第18話 もはや止まらぬ

 稲部さんのアドバイスで、とにかくアンドレアとルッコラの間に接点は作れそうに思えた。

 元々同じ島だし、生鮮食品の入荷とかの名目があれば忍び込むことさえもそれほど無茶では無い様に思える。本物の重要人物である政治家の叔父は、この時イタリア本土との往復は激しいのだろうし、屋敷に不在である事が多いに違いない。となれば警備もそこまで厳重では無いだろう。

 ましてやルッコラは女性の身で、その上暗殺するためにアンドレアに会おうとしているわけでは無い。アンドレアにとっては暗殺という目的の方がマシに感じていたかも知れないけど。

 それにルッコラの望みというのが、


 ――「戦場から兄を連れ戻したい」


 という真っ当なものであるので、島の住人達からも同情が集まるというわけだ。何しろ、その内にファビオの訃報も島に届くわけで、そうなってしまうと「誉れ」だなんだと騒いでいた連中が手の平を返すのも、また自然の流れだろう。

 マリオの手紙には「アンドレアにファビオの後を継いで欲しい」という主旨が書かれているはずなんだけど、それより先に手紙から伝わってくるのは、混乱ぶりだ。

 やはり、ルッコラの望みはいちいち真っ当ということになる。

 それにこの流れに乗れば、ラストまでの道筋もかなり見えてくる。戦いに倦んだ、という空気を台詞に頼らなくても表現できることだ。最終的には誰かの台詞で出てくることになるだろうけど、それに自然と説得力を与える事が出来る。

 ルッコラの訴えは、半ばそういう主張になるだろうから。

 そういった雰囲気を纏いながらアンドレアはファビオの死を悼みつつ、その上で将軍にもう良いのではないか? と語りかけることも出来る。

 そのアンドレア自身に、どのような未来が待っているのかはまだ見えないけれど、方向性はこれで良いはずだ。父さんの構想にかなり似ている分、そこまでの齟齬も出ないはず。

 さすがは稲部さん。アドバイスのおかげで、何とか形にはなりそうだ――というような塩梅なのだが、ここでまた障害にぶつかってしまった。

「それじゃあ、アンドレアは動かない」

『いい加減に折れてよ。動いてくれれば、後はスーッと行きそうなのに』

 いぶきも先の展開は見えているらしい。いや見えている以上に、実際にネームを切ったりしている。そしてそれには僕も協力しているわけで……要するに実際にアンドレアが動き出す情景シーンだけが、形にならない。

 そのシーンだけ飛ばして、確定しているところから始めているわけで、何だか試験でもしているような状態だ。

 ――わかるところから、先にやってしまいしょう。

 という、試験の際のありふれた心得を実行しているような……とにかく、いぶきに反論しなくては。

「その折れ方がわからないから、苦労してるんじゃないか。それにここで“都合よく”アンドレアが折れてしまったら、その先が全部おかしくなる。だからこそルッコラには頑張って貰いたい」

『私が悪いんですか!?』

「君じゃ無くて、頑張って欲しいのはルッコラ」

『同じでしょ?』

「だから、君とルッコラは違う。僕とアンドレアが同じではないように」

 何ともややこしい話だけど、この辺りの線引きはしっかりしないと、そもそも話を作れなくなる。

 現在の日本を生きる僕と、十九世紀をイタリアを生きるアンドレアは、自身がどうでも周囲の状況によって、まったく同じ反応になると言うことはない。

 この場合、大きいのはやはり貴族位の有無だろう。

 僕ならさっさと折れるところを、貴族の家に生まれたアンドレアとなれば、色々しがらみが発生する。しかもアンドレアはずっと貴族にして曲者で、さらには敏腕すぎる政治家たる叔父をずっと見てきたのだ。

 ……やはり、どう考えても動く理由がない。

 この状況で自分が動いて、叔父に迷惑をかける――いや違うな。叔父に排除される可能性をアンドレアは危惧するに違いない。

 ファビオの危機となれば、それを上回る動機が発生する可能性は確かにあるが、それが突然出てきたルッコラでは厳しい。

 それでもルッコラの元ネタとして、いぶきがいるのだから、ルッコラでありながら、何か無茶苦茶やって、強引にアンドレアを動かすのではないかと……そんな事を考えていたんだが。

『……これはあれだよ、朋葉さん』

 いぶきが何だかディスプレイの向こうで何だか難しい表情だ。それは当然と言えばそうなんだけど、そういう当たり前な反応が欲しいわけではなく。

『ちゃんと会って、話を詰めよう。どうも今の状況が……その、しっくり来ないのよ』

 ――確かに無茶苦茶言いだしたが。

「何だ? 僕がその日野市に……」

 僕は頭痛を覚えながら、それでも一番当たり障りのない方向で確認してみる。だが、いぶきははっきりと首を横に振った。

『私が行くから』

「そりゃダメだろ。どこで話を詰めるつもりなんだ? ああ、小谷さんの家? 確か独身――」

『そうじゃなくて、朋葉さんの家に泊めて貰って』

「それがダメだと言ってるんだ。母さんにバレたらどうする?」

『別に道具広げる必要無いでしょ? その部分だけ話し合えば済むわけだし』

 あまりにも無茶苦茶すぎる。まてよ――

「君、『麺鉄』が目当てなのか?」

『え?』

 どうやら違ったらしい。

『ああ、ああ――そうね、それもついでに済ませよう』

 いや、到底“ついで”ぐらいの覚悟で行って良い店じゃ無いんだ、あの店は。いや、それよりもいぶきはいぶきで真面目にネームの完成のために会いたがってるみたいで。

 やり方が無茶苦茶だけど。

 しかしスマホ越しとは言え随分話し合ったのに、さっぱりいぶきが見えてこない。一体、どういう思考の果てに、こんな話が出てくるんだ?

 第一、今はもう師走だし、ここから調整を繰り返せば、あっという間に年の瀬だ。それとも年が明けてからの話をしたいのか。いや、年が明けたからと言って、それで何がどうというわけではなく――僕まで混乱してきた。

『じゃあ、そういう段取りで』

 僕が黙ってしまったために、勝手に話が進みそうだ。

「待ってくれ。とにかく、その段取りなら母さんの許可はいる。バラすのは論外だとしてもだ。まず、母さんが――」

 ――それに、どんな名目で家に来るつもりなんだ? と続けようとしたところで、いぶきはそれに割り込んで、こう提案してきた。

『じゃあ、確認してみて。ダメだったら、私も諦める』

 何だか、当たり前のことを言っているように聞こえるから不思議だ。

 無茶苦茶なのに。

 だがこれで母さんが頷かなければ――


「お客さん? 年末から年始にかけて? 良いんじゃない。是非来てもらいなさいよ。小谷さんの姪御さんなんでしょ?」

 母さんもまた無茶苦茶だった。

 間違いなく母さんは断るはず、といぶきの提案に乗ったのに、こんな反応が母さんから返ってくるとは思わなかった。それに何だか……違和感がある。

 僕は往生際悪く、再度確認してみた。

「だって大変だろう?」

「大変なのは朋葉でしょ? おもてなし全部、母さんにさせるつもりはないんでしょうし」

「それはそうだけど……」

 どうも話がズレている気がする。いや、それよりも先に不思議に思うのは「何故母さんはこんなにウェルカム状態なんだろう?」という点なんだけど。第一親戚でもないのに年末年始に――

「じゃあ、本当にOKと答えるぞ」

「だから、良いって」

 自棄になってみたが、やはり僕は「無茶苦茶」に巻き込まれてしまったようだ。というかこれは僕が自分から巻き込まれていってしまったのか。だけどアンドレアが動くとなったら、こんな状況が必要なのかもしれない。


 ――それに気づけたことを、慰めにするしかないな。

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