ローズ

あたしの人生には幸せなんか関係ないと思っていたの。


貧乏な家庭に生まれて、家の手伝いばかりで学校も通わせてもらえなかった。12歳になる前に妹が生まれた時はすごく嬉しかったけれど、その妹もある日突然知らないおばさんに連れていかれた。母さんは「あの子はお金持ちの家に行って幸せになれるのよ、あの子のためなの。」と言っていたけれど、本当はどうだったのだろうか。妹が消えてからは、あたしは毎日悲しくて悲しくて泣いてばかりだった。


母さんはそんなあたしを見て小さな声で「役に立たない子」と言ったのを覚えている。ある日母さんは仕事をするって派手なスカーフを巻いて出てったきり、もう帰ることはなかった。


あたしはただ食べ物が欲しかった。最初は、外で座り込んでいた時にかなり年上の男に声をかけられたのが始まり。なんとなく、女ってそうやってお金をもらうような気はしていたの。母さんも、きっとそうだったから。


学校なんか行かなくても、世の中のことは外に出れば三日でわかる。あたしは外で男に身体を触られてお金をもらったり、だんだんと夜の街を徘徊したり、人のものを盗むような連中とも関わりだした。


そんなある日、ショーンと出会ったの。窃盗犯の仲間の一人で、他の連中はしょっちゅうあたしに「ローズ、安くしろよ」ってからかったり、盗んだお金であたしを買ったりしていた。でも、ショーンはいつもあたしには優しかったな。一度も触ったり、あたしをお金で抱いたことはなかった。


「ローズ、身体を売るのはもうやめろよ。」


「どうして?そうしないとお金がないわ。死んじゃうもの。別に平気よ。目をつぶって歌を歌うように息を吐いてればいいの。」


「俺が稼いでやるよ。お前はそんなことをするのは似合わない。」


「稼ぐ?人のものを盗んだりすることが稼ぐって事?あたしはそんなのごめんだわ。あたしはちゃんとお客を幸せにしてるし、お客は喜んでお金を払ってくれてる。泥棒だけは絶対に嫌。」


「違うよ。もう、そんなことはやめるんだ。聞いてくれ。真面目に働くんだよ。朝から晩までどんな仕事だって平気だ。強い身体だけはあるから。俺はお前を愛してるんだ。だからつまり・・・結婚したい。」


「・・・結婚?馬鹿じゃないの?あたしたちにそんな資格あるわけない。」


「人を愛するのに資格なんか必要ないだろう。」


「汚いのよ。あたしも、あんたも。」


「いいじゃないか。二人同じだ。それにローズ、君は誰より美しいよ。」


あたしは言葉が出なくなって、代わりに熱い水が目から溢れ出ていた。ああ、これって、あたし泣いているんだ。


人って、嬉しい時にも泣くのね。


「ローズ、愛してる。俺たちは生まれた場所が悪かっただけなんだ。きっと生きなおせる。二人なら絶対にさ。もう、この街を出よう。」




二人で街を出てすぐだった。あたしはおなかに赤ちゃんがいることに気づいたの。もちろん、誰の子供かなんてわからない。


それでもショーン、あなたは飛び上がって喜んでくれたわよね。


「きっと男の子だ。レオって名前にしよう。」


「そんなのわからないわよ、女の子だったらレオは変でしょう。」


「きっと男の子さ。」


なんて、すぐに言いだして気が早いったら。


ショーン、あたしなんかが親になってもいいのかしら。


でも、あなたとだったら、何でも許される気がしてしまうの。ずっとこのまま、あなたとおなかの赤ちゃんと。


そんなある日、家に警官が現れた。昔の仲間が逮捕されショーンが首謀者だと証言をしたって。


「ショーン、あなた、真面目に働いてるって・・・」


「違う。僕はもう盗みなんかしていない!昔の仲間とも縁を切ってるよ!信じてくれ!」


「・・・お願いします。主人はずっと真面目に農夫や掃除屋しかしていません。ちゃんと調べてください!」


「奥さん。あんたたちの元居たところも知っているんだよ。離れたつもりでも、そう遠くはないんだ。悪い奴らはだいたいあの街で生まれた連中だ。」


「でも、違うんです。私たちは、二人でずっと・・・」


警官はローズの耳元でささやく。


「覚えてないだろうが、俺は昔あんたを買ったこともある。そりゃあ具合が良かったよ。なあ・・・少し融通利かせたら、旦那は早く出れるぜ。盗みは間違いだったと言ってやるよ。」


そう言うと警官は顎でショーンを指した。


もう一人の警官はショーンを縛り付け、引いていく。


「ローズ!何かの間違いだ。絶対にすぐ戻る!身体を・・・冷やすなよ。」


「・・・ショーン!」


「おい、そいつを連れて先にいけ。俺はこの女を、もう少し調べる。」


ローズは目の前が真っ暗になった。


近づいてくる警官にすがるしかない。


「お願い、乱暴なことはしないで。おなかに子供がいるの。」


「へえ、心配するなよ。すぐ終わる。旦那を助けたいだろう?いいからじっとしてろよ。」


ショーンが連れ去られるとすぐに警官はローズを壁に押し付け、後ろからスカートをまくりあげた。


手のひらにペッと唾を吐き、その手をローズの股間に擦り付け、そのまま自分の固くなったものを無理やりに押し込んだ。


「ははは、相変らずいい具合じゃないか。ほら、すぐに濡れてくるぞ。」


警官はこの世で1番下品な笑い声をあげながら激しく腰を動かす。


そのあまりの醜さと気持ち悪さに吐き気を催す。痛い。痛い。気持ち悪い。赤ちゃんが痛がっているかもしれない。ごめんね、ごめんね。


ショーン、あたしはもうずっと、あなただけの女になりたかったのに。


絶望の中、ローズはかつてのように、目を閉じて、歌を歌うように、息を吐いてしのいだ。


警官の行為はおそらくあっという間に終わった。


「約束よ・・・お願い。あの人は今は本当に真面目に生きてるの。」


「ああ、しかし調査にしばらくはかかる。その間、俺があんたの様子を時々見に来てやるよ。」


警官の薄ら笑いを見るとローズは激しいめまいを感じた。


そして、そのまま激しく咳き込んで倒れた。


反射的に口を押さえたその手のひらには、どす黒い血がべったりと張り付いていた。

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