第137話

 ボクはハルカたち3人の方に顔を向けると、持っていた手紙を差し出した。


「見てもいいの?」


 ハルカが少し尻込みをする。


「どっちかつーと、そっち向けの手紙だった」


 ハルカは不思議そうな顔で首を傾げるが、意を決したように手紙を開いた。サトコとルーも、その手紙を覗きこむ。するとルーだけがおかしな表情になった。よく考えたら手紙は日本語だった。それに気付いたサトコが、ルーにそっと耳打ちした。


 3人は揃って一斉にコッチに顔を向け、意味深に「ウフフ」と微笑んだ。


 どうやらこの先に、ボクの幸せがあるようだ。


   ~~~


「ハルカさん、サトコさん」


 栞里が少し強めの口調で二人を呼んだ。


「これでお二人は『英雄の力』を手に入れたことになります。この国を…いえ、正直に申しましょう。兄さんのことを護ってあげてください。どうか、お願いします」


 そう言って栞里は二人に頭を下げた。


「ちょ、ちょっとやめてください、栞里さん!」


 ハルカが慌てて栞里に駆け寄ると、強引に上体を戻した。サトコも反対側から栞里のそばに寄る。


「そんなこと、頼まれなくたって当然です!」


「そうです。大切なお兄さんは、私が必ず幸せにしてみせます!」


 サトコが拳を握りしめて宣言した。


「サ、サトコ!アンタどさくさに紛れて何言ってんのよ!」


 ハルカはサトコの胸元に手を伸ばすと、胸ぐらを掴んで揺さぶった。しかしハルカって、いつも楽しそーだな。


「栞里さん、私だっているんです。忘れないでください!」


 ルーが少し怒った目つきで栞里を睨んだ。


「忘れてなどいませんよ、ルーさん。きっとアナタが一番上手に立ち回ってくれるでしょう。逆に期待しているくらいですよ」


「え?」


 ルーの頬が一瞬で上気した。さっきまで争っていたハルカとサトコも、栞里の言葉に動きを止める。


「し、栞里さん。今のはどういう…」


 ハルカとサトコが揃って栞里に詰め寄るが、栞里の物を言わせない穏やかな微笑みに、それ以上何も言うことが出来なかった。


「ハルカさん、アナタに一つ、言っておかなければならないことがあります」


「な、なんでしょうか?」


「母から聞かされた聖女の欠点です」


「え!?」


 その言葉に、ボクら全員が身構えた。


「気付いていないかもしれませんが、聖女はその強力なスキル故、回復や強化など、味方の支援さえ受けることが出来ないのです」


「え…ウソ?」


 ハルカが息を飲んだ。


 そうか、そういうことか。「魔法やスキルの対象にならない」普通に考えたら敵味方の判別なんて、そりゃ確かに無理だ。


「もしアナタが戦闘中に傷を負ってしまったら、回復のためにスキルを解除しなくてはなりません。するとどうなるか分かりますか?」


「結界も解除される…」


「そうです。ですから『聖女』とは本来、後衛に陣取り前線に出るものではありません」


 栞里の言葉にハルカが唇を噛みしめて顔を伏せる。なんだか納得してない感じがする。それを見て、栞里が「フフ」と笑った。


「ハルカさんが、常に兄さんのそばに在りたいと願ってくれているのは大変嬉しく思います」


 栞里の優しい口調に、ハルカはハッとして顔を上げた。だがそのとき、栞里の口元がキツく結ばれた。


「しかし兄さんを確実に護るために何が一番大事なのかを真剣に考えてください!」


「は、はい!」


 ハルカが直立して返事をした。イメージ的には「イエス、マム!」のノリである。


「それでは皆さん、とても名残惜しいですが、すぐにここからお引き取りください。これからシシーオに魔物の軍勢が押し寄せます」


「え!?」


 アリスが絶句する。


「姫は急いで王宮へ。すぐに転移の門の使用許可が下りる筈です」


「ショウ!」

「ああ」


 ふたりは栞里を全く疑っていない。まぁこれだけ色々見せつけられたら、その対応も頷ける。


「兄さんたちは、火竜を!ここの庭からなら、問題なく飛び立てるでしょう」


「お、おう。分かった」


 口ではそう返事をするが、後ろ髪を引かれて、なかなか動き出せない。


「大丈夫ですよ。私はまだまだここに居ますから」


「そ、そうか。なら、また来るよ」


 ボクの言葉に栞里がニッコリ微笑んだ。


「お気をつけて、兄さん」


「ああ、栞里もな」


 そしてボクらは、栞里の屋敷を後にした。

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