第141話

 アリスとショウは200人の部隊の先頭で、迫り来る1千体の魔物の軍勢を眺めていた。


 街の横を流れる、川幅5メートルほどの「スンダー川」を挟んで両軍が対峙している。今にも川越えが始まりそうだ。


「アイツら、ちょっと間に合わないかもな」


 ショウが溜め息混じりに呟いた。


「仕方ありません。王宮に連れて行く訳にはいかなかったのですから」


 アリスが苦笑いで答える。


 しかしこの絶望的なまでの戦力差。自分たちは向かってきている援軍が戦況を覆すほどの戦力だと承知しているが、他の衛兵たちはその限りではない。驚くほど兵の士気は低い。


 辛うじて姫騎士ソードプリンセスの存在だけが、兵をこの場に繋ぎ留めているのだ。


 そのとき、ショウのスマホが「ピコン」と鳴った。


『援軍送ったから、適当に口裏合わせて!』


 ハルカからの通知であったが、一体何を言ってるのか全く分からない。


「おい、アリス…」


 声を掛けようとした途端、辺りが影に覆われた。不意のことに全員が空を見上げた。


 逆光で黒い影に覆われた火竜がそこにいた。口の端から漏れ出す炎の一部が禍々しさを際立たせる。


「か、火竜だぁーー!」


 衛兵たちは呆然と空を見上げていたが、我に返ったひとりの絶叫を皮切りに混乱が広がっていった。


「アリス、合わせろ!」

「臆するなっ!」


 ショウの叫びと同時にアリスが声を張り上げた。透き通るような凛とした声が、恐怖に慄く兵士たちの耳に飛び込んできた。


「火竜は既に我が下僕しもべである!」


 火竜は空からゆっくりと舞い降りると、アリスの耳元にこうべを垂れた。


「か、火竜が…下僕?」


 衛兵たちが「ザワザワ」と騒めきだす。どうにも半信半疑だ。当然といえば当然である。


「今から証拠を見せる」


 アリスは川向こうの魔物の軍勢に向き直ると、両足を肩幅に開いた。それから左手を腰に当て、右手を胸の前から前方へ勢いよく振り出した。


「なぎ払えっ!」


 アリスの掛け声と同時に火竜がブレスを噴いた。魔物の最前線が横一線に燃え上がる。


「ア、アリス…今のは?」


「カリューに、と言われまして…」


「ケータか…」


 ショウは「ククッ」と笑いながら顔を伏せた。


(お前、最高かよ!)


 暫く呆気にとられていた兵士たちも、横一例に燃え上がる魔物の軍勢に「おおーー!」と雄叫びを上げた。士気が一気に上昇する。


 時を同じくして兵士全員一人一人に、透明に輝く結界が張られていく。再び衛兵たちに「何事?」と騒めきが起こった。


「お前たち全員に防護の加護を与える。少々の攻撃など、全て弾き返す筈だ。コレで準備は整った」


 アリスの声に、衛兵たちから歓声が上がる。


「お前たちの奮闘を私に魅せてくれ」


 アリスは微笑みながら腰の片手剣をスラリと抜くと、ビシッと空に振り上げる。そして魔物の軍勢に向けて勢い良く振り下ろした。


「かかれーー!」


「オオォオ!」


 怒号と共に、衛兵たちが一斉に飛び出していく。


 アリスの英雄譚が幕を開けた。

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