第133話

 ボクたちは図書館前から再び巡回馬車に乗り、王宮前に広がる山の手エリアへと向かった。


 大きなお屋敷が建ち並ぶ、貴族の住む街である。


 ボクたちはアリスの案内で、その中の一角にある屋敷に案内された。鉄格子の門から見えるそのお屋敷は、他の屋敷と比べるとやや小ぢんまりとしているように見えた。


「ここって他人ひとの家だよな?迷惑にならないか?」


 ちょっと心配になり、アリスに確認した。


「中にお邪魔する訳ではありません。目当ての物はここにあります」


 アリスは、大きな門の横にある、小さな通用口のところに皆を案内した。


「なんでも『ヒョーサツ』と云うらしいです。私には読めないのですけど…」


「表札?」


 ボクはアリスの指差す方に目を向けた。通用口のすぐ横に、木製の長方形の板が貼り付けられていた。それを確認して、ボクは唖然とした。


 そこには…


『新島義明 美奈子 恵太 栞里』


 と、表示されていた。


「え…何コレ?」


 ハルカが口をあんぐりと開けて、ポカンとする。


「なんでケータの名前が書いてあるの?」


 ハルカが驚いたような顔でボクのことを見てきた。


「ボクの…」


 あまりの動揺に、声が掠れた。一度「ううん」と咳払いをする。


「ボクの両親だ…」


 結構な沈黙が辺りを支配する。閑静な住宅街なので下町の喧騒が微かに聞こえてくる程だった。


「ええーーー!?」


 近所中に響くような声が一気に放出される。その気持ち、よく分かる。多分ボク自身が一番驚いてる。


 そのとき、ギギギと鉄格子の門がゆっくりと開き、中から黒い紳士服を着た白髪の初老の男が現れた。背筋をピンと伸ばし左手を胸に添えて、軽くお辞儀をしている。


「お待ちしておりました、恵太さま。大奥様がお待ちです」


「え?」


 突然の展開に、ボクは声を上げることすら出来なかった。


   ~~~


 この老人は、どうやらこの屋敷の執事らしい。ボクたちは彼の案内で屋敷の中に案内される。誰も…ボク自身も何も喋らなかった。この状況についていける者がいなかったからだ。


「大奥様はとてもご高齢で視力も弱まっておられます。あまり大きな物音などで、お体にご負担をおかけしたりしないよう、ご配慮をお願い致します」


 とある一室の扉の前で執事は振り返り、強く静かな口調でそう告げた。全員が黙って頷く。


 執事はニッコリ笑って大きく頷くと、扉をノックしてからゆっくりと開いた。


「大奥様、恵太さまをお連れしました」


 ボクらは執事に促され、入り口のところで一列に並んだ。部屋の中心に、揺りかごのような安楽椅子に座る白髪の老婆がいた。腰から下は暖かそうな茶色のブランケットが掛けられている。垂れた目蓋は目を覆い、顔中に深いシワが刻まれているが、とても穏やかな微笑みをたたえる女性だった。


「はじめまして、兄さん。とても長い間お待ちしておりました」


 シワがれているが、とてもハッキリと聞こえる声だった。ボクは一歩踏み出し、その老婆を真っ直ぐに見つめた。


「お前、もしかして栞里か?」


「はい、栞里です。恵太兄さん」


 栞里がゆっくりと頷く。全く状況は理解出来ない。ボクの脳みそは完全に白旗状態だ。しかしボクの心は全てを受け入れていた。


「兄さん、近くに来てもらえますか?」


「ああ」


 ボクは栞里のすぐそばまで行くと、彼女の左手の横に膝をついた。すると栞里は左手でボクの顔をスススと撫でる。


「兄さんは、お父さんに良く似ていますね」


「そうなのか?ボクはもう、あまり覚えてないや」


「ええ、本当に良く似ています」


 栞里がフフッと笑う。それから入り口の方に顔を向けた。


「宜しければ皆さんも、近くに来ていただけませんか?」


 誰もこの状況についていけてない。皆んな困惑したまま戸惑っていた。


「ハルカ、皆んなも」


 ボクが改めて皆んなに声をかけた。すると呪縛から解放されたかのように、皆んながボクらの周りに集まった。


「はじめまして、皆さん。私は栞里、新島栞里と申します。いつも兄がお世話になっております」


 そう言って栞里は、ゆっくりと頭を下げた。

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