第16話~VS牙狼~
ゲートを潜り迷宮へと辿り着く。一番最初に目に飛び込んできたのは激しい光だ。先ほどまでいた場所は曇りだったので、日光が眩しい。
「へぇ、この迷宮は森なのか」
僕がそう呟いた。僕の目の前には先にいた8人の探索者たちがいて、その先に広がる広大な森が存在した。気温も……初夏だな。元の世界は秋だし、若干の気温差を感じる。
今回の迷宮は森林地帯がベースだな。ちなみに前回潜っていた迷宮のベースは古代遺跡だと思う。
目の前に生えた一本の木を見上げる。木の高さは軽く5メートルを超えているだろう。生えている木や葉の密度も凄まじいな。
今は全身を照らす日光も、森に一度潜ればほぼ当たらず、10メートル先の視界も見えにくいほど草木が生い茂っている。
なんの対策もしない場合、一度迷い込めば遭難することは間違いなしだろう。……特に初芝さんとか初芝さんとか初芝さんとかな。
おっと、そんなこと言っていると僕の方が迷いそうになるな。他の人とできる限り離れないように……と。
「ふわぁぁ、おっきいですね〜。あ、篠崎さん、いきなり置いていくなんて酷いですよ!」
僕より少しだけ遅れて迷宮に足を踏み入れた初芝さんが、僕と同じ木を見てそんな感想を述べる。だがすぐに僕を視界に捉えると、怒りながら詰め寄ってくる。
「初芝さん、少し静かに……」
「ふぇ?」
初芝さんが話しかけてきたが、今はそれどころじゃなかった。僕は人差し指を自分の口に当てて初芝さんに言う。彼女はまだ分かってないような反応を見せた。
だが、僕は少しだけ何かの気配を感じ取っていた。最弱ゆえに鍛え上げられた感覚。それが契約によってより洗練されている。……来る!
「ぐはっ!?」
そう思った直後、E級探索者の1人が急に現れ飛びかかってきたモンスターに押し倒される。見た目を簡単に言うなら狼が適任だろう。
E級探索者の人はそのまま首に噛みつかれそうになっていたが、慌てずに手持ちの剣をモンスターの体に突き刺す。
その痛みでモンスターがキャウンッと鳴き声を上げて軽く怯んだところに、カバーに入った北垣さんが剣を首に向けて振り、モンスターを倒す。
「
倒してすぐに北垣さんが的確に指示を出す。確かゲートに入る前の説明の時に、リーダーを任されたのは初めてだと言っていたが、これなら心配はなさそうだ。
「主人よ、油断するでないぞ」
「分かってる……きた!」
僕はエフィーの忠告を聞きながら、ガサガサと草木を避ける音を聞き分け、飛び出してくる1匹の牙狼に短剣を構えた。
牙狼は探索者組合ではE級モンスターに指定されているが、それは群れでの適正等級。つまりは多数vs多数での戦闘を考えてある。
単体では注意する敵も1匹だ。本来の等級は組合の定めた等級よりも少しだけ下だろう。それでもF級以上、E級以下のような曖昧な扱いだろうけど……。
「こい!」
僕は腰から抜いた短剣を構えて叫ぶ。牙狼もそれが合図だったかのようにこちらに向けて走り出した。
牙狼の体長は1メートルも無いほどでかなり小さい。しかしその分素早いな。それでも、前回の迷宮でみた狼のモンスターには全然及ばない!
僕は地を蹴り前へと前進する。急速に近くなる間合いを見極め、牙狼が飛び上がり噛みつき攻撃をする前に、僕は短剣を一振りした。
予定よりも僕が速く、噛みつき攻撃のタイミングを外された牙狼は、僕にかすり傷すら負わせることなく絶命した。……僕の勝ちだった。
「……ふぅ。勝てる、勝てるぞ……」
顎に向かって垂れる汗を拭い、倒した高揚感から激しく動く心臓の鼓動を沈めようと胸を抑えてそう呟く。
そして改めて自分が倒した牙狼を見つめる。首の下から上にかけてできた、直線の切り傷。……本当にこれを僕が付けたのかっ……?
いや、確実に僕なんだ。ただこんなに上手く倒せるなんて信じられなくて……。それに倒したモンスターの解体を担当していた時にはもっと上手くできただろう。
つまり、今の僕は動く相手にもこの一撃を与えることができる……と言うことだよな。
……無駄じゃなかった。5年前に発現者に覚醒した時から、僕は自分の力を知り、19歳になるまで訓練を繰り返し、実践では荷物持ちの探索者としてできる限りの努力をしてきた。
その努力は過去の僕を助けてくれたし、きちんと戦えるようになった今の僕を、そしてこれから進む未来の僕を助けていくだろう。
「主人! 後ろじゃ!」
「え? ぐっ!?」
そう考えていると突如、僕はエフィーからの忠告を受ける。だがその指摘は間に合わず、隠れて機会を待っていたもう1匹の牙狼に、咄嗟に自分を守ろうと反応して突き出した左手を噛まれる。
ザシュッ、と激しく生々しい音と共に僅かに鮮血が飛び散る。痛い……くそ、油断していた! 浮かれていたっ! 僕がエフィーの力でいくら強くなったとしても、僕は所詮F級探索者なんだ。
自惚れるな! ここは迷宮。前みたいに何が起こるか分からない。常に死を意識しろ! 己の弱さを思い出せ!
僕はそう心に鞭を打ち、左腕に噛みついたままの牙狼を無視し、左腕を大きく回しその勢いで地面へと叩きつける。
噛み付いたままだった牙狼は地面に体を強打することで腕に刺さっていた牙が緩む。その隙を逃さず左腕を抜き取り、起き上がろうとする牙狼の顔面に蹴りを加える。
キャウっ!? と犬のような鳴き声を上げるが当然無視だ。怯んだ牙狼に首元に短剣を突き刺し、そのまま縦から横に捻り、ねじ込む。
そのまま牙狼を押し倒し、より深くまで突き刺す。……牙狼はもう動かなかった。トクトクと溢れ出た血が地面に溢れて、地に付いていた膝に付着する。
もちろん短剣や手も牙狼の血が飛び散り汚れていた。そんな事を気にする余裕などないのに、僕は辺りを警戒しながらも勝利の余韻に浸った。
「……今度こそ、勝った……」
……って、まだ戦い終わってないじゃんっ! 僕の馬鹿野郎!!! そう叫びながら再び戦場へと戻って行った。
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