第143話
アインザームは東門隊舎の前で、腕組みしながら戦場の様子を眺めていた。
「どういう状況かは分からんが、あの火竜は味方のようだな…」
緩くパーマがかった金色の前髪をかき上げながら、隣に立つハイラインに顔を向ける。
「このまま勝つんじゃないか?」
「かもしれんな」
広い肩幅の角刈り長身男性が、前方を見据えながら頷いた。
彼らは迎撃部隊が敗走したときの最終防衛ラインとして、ここに残っていた。撤退してくる仲間の援護と、態勢を整えるまでの魔物の足止めが主な役目である。
しかしどうやら、自分たちの出番は無さそうだ。戦わなくていいなら、それに越したことはない。
「状況が変わったら教えてくれ」
それだけ言い残すと、アインザームは隊舎の中に戻っていった。
~~~
ローゼリッタは魔物の集団の中で、鬼神の如き活躍を見せていた。「炎熱剣」により赤熱と化した大剣を防御を気にせず振り回している。日に焼けたスレンダー体型の彼女は、嬉々として輝いていた。
防御を前提としないその攻撃は、一振り一振りが一撃必殺の威力となり魔物を斬り裂いていく。オークだろうがリザードマンだろうが、当然ゴブリンだろうが一刀のもとに消滅していった。
元々ちまちました小手先の探り合いが苦手な彼女にとって、現在の状況は正に「水を得た魚」のようであった。
ローゼリッタがもう何体目になろうかというオークを斬り裂いた瞬間、彼女の視界が突然巨大な丸太で覆われた。
「!?」
ローゼリッタは身動きする暇もなく、野球のスイングのように丸太で打ち付けられた。その威力は結界の加護をもってしても彼女の身体を弾き飛ばした。
ローゼリッタは数メートルほど吹っ飛び、膝をついて着地する。同時に彼女を包む結界が、光の粒子となって消滅した。
「不味った!」
ローゼリッタの頬を冷や汗が伝う。自分を弾き飛ばした相手を確認するため視線を前に向けると、3メートルを超えるほどの灰色の巨体が丸太のような棍棒を肩に担いでコチラを見下ろしていた。
「オーガ!?」
ローゼリッタの体が恐怖で竦んだ。通常10人以上の部隊で挑む相手、一騎討ちなど言語道断である。ローゼリッタは味方の姿を探すが、周辺には一人もいない。調子にのって敵陣深くまで突出し過ぎていたようだ。
そのとき1体のゴブリンが、右方向からローゼリッタに襲いかかった。ローゼリッタは膝をついた体勢のまま大剣を横に薙ぎ、ゴブリンを一刀のもとに斬り伏せる。しかしローゼリッタが視線を外したその瞬間、オーガが矢のように動いた。
ローゼリッタが視線をオーガに戻したときには、巨大な丸太が目前に迫っていた。彼女の脳裏に走馬灯が駆け巡る。
その直後オーガの棍棒が何かに弾き返され、体勢が大きく崩れる。よろけて数歩後退るが、すぐに壁にぶつかったように動きが止まった。
「一体何が…?」
気が付くと、オーガの身体が光る球体に閉じ込められていた。次の瞬間、辺りが大きな影に覆われ、上から凄まじい風が吹き下ろしてきた。
ローゼリッタは誘われるように空を見上げた。
「か、火竜…」
しかし火竜はローゼリッタなど見向きもせずにオーガに向けて滑空すると、方向転換をしながら尻尾を打ち付けた。吹き飛んだオーガの身体はしかし、結界の壁に阻まれその中をパチンコ玉のように跳ね回る。
やがてグッタリ膝をついたオーガに向けて、火竜はブレスを噴いた。その一撃で、オーガは燃え尽き消滅した。
その後、火竜はローゼリッタの背後に向けてもう一度ブレスを噴いた。驚いて振り向くと、味方の所までの道が開けていた。どうやら退路まで確保してくれたようだ。
「助かったよ、ありがとう」
ローゼリッタが感謝を述べると、火竜は一度頷き、颯爽と飛び去っていった。
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ローゼリッタが火竜の作った退路を走っていると、風に乗って少女の声が不意に聞こえてきた。
「おめでとう!アンタが私の結界を消滅させた一番最初の人よ!」
「だ…誰だ!?」
ローゼリッタが辺りを見回し声を張り上げた。
「アンタちょっと守備サボりすぎ!皆んなに張ったせいで結界の効果が薄れてるんだから、ちょっとは真面目にやってよ!」
「オマエ、ハルカだな?」
聞き覚えのある声にローゼリッタが問い詰めた。
「わお、当たり!」
「ケータも来てるのか?」
「残念でした!ケータは西門です」
「ちっ!ユイナのとこか。やっぱりあの二人、付き合ってんのかよ!」
ローゼリッタは舌打ちした。そして一瞬の沈黙…
その直後、
「違うわよ!!」
耳元で急に怒鳴られた。ローゼリッタは頭の中がクワンクワン鳴って、目の前に星が舞った。
「ったく…次はちゃんとやってよ!」
ハルカの声が途切れると、ローゼリッタの周りに透明に輝く結界が再び発生したのだった。
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