第23話 除夜の鐘はどこから?

 夜が明ける前から、元旦は元旦だった。

 何しろ除夜の鐘を聞いてから寝たのだから、その時点で大晦日から日付は変わっている。

 それでも朝の挨拶を「あけましておめでとうございます」に変更するぐらいの気遣いは可能で……というか、それぐらいしか変化がない。

 おせち料理を準備する習慣は安原家には無かったわけで、一般的な正月気分というのは……ここ数年感じたことが無い。

 その辺りは、すでにいぶきに伝えてあったので、特に混乱もなく朝食。

 そのいぶきも当初の予定通り、元旦に新幹線に乗って帰るわけで――漫画家の生活、という気もする。そのいぶきは何だか顔色が悪いような気がするが、ネーム完成に向けての手応えを感じているのかテンションは随分高めだ。

 顔色についても単純に興奮しているせいなのかも知れない。何しろこんな事を言いだしたのだから。





「初詣?」

「そう。除夜の鐘がリアルに聞こえてくるんだもの。そんなに遠くないんでしょ? せっかくだし」

 そう言われて、僕はシンクの前に立つ母さんと顔を見合わせた。

「あそこか」

「そうね」

 確かに、それほど遠くない場所に神社がある。多分あそこなんだろう。

 となれば、新大阪にいぶきを送っていくついでに……乗るバス停をずらせば問題無いな。

 そんなわけで、僕たちは初詣に行くことになった。





 家を出てから、その神社へ向かうための道筋は実は「五輪堂」と同じだ。

 そこから……そうだな五分ぐらいで目的の神社に着く。いつもは人通りが少ない場所なんだけど、やはり元日と言うことで、割と人が多い。

 正月に相応しい和装は……年配の男性の方が多いな。かつての地主とかかもしれない。

 僕は新大阪まで出るので、紺色のパーカーはそのままに、一応カーキのジャンパーとチノパン。どうやら僕は痩せたらしいが、それでファッションセンスに影響するはずも無く。

 いぶきは、逆に着ぶくれして太ってしまったように見える。大袈裟なダッフルコートが原因だとは思うんだけど。そのいぶきが、身体全体を動かしながら僕に尋ねてきた。

「朋葉さん。この塀は何?」

「ああ、中学校」

 今は「五輪堂」から離れて、いぶきにとっては初めての道に入ったところだ。左手にコンクリート打ちっ放しにも見える、高い塀がそびえている。何のための塀かわかっている僕にとっては、何と言うことも無い道だったが……確かにちょっと不気味かも知れない。

 この中学校は選挙の時に使われるので、今行き交っている人達はそれと同じぐらい――いや、今日の方が多いかな?

「朋葉さんの母校?」

「いや。中学の時は別の場所に住んでたから」

「ふ~ん」

 なんて、とりとめのない会話を繰り広げながら、中学校の周りをのんびりと歩いて行く。時間ギリギリというわけでも無いし、新大阪で土産というか「ロクローおばさんのチーズケーキ」ぐらいは余裕で買う事も出来るだろう。

 ……果たして元旦に「ロクローおばさん」が開いているのかどうかがは不明なのだが。スマホで調べる事は負けな気もする。

 そんな果てしなくどうでも良いことを考えつつ、いぶきから負けず劣らずのどうでもいい質問にも適当に答えていると、右手側にこんもりとして森が見えてくる。

 森は大袈裟かも知れないが、だいたいそのような区画だ。

 普通であれば、単に開発の手が入っていないだけ、のように見えるわけだが……

「おお屋台。こんな近くで初詣できるのは便利?」

 何故か、疑問符付きで語尾を上げるいぶきにつられるように、僕も思わず、こんな事を口走っていた。

「屋台なんか出るのか。知らなかった」

「朋葉さん?」

 しつこく語尾を上げ続けるいぶきだが、知らないものは知らないとしか言い様が無い。

 初詣なんか……ええと、本当に覚えが無いな。

「それは何かポリシーがあるからとかじゃなくて?」

「面倒だから」

 第一、ポリシーなんてものがあったのなら、いぶきに付き合うはずが無い。それなのに、いぶきは何だか不満げだったが、結局何も言わなかった。

 呆れてるだけかも知れない。

 そのまま、それなりに盛況な屋台の前――いか焼きかな?――を通り過ぎると、森の正体がわかってくる。

「え? 凄い鳥居。何だか思ってたのより全然立派。え? 千年?」

 うん。

 実は結構な歴史があるみたいなんだよね、この神社。

 参道とかも、かなり綺麗なんじゃないかと思うし、手水場もしっかり清掃されている。

 小さな神社のうらぶれた感じを想像していると、良い意味で予想は裏切られるんじゃないかな? 元旦ともなれば盛況と言っても良いぐらいの、結構な人の数だ。

 ……いや、ここまで盛り上がるものだとは思わなかった。

 いぶきも何だか頬を紅潮させて興奮気味だ。もっとも、単なる思い付きがこういう結果を生んだのだから、大穴を当てたような感覚が一番近いのかもしれない。

 そう考えると、興奮するのもわかるんだが――重し代わりに、僕が持っているいぶきの荷物を渡しておこうかな。

「これは……凄い! 何というか広い!」

 ……やっぱり持たせた方が良いのかも知れない。

 広いって、どういう感想なんだ?

「最初は、小さな神社かと思ったんだけど、何かこう思ったよりも奥行きがあって。それなのに、無理矢理って感じがしなくて。本当にどうやって建てられたんだろう? 階段もあって……これはあれね。シンデレラフィット?」

「はぁ? シンデレラって……ああ、関係のない二つの商品が上手い具合に組み合わさる、あれか」

 バラエティか、ユーチューブでそんな単語を聞いた覚えがある。

 覚えがあるだけで、いぶきの使い方は確実に間違っていると思うけど。

 千年って言ってるんだから、どう考えても先にあったのはこの神社で、そのあとに建てられた家なり何なりが意図的にシンデレラフィットさせていったと考えた方が良いに決まっている。

 だが、果たしてそれを指摘することが建設的なのだろうか?

 参道の真ん中を突き進んでゆくいぶきに「それは違う」と頭でっかちに注意することが、正しいのだろうか? 参道が真っ直ぐだから、荒神じゃない……いや素戔嗚尊……やっぱりよくわからないな。

 とにかく僕は、初詣を済ませるために、ゆっくりと石造りの階段を登っていった。

 いぶきはもう登り切ってしまっていて、そのぐらいで止まっていてほしいものだけど。

 時間に余裕を持って行動するのも考えものだと、僕が厭世的な気分で階段を登り切ると、いぶきは止まっていた。

 止まっているどころか、何故か振り返って僕を睨みつけている。

「何だよ?」

 怒られる理由がわからない僕は、それに対して不機嫌そうに応じた。

 だが、いぶきの表情は緩まない。

「朋葉さん。ここって神社よね?」

「そりゃ……そうだろ?」

 鳥居があって、参道があって、手水場があって。

 階段を登った今は、ガラガラと鈴を鳴らす本殿もしっかり確認出来る。

 これが神社でないはずがない。

「でも、それじゃ変じゃない」

「何が?」

 本当にわからなくて僕は、そのままいぶきに尋ね返す。

 そうすると、僕の反応にいぶきは焦れたのか、こう叫んだ。


「除夜の鐘よ! アレって、お寺でするものでしょ!?」


 …………あれ?

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