第142話

 銀狼の活躍は凄まじいものであった。5メートルはある巨大な体躯で魔物の軍勢を容易く蹴散らしていく。2メートルを超えるオークの巨体でさえ、前脚の一薙ぎで吹き飛んでいった。


 そのうえ更に、3メートルは有りそうな巨大なミスリル銀の塊3個が魔物を順に押し潰していく。最早圧倒的であった。


 一瞬呆気にとられていたカミラとユイナの周りに、突然嵐の壁が発生した。


(嵐竜壁か!?)


 カミラがそう思った直後、背後で「ゴアッ」と呻き声があがった。焦って振り向くと、2体のゴブリンが嵐の壁に切り裂かれ顔を歪めていた。


 カミラがゴブリンに斬りかかると、タイミングよく嵐竜壁が消滅する。抜群の支援だ、戦い易い。


「ユイナ、無事か!」


 カミラがゴブリンを始末したとき、不意に男性の声がした。振り返ると銀狼に跨ったひと組の少年と少女の姿があった。見覚えがある。以前出会ったリース家の使いの者だ。


「ケータさん、ルーさん!」


 ユイナは銀狼の近くに駆け寄ると、見上げるように嬉しそうな顔を見せた。どうやらこの隊は、この者たちとよくよく縁があるようだ。


「援軍痛み入る、リース家の御使者よ」


「お礼なんて必要ありませんよ。後衛の守りは私たちが引き受けますから、カミラさんはアレをお願いします」


 軽く会釈をするカミラに応え、ルーは銀狼の上からある一点を指差した。


 そこには他のリザードマンより一回り大きなリザードマンが佇んでいた。身長は2メートルはあるだろか。金色の胸甲鎧をつけ、右手には身長ほどもある槍、左手には1メートルほどの楕円形の盾を構えていた。


「キングリザードマン…」


 カミラは呟いた。大型魔核レベルの魔物である。


 なんともわきまえた少女だろうか。カミラは顔を伏せて笑った。おそらく彼女たちの戦力なら、あの魔物さえ容易く撃破出来るだろう。しかし、その討伐をコチラでやれと言う。自分たちはあくまで援軍なのだと…


「心得た」


 カミラは清々しい笑顔でルーを見た。ルーはニッコリ笑うと「お願いします」と頭を下げた。


「ユイナ、行くぞ!」

「はい!」


 カミラとユイナが駆け出した。進路を塞いでいたオークとリザードマンの集団が、ハサミのような風の刃で両断される。キングリザードマンへの進路が一気に開けた。


 どこまでも出来た少女だ。


 カミラは口元の笑みを隠すことが出来なかった。


   ~~~


 ユイナの凍結杖はキングリザードマンには全く通用しなかった。表面を薄っすらと凍らすだけで、すぐにパラパラと剥がれ落ちてしまう。魔核の格が関係しているのかもしれない。ユイナは杖での援護は諦めて、片手剣に持ち替えた。


 カミラは虚空を斬り裂き、キングリザードマンに向けて雷爪を放つ。数本の雷が地面を抉りながら襲いかかるが、キングリザードマンは左手に持っていた盾を地面に突き立て雷爪を打ち消した。


 そのときカミラは身を低くし、盾の死角から既にキングリザードマンの左手側に回り込んでいた。両手で片手剣を持ち、鎧の無い相手の腹部に向けて渾身の力で突き刺した。


 しかしキングリザードマンは瞬時に身をよじり、寸前でカミラの攻撃を躱す。カミラの突きはキングリザードマンの左脇腹を斬り裂き紫色の血が噴き出すが、致命傷には程遠い。カミラは「ちっ!」と舌打ちをした。


 間髪入れずキングリザードマンは身をよじった勢いそのまま、瞬時に逆手に持ち替えた右手の槍をカミラに向けて突き下ろした。


「くっ!」


 カミラは突きの体制のまま前方に跳躍すると、前回り受け身でなんとか回避に成功する。


「このっ!」


 背後から接近していたユイナがキングリザードマンの右腕に斬りかかる。…が、強固な鱗に阻まれ表面を軽く傷付けただけであった。


「うそっ!?」


 ユイナは目を見張った。しかしその直後、ユイナの身体に凄まじい衝撃が襲いかかった。


「がはっっ!」


 キングリザードマンの尻尾に強烈に打ち付けられ、ユイナの身体は地面を跳ねるように凄い勢いで転がっていった。


「ユイナーー!」


 カミラが急いで駆けつけようとするが、キングリザードマンが拾い上げた盾で横に薙ぐように攻撃してきた。咄嗟に距離をとって回避するが、ユイナとの距離が更に開いてしまった。


「ユイナさんは、私たちがっ!」


 ルーの声が聞こえたかと思うと、カミラとキングリザードマンの頭上を銀狼が大きく飛び越えていった。そのとき、銀狼の口に何かがぶら下がっているのにカミラは気付いた。よく見ると、我が隊の治癒術士だ。


「すまない、頼む」


 カミラはキングリザードマンと対峙したまま、口の中で呟いた。

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