第135話

 栞里はセバスチャンから小箱を受け取ると、大事そうに膝の上で抱えた。全面に金色の模様が施された木製の箱であった。


「名残惜しいのですが、時間の余裕も無くなってきましたので本題に移らせていただきます」


 栞里が木箱を開けると、中にはスマホが2個と手紙らしき物が入っていた。それから栞里がスマホを取り出す。


「そ、それは、まさか…」


 アリスがワナワナと震えた。


「ええ、お父さんとお母さんのスマホです」


 栞里がニッコリ微笑んだ。


「まさか英雄のスマホが現存しているなんて!」


 アリスが顔を真っ赤にして「フンフン」と鼻息を荒げた。そんなアリスの頭を、ショウが「コツン」と小突く。


「電源が入っていないようだな」


 ショウが冷静にスマホを観察する。すると、ハッと我に返ったアリスが「ああ、それは」と説明してくれた。


 なんでも勇者の死後、スマホは機能を停止し全く動かなくなるそうだ。言われてみればと考える。ここに来て充電なんてしたこともない。もしかしたら勇者の生命力が関係しているのかもしれない。


 そして理由は分からないが、勇者の死後暫くするとスマホは自然消滅してしまうらしい。


「だから今日まで残っているスマホがあるなんて、我が目で見ても信じられません」


 再び興奮気味になるアリスの様子を見て、栞里が「フフ」と微笑んだ。


「それは私が、両親からスマホの所有権を譲渡されたからですよ」


「所有権の譲渡?そんなことが可能なのですか?」


 アリスが目を見張った。そんなこと今まで聞いたこともないと声が上擦る。


「勿論私は勇者ではありませんので、ご覧のとおりスマホの機能は使えません。しかし中身の記憶を消滅させずに受け継ぐことは可能なのです」


「こんなこと、今まで誰も…」


 アリスは言葉に詰まる。そして焦ったように栞里に詰め寄った。


「そんなことが出来るなら、何故今まで誰も譲渡しなかったのでしょうか?」


「皆んな知らなかったからですよ。勿論両親も知りませんでした。私がという未来を視たとき、両親も大層驚いていましたね」


 言いながら栞里は、持っていたスマホを一つずつハルカとサトコに差し出した。


「え?」


 ふたりは栞里とスマホを交互に見比べ、不思議そうな顔をする。


「受け取っていただけますか?」


 栞里がニッコリと微笑んだ。意味も分からずハルカとサトコはスマホを受け取る。その瞬間、ハルカのスマホが「ピロリン」と鳴った。


「ケ…ケータ!」


 スマホの通知を確認したハルカが焦ったようにボクの名を呼んだ。


「もしかしてまたか?聖女、偉大すぎるだろ」


 ボクは立て膝のままハルカのそばに近寄った。ショウとアリスもボクらの背後から中腰で様子を伺う。


『同種のアプリを確認しました。引継ぎを行いますか?』


 通知内容に思わず目を見張る。まさか、そんなことが出来るのか?ボクは「ゴクリ」と喉を鳴らした。


 ハルカは恐る恐る「OK」アイコンをタップした。同時に渡されたスマホが消滅する。すると「ピコン」と新たな通知が表示された。


『一件の未取得スキルを獲得しました』


 ハルカの息を飲む気配が伝わってきた。それからゆっくりと立ち上がる。意図を察したボクらは、彼女のそばから少し離れた。


 ハルカの姿が純白のローブに早替わりする。


 それを確認してから、ボクらは再びハルカの周囲に集まった。


 聖女(純白のローブ)

 衣装スキル:魔法及びスキルの対象にならない

 職業スキル:結界術(自身及び任意の相手に身を護る結界を張る)

 追加スキル:捕縛結界術(任意の対象を結界術で拘束する。さらに結界を自在に操り連行可能)

 追加スキル:共有財産(指定した対象のスキル効果を共有できる)


「こ、これだぁああ!」


 ボクは思わず大きな声を出してしまった。慌てて右手で口を塞ぐ。これが母さんが英雄たり得た秘密だったんだ。


「え、もしかして私、英雄になれちゃうの?」


 ハルカがポーと妄想の世界に旅立つ。しかしここで忘れてはいけない。ハルカ一人では「ピース」が足りないのだ。


 ボクとショウとアリスは、ほぼ同時にサトコの顔を見た。どう考えても、もう一つのスマホは父さんの「精霊使い」のスマホだ。


「盛り上がってるとこ申し訳ないのだけど、私のスマホはウンともスンとも反応しません」


 しかしそこにあったのは、ちょっと泣きそうなサトコの顔だった。

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