第106話
ベルさんの当面の宿の手配をファナさんが準備してくれるというので、その間私たちは自宅で待つことにした。
リビングには3人掛けのソファしか無かったけど、たまたま同じのをもう一つ購入したところだった。
そのおかげで今は全員座れてる。ただしベルさん側には私とサトコで陣取って、ケータには離れてていただく。
「わぁあ!いいお家ですね。ハルカさんたちはここに住んでいるのですか?」
ベルさんが感激したような声を出した。
「そうよ、ここでケータも一緒に住んでるの」
ベルさんに、ちょっと強めに釘を刺しとく。あんなコトがあった後だから大目に見てたけど、さすがに色々と目につくコトが多すぎる。
「仲が良いのですね、羨ましい」
そう言いながら、ベルさんはチラリとケータの方に目を向けた。
「ベルさんはお綺麗だから、恋人とかいるんじゃないですか?」
サトコが体勢を変えながら、ベルさんの視線を遮った。そんなサトコの言葉を受けて、ベルさんは黙って顔を伏せた。
「大切な仕事仲間なら沢山いましたけど、そういう特別な相手はいませんでしたね…」
「あ…」
サトコの顔から血の気が引いた。私もうっかりしてた。もしベルさんに恋人がいてたとしても、今回の事で犠牲になってしまってるかもしれないのだ。
「ごめんなさい、私…」
「いえ、お気になさらないでください。私の方こそせっかくの場をしんみりさせてしまって…」
言いながらベルさんは、自分のハンカチで両目を覆った。
まただ…。私たちの方が心理的に危機的状況なのに、私たちの方が悪者になってしまう。どうしたらいいのか分からない…
「ベルさん、辛いときは泣いてください。ボクたちでは大した事は出来ませんけど、そばにいることは出来ますから」
「ケータ様っっ」
ベルさんは「わぁああ」とケータに駆け寄ると、膝の上で大声で泣き始めた。そんなベルさんの頭をケータが優しく撫でる。
何なの、コレ…。一体何が起きているの?
見るとルーが、両手の手のひらを私たちの方に向けて、首を横に振っている。今は無理だということだろうか…
するとここで、玄関の呼び鈴が鳴った。ルーが「はーい」と返事して表に出る。何やら話していたルーが、少しして戻ってきた。
「ベルさん、宿の用意が出来たみたいです」
ルーが事務的な声で伝えた。ベルさんはすぐには返事をせずに鼻をすする音だけが響いていた。
「ベルさん…」
ケータがポンポンとベルさんの頭を優しく叩いた。
「はい、分かりました。今行きます」
ベルさんはユラリと立ち上がると、覚束ない足どりで玄関に向かっていく。そんなベルさんを見つめていたケータが突然立ち上がった。
「ベルさん、やっぱり心配だから、今晩はボクも付き添いますよ!」
ケータがベルさんの元に駆け寄って、その肩を優しく抱きしめる。
「へ?」
「え?」
「あ?」
サトコとルーと私が揃って絶句した。え…?何、この安っぽいシーン。私、B級の恋愛映画でも観てるの?現実感が全く無い。
「ケータ様、そこまでアナタにご迷惑をおかけする訳には…」
ベルさんが驚いたようにケータから離れる。
「そんな、迷惑だなんて。ベルさんさえ良ければ、ボクは全然…」
ケータとベルさんの視線が惹かれ合うように絡み合った。
「う、嬉しいです。ケータ様と一緒にいられるなんて、こんなに心強いことはありません」
ベルさんがケータに「ギュッ」と抱きつくと、ふたりで玄関の外に消えていった。
あまりの異常事態に、引き留めることも出来なかった。私たちは誰も声すら出せずに、ただ呆然と立ち尽くす。静かな室内に、ケータたちの足音が遠ざかって行くのが分かった。
「アハッ。アハハハハ」
サトコの壊れたような笑い声が、突然室内に響き渡った。
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