第119話

 正直、何がなんだか分からない。気がついたら春日翔がいてるし、いきなり戦闘中だし。だけどハルカの危機には咄嗟に体が動いた。殆ど無意識だった。


「私じゅーぶん満足したし、これでホントに帰るよ」


 少女(後でベルと知った)はボクから離れると、アリスの方に向きながら自分の背中をポンと叩いた。すると真っ黒な翼がバサッと開く。


「皆んなが無事で終わる、コレがホントに最後のチャンスだよ?」


 アリスは言葉を発することが出来ない。悔しそうな表情で、ただ黙ってベルのことを睨みつけていた。


「分かってくれたみたいで嬉しーよ」


 ベルが「アハッ」と笑った。それからスゥーと空中に浮かび上がる。ボクらは視線でベルの姿を追いかけるが、誰も身動き出来なかった。


 分かってるんだ。これ以上戦うと、誰か本当に死んでしまうと…


 だけど彼女が他の味方と連携でもされたら、もっとトンデモないことになるんじゃないのか?敵対してる以上、いつかは戦わないといけない相手。だったら単独でいる今が、最後のチャンスにならないか?


 そのとき、ベルの姿がパッと結界に包まれた。


「どういうつもり?」


 ベルが空中から鋭い視線を投げかける。視線の先にはハルカがいた。


「逃がさないって言ってるでしょ!」


「例え何枚重ねたって、こんなので私を拘束出来ないって分かってるよね!」


 ベルが鎌を振り上げた。


「分かってるわよ!」


 言いながらハルカが、ブンブンと右腕を振り回し始めた。連動しているように捕縛結界が動き始める。まるで紐の先に結び付けた結界を振り回すように、グルグルと高速回転し始めた。


「ぐ…このっ!」


 結界内のベルは、遠心力で結界壁面に無理矢理押しつけられる。


 そのときハルカがボクの方に顔を向けた。視線が合わさった瞬間、閃光が脳内を駆け巡った…ような気がした。


 ボクはスマホを操作すると、トライメテオを100倍に拡大する。


 タイミングを見計らっていたハルカが、突然結界を解除した。カタパルトから射出されたように、ベルが地面に叩きつけられる。


「がはっ」


 まるでゴムボールのように、ベルの身体が地面の上を一回弾んだ。


 間髪入れず、トライメテオで強襲する。3メートル程のミスリル銀の塊を交互に合計3発、ベルの身体に叩きつけた。


「あ…あ、う」


 クレーターのように陥没した地面の底で、ベルが半分埋れたまま呻いていた。


 即座に動いたアリスがベルの元に駆け寄ると、彼女の上に馬乗りになった。


「聖騎士の…お兄ちゃんじゃ、ないんだ?」


「ショウにはまだ、人を殺す心の準備が出来てないの…ゴメンね」


「仕方…ないなー」


 ベルが弱々しく笑った。


 アリスの剣がベルの心臓を刺し貫いた。


   ~~~


 アリスがボクらのところに戻ってくると、「パン」と両手を叩いた。


「さて、大きな案件も片付いたコトですし、もう一つの案件を片付けましょうか」


 皆んなが「?」と不思議そうな顔をしてる中、アリスが春日翔の前に立つ。


「ショウも持っているのですよね?」


 アリスがにこやかな笑顔を見せる。


「な…何を?」


「破廉恥な本を、です。男子コーコーセーとやらは皆んな持っているのでしょう?」


 笑顔を崩さないアリスはしかし、背中に「ゴゴゴ」と恐ろしいオーラを背負っていた。


「い…いやー、俺は持ってないゼ」


 春日翔は目を逸らしながら否定した。あんニャロ、人を散々堕としといて自分だけ助かろうーってか!


 そーはいくか!


「モチロン持ってるよ、ソイツ。結構エグイの」


「エグイ…とは?ケータさま」


「アリスさんみたいな…」


「恵太っ!」


 ボクの声を遮るように春日翔が大声を出した。驚いてソチラに顔を向けると、美しく完璧な「土下座」スタイルで額を地面に擦り付けていた。


「個人のセンシティブな情報を軽々しく他人に教えるなんて、あってはならないことだった!全面的に俺が悪い。この通りだ、頼む、許してくれ!」


 ここまでされてしまうと、流石にこれ以上続ける訳にはいかない。ボクは「はぁー」と大きな溜め息をついた。


「もう言わねーよ。だから顔を上げてくれ」


 ボクは春日翔に右手を差し出した。その手に気付いた春日翔は、ボクの手を取り立ち上がった。


「すまない恵太、恩に着る」

「何言ってんだ、ボクとお前の仲だろ?」


 ボクたちは右腕をガッチリ組み合わせると、改めて友情を確かめ合った。

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