはずです。つまり他にも何か出来ることを、と考えて、私に構う時間が普段より多くなるはずです!


 しかも、私がして欲しいと思った事を空君がしてくれると言う最強のカードまで手に入れました! もちろん空君が心から嫌がる事をするつもりはありませんが……。


 ふふっ、これはもう半分空君と付き合ったと言っても過言じゃないんでしょうか? いえ、まだ気持ちが私に向いてるとは限りませんし……。


 しかし、比較的向けやすくする土台は作れました。後はあの手この手で落とすだけです! ……私の5年分の溜まりに溜まった愛情、受け止めてくださいねっ!


 私は誰からも愛されなかった愛情を空君に求め、自分の狂った愛憎を空君にぶつける計画が密かに始まった。


 お母さん……この胸と、この性格にしてくれた事だけは感謝しますねっ!



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