第121話

 ボクたちが警戒しながらクレーターの様子を伺っていると、ザッザと土を踏む音が聞こえてきた。やがてクレーターの縁からベルの幼い顔がひょっこり現れる。


「あらアナタたち、まだ居てたのですね?」


 穏やかな表情でニコリと笑う。不思議なことに、手に持っている黒い鎌が、黒い粒子となって崩れていき、先端に青い水晶が施された2メートルほどの真っ白な魔法杖ワンドに変わっていた。


「助かったわ、お礼を言わせてくださいな」


「お礼?」


 春日翔がボクたちの前に立ち、警戒を強めながら繰り返す。


「ええ、私、別の世界で『使徒』をやってる者なんですけど…」


「使徒?」


「ああ!えーと、分かり易く言うと『準女神』ですかね?受肉の試練を経て、女神を目指す者です」


 オイオイちょっと待て!何だかいきなり突飛な話になってきたぞ。


「女神さまって、死んだ人を異世界に転生させたりする、あの女神さま?」


 恐る恐るベルに尋ねてみる。


「よくご存知で、ケータさん。確かにそういう仕事に就いてる女神もいてますよ」


 ベルがとても朗らかな表情で、ニッコリ笑う。うわー、女神ってホントにいるんだ。てか、その卵に会っちゃったよ…


「その使徒とやらが、なんでこんな所にいる?」


 春日翔の辛辣な物言いに、ベルは「いやー」と照れ笑いした。


「お恥ずかしい話、転生召喚に巻き込まれてしまいました。受肉中は能力の大半を制限されていますので…」


「ですが、私は確かにアナタを殺した筈です。それが一体何故?」


 アリスは警戒を強めながら、ベルに疑問を投げかける。


「あー、言ってしまえば、私が人間ではないからですよ。肉体から解放されれば、能力の制限が無くなりますので」


 ベルの話によると、魔族寄りの転生術式には肉体構築時に強制力が働き、常識改変により快楽殺人者にされてしまうらしい。女神の精神体を持つベル相手には、ほぼ別人格が上書きされていたようだ。


 その肉体の闇の呪縛から解放させてくれた事に、ベルは感謝をしているということだった。


「ケータさん、少し屈んでくださいな」


 ベルがボクの前に立つと、ニッコリ笑いながら見上げてきた。


「ん?ああ」


 ボクがベルの目線まで屈むと唐突にキスをされた。唇に伝わる柔らかな感触に、身体が強張って全く動けない。


「んなっ!?」


 ハルカとサトコとルーの焦った声が耳に届く。そして「バタバタ」と駆け寄ってくると、ボクたちを引き剥がした。


「いきなり何すんのよ!」


 ハルカがベルの両頬を両手で押さえつけた。可愛い顔がへしゃげて変形する。


「別人格とはいえ、私は私。殿方の好みは一緒だったようですね」


「そんなこと聞いてんじゃないわよ!」


「まぁですから、お礼ですよ、お礼」


「こんなお礼でケータが喜ぶ訳…」


「喜んでるようですけど?」


 ハルカの言葉を遮って、ベルがボクを指差した。自分の顔が火照って熱いのは自覚している。そんなボクをハルカがジト目でジーッと睨んできた。


「し、仕方ないだろ!いきなりキスだぞ、キス!冷静でいる方がオカシイだろ!」


「何よ、デレデレしちゃって!」


 ハルカが「フン」とソッポを向いた。どーやら仕方なくなかったようだ。しかしあんないきなり、どーしろってんだよ…


「今のは何というか、儀式のようなモノです」


 ベルはそう言うと、真剣な眼差しでボクを見た。


「ケータさんが真に困ったときに一度だけ、私がその場に駆けつけますよ。まぁ必要な対価はいただきますけど…」


「お礼なのに対価取るの?」


 ハルカが呆れた声で呟いた。


「当然ですよ!準女神とはいえ個人的に駆けつけるなんてこと、普通はあり得ないのですよ!だからその先のことは、その場で応相談です」


 ベルがそう言って笑うと、ボクのスマホが「ピロリン」と鳴った。驚いて画面を確認すると、新しいアイコンが増えていた。


 ベルの着ているメイド服のアイコンの下に『出張サービス♡』と表示されている。何だか「えっちぃ」匂いがプンプンするな…


「ケータくん…」


 ボクの背後からスマホを覗き見ていたサトコが、暗い瞳でボクを見上げてきた。


「そのアイコン、絶対使っちゃダメよ」


 その凄まじいまでの圧力に、ボクは何度も首を縦に振った。

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