第64話~共闘、VS綾辻さん《前編》~

 最初に飛び出したのはスピード系の俺だ。真っ直ぐに地を蹴り飛びかかる。先ほどの最上のおっさん以上の速度だろう。だが、綾辻さんは平然とした表情でそれを見ていた。



「《氷柱ひょうちゅう》」


「うおっ!?」



 突然手をかざしたと思った瞬間、俺の視界が地面へと向けられる。俺の踏むはずだった地面に小さな氷柱が立てられ、それに引っかかった形だ。



「これで倒れるとでも?」



 そう言いながら手を地面に突き体勢を整え、後ろに伸びた足をぐるりと一回転させて何事もなかったかのように再び走り出す。簡単に言えば片手側転のようなものだ。



「っ……《氷剣ひょうけん》」



 俺の咄嗟の対応の良さに若干反応を見せた綾辻さんが、氷魔法で剣を形作った。手に待ち構える。おいおい、もしかして魔法系なのに近接戦闘までできるのかっ?


 いや、確かに出来ないことはないな。魔法の適性があるし、わざわざ他の系統の探索者がやってくれるから必要がなかっただけだ。



「ふっ!」



 右から大振りに力一杯振るった一撃。綾辻さんがそれに反応して氷剣で受ける姿勢を取る。それを確認した俺はその一撃を中止。短剣を手元に引き寄せて、反対方向からの突きを繰り出す。


 近接戦闘ができるとは言え、彼女は魔法系。大振りでビビらせ、その一撃に注意を向けたところを反対側から攻撃する。それで決まると思っていた。



「うっそぉ!」



 だが、綾辻さんは俺の突き出した短剣に氷剣を滑らせてカウンターを狙ってきた。まるでアタッカーのような動きだ。



「くっ!」



 軸足を入れ替えて体を回し、なんとかカウンターを避けることに成功する。その後、一度その場から離れた。


 でも、さすがに近接戦闘でもあんなにできるなんて聞いてないぞ。等級差があるからやるとしても力に任せた雑な動きだと油断していた……。



「食らえっ!」


「《氷弾ひょうだん》」



 やっと追いついた最上のおっさんによる大振り。しかし氷の弾が瞬く間に生成され、最上のおっさんへと放たれた。



「ちっ!」



 最上のおっさんは舌打ちをしながら攻撃を中断して、後ろへと下がって避けた。地面には空を切った氷の弾が突き刺さっており、その威力の強さも窺える。



「クソが、2対1でもかすり傷すら負わせられねぇのかよ」



 最上のおっさんがそんな悪態をつくのも無理はないだろう。今の攻防だけでも、彼女には圧倒的な余裕が感じられた。



「2対1じゃ、ない。あなたたちのは、タイプの違う、1対1の、繰り返し……。だから、簡単に捌ける」



 ぐっ、痛いとこ突くなぁ。でも、会ったばかりの人と連携なんて取れる訳ないから仕方がないじゃん。うん。とりあえず1対1を続けて、綾辻さんを疲れさせる。


 こっちは片方が戦っている間、休憩できる時間があるんだ。系統的にも、向こうの方が体力は少ないだろう……。



「なら、1対1の繰り返しにどれだけ耐えられるか勝負だ!」



 そう言うや否や、俺は綾辻さんに向かって駆け出す。足の向きを変えて方向転換をし、狙いを定めさせない。こうするのは、さきほど氷柱でこけかけた失敗からだ。



「《氷弾》」



 綾辻さんが小さく唱えると、幾つのも氷弾が空中に生成され放たれる。



「くっ!」



 真っ直ぐ矢のように飛んでくる氷弾を避ける。ズドドドドッ、と地面に刺さる音が何度も聞こえた。


 かわしてはいるが、俺の進路を的確に塞いでくる。次第に逃げ道は無くなっていく。避けているのではダメだ!


 そう決意し、俺は飛んでくる氷弾に短剣をぶつける。氷弾はピキピキという音と共にヒビが入り、砕けてなくなる。うん、いける。


 次々に放たれる氷弾を短剣を使い破壊できることを知り、俺は着実に綾辻さんとの距離を詰めていった。


 最上のおっさんも背後から攻撃を加えようとはしているが、氷弾の対処で手一杯ぽいな。



「《氷弾》……!」



 距離が縮まりあと少しと思えた時、綾辻さんが今までで一番気迫のある声を出して唱えた。先程同様に氷弾が生成されるが、その後の動きが違った。


 氷弾が彼女を中心にして守るように、グルグルと周りを回転し始めたのだ。まるで太陽と惑星のように見える。


 俺は不規則に回る氷弾の軌道を予測するのは難しいと判断する。故にその場での対応が重要だが、それも簡単では無い。


 ただでさえ真っ直ぐ飛んでくる氷弾の処理+近づくで手一杯だったのだ。そこから近づけば四方から攻撃を加えてくる氷弾の対処。それに彼女自身の氷剣による剣技への対処も必要になる。はっきり言ってやることが多すぎるぞ。


 1人じゃこの人には絶対に勝てない。改めてそう理解した俺は、一度下がり最上のおっさんと合流を果たす。



「あれは一人一人じゃ勝てません」


「見りゃわかる。……やっぱ、考えてることは同じだな」



 最上のおっさんが確認を取りながら、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。



「良いんですか?」


「それで勝てるなら……。それにこれなら俺とあんた、どっちの評価も上がる」



 なるほど。もう、1人じゃ上位入りは難しい最上のおっさんだが、この方法でも綾辻さんを倒せたなら、目には止まるだろう。それにC級だし……。



「おーけー、じゃやりましょう!」



 2人の中で話がまとまった。



「作戦は、決まった……? なら、次で終わりに、しましょ……」



 綾辻さんはさきほどまで眠たそうに目を細めてこちらを見ていたが、俺たちの闘志を感じ取ったのか、僅かながら口元を綻ばせた。

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